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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

どうにも危なっかしい女の子の面倒を見ていたら、歴代最高の錬金術師になってしまった

作者: Liz
掲載日:2026/04/24

 ある日。地竜の巣跡の洞窟にて。


「ラグネルさーん。待ってくださいよぉ~~」


 情けない声が、硬い岩の洞窟に響き渡った。

 ラグネルが声のした方を振り返ると、小柄な女性が洞窟の暗がりの中をひいひいと息を切らせながら追いかけてくるのが見えた。

 杖の先にぶら下げたランタンの青白い灯りが、紺のマントを羽織った彼女の姿を浮かび上がらせていた。

 彼女はミーナ・アスラファン。

 王立研究所に所属する錬金術師だった。


「俺が先行するから少し待てって言ったろ?」


 ラグネルは四苦八苦して追いついてきたミーナに向けて、ため息まじりに言った。

 錬金術師が必要とするアイテムを探し出すのが探索者たるラグネルの仕事であり、今回の探索ではミーナがその依頼者だった。


「はっ……はひぃ……で、でもぉ……暗いとこに一人でなんて怖くて」


 まだ幼さの残る美貌に恐怖を貼り付かせ、ミーナは涙まじりの声で言ってきた。

 彼女は確か今年20才になったはずだが、十代前半と言われても納得してしまう顔立ちをしていた。

 頭の後ろで丁寧にまとめられた長い黒髪が、怯える彼女の思いを代弁するかのようにビクビクと跳ねていた。

 ラグネルが彼女と出会ったのは5年前。

 ミーナがロクリア学院――王国が運営する錬金術師養成学校に入学した時からの付き合いだった。

 出会ってからわずか5年で、彼女の肩書は次々と増えていった。

 史上最年少の17才で学位を取得し、卒業式では総代まで務めていた。

 優秀な者しか所属できない研究所の一員となり、その1年後にはやたら難しい論文を発表して博士号を取得、どこかの大きな学会でメダルを授与されていた。


「へっへーん。すごいでしょー? 今まで数人しか受け取ってないメダルなんですよー」


 凝った意匠を施された銀のメダルを自慢げに見せられたのは、懐かしい思い出だった。

 最近では国王様直々の依頼で、王太子の教育係も務めるようになった才媛……なのだが。


 涙を浮かべてプルプル震えているミーナは、ラグネルの中では泣き虫の少女のままだった。


 見た目も、出会った頃からあまり変わってなかった。

 魅力的な大きな瞳、化粧っ気がなくとも人目を引く顔立ち。

 背は平均的な女性よりも低く、華奢な体つきと相まって、女性らしさと幼さが同居する不思議な空気を醸し出し、ラグネルの意識は彼女へと引き寄せられて……


「地竜の巣跡を探索するんだから、暗いのは当たり前だろう」


 胸の内を巡った思いを押し殺し、ラグネルはぐるりと首を動かして周りを見回した。

 かつて巨大な地竜が住んでいたと言われる洞窟は途方もなく広くて、青白いランタンの明かりに照らされた天井は見上げるほどに高かった。

 灰色の岩壁は滑らかな表面をしていて、自然にできた洞窟とは全く異なっていた。


「そっ、それはそう、ですけどぉ。でもやっぱり」


「そんなに怖いなら、外で待っていた方がいいんじゃないか? 竜光石は俺でも探せるんだから」


 不安そうに左右を見回すミーナに、そう提案してみた。

 今回の目的はただ一つ、竜の巣で採れると言われる貴重な石だった。


「そんなわけにはいきません! 《賢者の石》の錬成には、竜光石の品質がとっっっっても重要なんですっ!」


 あふれる恐怖をねじ伏せるように、ミーナははっきりと言い切った。


 賢者の石。


 誰もが知るそのアイテムは、ありふれた金属を黄金に変え、あらゆる病気や怪我を治し、死者の魂さえも冥界から呼び戻せるという。

 錬金術の到達点たる賢者の石を、ミーナは今回の探索の後に錬成すると宣言していた。


「分かったよ。それじゃ一緒に探そう」


「はいっ。頑張りますっ!」


 両手を握り締め固い決意を宣言したミーナが、勇んで一歩踏み出したその肩を。


 ラグネルはがっしりと掴んだ。


「えと……何か?」


「方向が逆だ」


「はい?」


「そっちは巣の入口。言ったそばからもう帰るのか?」


 ラグネルは努めて冷静に告げた。

 重度の方向音痴である彼女が道を間違えるなんて日常茶飯事で、もはや慌てることなんてなくなっていた。


「ちょ、ちょっと間違えただけじゃないですかー。やだなーもう」


 ミーナが照れくさそうに頬を染め、その場でくるりと方向転換。

 改めて巣の奥へと向かおうとした瞬間。


 足元の出っ張りつまずいて、顔から派手にすっ転んだ。


「手を、つないだ方がいいかな?」


「うう……お願いします」


 石の地面に強打した鼻を赤く腫らしたミーナは、大人しく差し出された手を取った。



 ☆ ☆ ☆



 巣跡の探索を続けること3日。


 目的の竜光石は中々見つからなかった。

 金色に輝く光石はいくつか見つけたが、どれもミーナのお眼鏡に叶うものではなかったのだ。


「見つからないな」


「ですねー。ここはエルダークラスの巣跡だから、絶対あると思ってたんですけど」


 あぶった干し肉をかじりながら、地面に座り込んだミーナは残念そうに言った。


「そうは言っても10年前には空っぽだったらしいから、もう取り尽くされたのかもなあ」


 地竜の巣跡は広大だった。

 大がかりなキャラバンを組んだ人々が何日かけようとも、その全てを調べ尽くせないくらいに。


「そろそろ食料が尽きそうだから、明日には撤退するぞ」


 調理に使った発火剤を片付けながら、ラグネルは告げた。

 飲み水はミーナが錬成した《湧水の壺》で無限に出てくるとは言え、持参した食料の都合上、4日が探索の限界だった。


「でっ、でもっ! まだ回ってない所があるじゃないですかっ」


「これ以上奥に進んだら、出口まで戻れないかもしれないんだよ」


「食べ物ならもっと切り詰めれば、あと数日は持つはずですっ!」


「そんなことをしたら、君の体力がもたない。3日も真っ暗な洞窟にこもってずっと探索を続けてるんだ。自分が感じてる以上に疲労が溜まっているはずだ」


「でもっ!」


  ラグネルはなおも食い下がろうとすりミーナをなだめた。

 依頼者に危険が及ばないように配慮するのも、探索者たるラグネルの大切な仕事だった。


「惜しい物はあったんだろ?」


「そう、ですけど……これじゃ多分ダメです」


 ミーナは革のバッグの中から金色に輝く石を取り出した。


「地竜の体内で何百年と濃縮され続け、濃密な魔力を宿したものを竜光石と呼ぶんです。これは多分、百年くらいしか経ってないです」


 竜光石とただの光石との違いは、金色の光の放ち方だった。

 揺らめく水のように黄金の輝きが変化し続けるものが竜光石と呼ばれていた。


「エルダークラスのドラゴンは千年をはるかに超える時間を生きています。だからその巣の中には、必ず竜光石があるはず……なんです」


「それはそうと」


 沈み込んだ雰囲気を切り替えたくて、ラグネルは別の話題を持ち出した。


「はい?」


「数百年も体内にあったものが、どうやって外に出てくるんだろうな?」


「それは……」


 ごく基本的なことを聞かれて、ミーナは言葉を濁した。

 少し嫌そうに視線をそらし、言いよどむ彼女の反応を見たラグネルは、とある結論に思い至った。


「つまり、竜光石はドラゴンのう〇……もごっ」


「それ以上は言っちゃダメですっ!!」


 ミーナは飛び掛かるようにして、ラグネルの口を両手でふさいだ。


「賢者の石の素材にもなるレアで貴重なものなんですよ! そんな言い方しないでくださいっ!!」


 人間のあらゆる願いを叶えるという《賢者の石》。

 その研究と錬成に生涯をささげた錬金術師もいたと言われ、先人の多大な努力によってようやく錬成方法が確立されてきていた。

 それでも竜光石を初めとした貴重な素材を要求されるし、錬成には複雑な術式を数多く成功させなければいけない。

 賢者の石はその名の通り、選ばれし賢者にしか作れない品物だった。


「この探索で竜光石を手に入れて錬成を成功させたら、君は何か願うつもりなんだ?」


「それは……秘密です」


 ミーナはなぜだか恥ずかしそうに俯き、両手の指先を合わせてモジモジしていた。


(俺には言えないことなのか?)


 かすかな不安を抱いたラグネルは、それでも追求しないようにした。

 真面目で不器用な彼女が、何かあくどいこと企むとはとても考えられなかった。


「ところで、つかぬことをお伺いしますが」


「ん? なんだ?」


「ラグネルさんは男色家ですか?」


「はあっ!?」


 改まったミーナにとんでもないことを聞かれて、ラグネルは言葉を失った。


「どうなんですか!? そっち系とかだったりしますか!?」


「い、いや。ふつーに女が好きだ」


 彼女の勢いに押されながらも、ラグネルは素直に答えた。


(というか、俺は……)


 自らの胸の内を語る勇気もないまま、彼は何年も過ごしてきていた。


「そっか……やっぱ…私が。……かも、2人きりなのに……」


「ん? なんだって?」


 口の中でつぶやかれた声が小さすぎて、ラグネルはしっかり聞き取れなかった。


「いえ、何でもないです! 頑張って竜光石を探しましょう!」


 気を取り直したミーナと共に、ラグネルは巨大な洞窟内の探索を再開した。

 地面に近いところは彼女に任せ、彼は高い天井や壁のあたりの調査に当たった。

 長年の訓練と経験を通じて、ラグネルは特殊な素材や敵が放つわずかな力の波動を感じ取る能力を身に着けていた。

 洞窟の天井にアンカーガンを撃ち込んで身体を引き上げて、そういった反応がないか探った。

 伸縮性に富んだ鋼糸は、左腕に装着した銃身から射出されると同時に数十倍に伸長し、先端のアンカーが硬い岩盤に食い込むと瞬時に縮んでラグネルの身体を易々と持ち上げる。

 使い方を誤ると落下して地面に叩き付けられる危険があり、その扱いには高い技術が求められるとしても、アンカーガンは探索や戦闘には便利な道具だった。

 彼が他に装備していたのは、腰に差したショートソードと片手で扱える短身銃。

 その銃は徹甲弾や散弾、炸裂弾など様々な種類の弾丸を扱え、対峙した相手に応じて使用する弾を素早く切り替えられた。

 ラグネルは二本のアンカーを交互に撃ち出して、空中を自由自在に動き回り、広い洞窟内をくまなく探し回った。

 そうして場所を変えながら時間の許す限り探し回っても、目的の品はなかなか見つからなかった。


「こっちは駄目だな。そっちは?」


 ラグネルはアンカーを外して地面に降り立ち、あちこち歩き回っていたミーナに声をかけた。


「こっちもです~~。全然反応がないんですよぉ」


 落ち込んだ声を返したミーナの手には、魔力を検知する小さな装置があった。

 揺れ動く竜光石の魔力に反応して、手のひらに乗せた球体が前後左右に動きながら引き寄せられていくのだ。

 ボールの動く方向には魔力を帯びた何かがあり、揺れるように動くことで魔力の変動――竜光石の存在を示してくれる。

 その便利なアイテムも、今は手のひらの上でピクリとも動いていなかった。


「そうか……残念だが今日はここまで……」


 と言いかけたラグネルは、背後に何かを感じて振り返った。

 背中をなぞられたような、くすぐられたような感じ。


(敵か……? いや違うか?)


 殺意のように、鋭く突き刺さっては来なかった。

 波が押し寄せ引くように、かすかな力が強さを変えながら洞窟内に広がっていたのだ。


「向こうに何かがあるようだ。調べてくるからここで待て」


「ああっ。待ってください! 一人にしないでくださいよぉーーー!!」


 洞窟内に響き渡る悲鳴を聞き流し、ラグネルは力の源へと全速力で向かった。

 息を切らせながら足場の悪い洞窟を駆け抜け、アンカーを撃ち出して障害物を乗り越え、崩れた岩石の山の前に降り立つと、ガンベルトから炸裂弾を取り出し岩の隙間へと押し込んで。

 構えた短身銃を発砲。

 高速で撃ち出された弾丸が、岩の中に埋まった炸裂弾を貫通。

 衝撃に反応した高性能爆薬が雷鳴のような轟音を響かせて、巨大な岩山を吹き飛ばした。


「けほっ……」


 舞い上がった砂塵を突き抜け、崩れた岩石を払いのけてその奥を探る。

 やがて、砂まみれとなったラグネルの目の前に。


 揺らめく光を放つ黄金色の石が現れた。


「これじゃないのか?」


「ぐすっ……ひっく……ふえっ??」


 ラグネルは大急ぎでミーナの元へと戻り、涙と鼻水にまみれた彼女に発見した物を見せた。


「そうです!! これですよぉーー!!!」


 瞬間、ミーナは喜びを爆発させた。

 またたく間に涙が引っ込み、かがやく笑顔と共に竜光石を両手で掲げた。


「ありがとうございます! これで……これでっ!! くふふっ……」


 いそいそとバッグの中にしまい込み、ミーナが怪しげな笑い声をあげた、その時。


 地面が、揺れた。



 ☆ ☆ ☆



 ズシン……


 ズシン……


 腹に響く低い音を伴って、洞窟全体が揺れ続けていた。

 それは、とてつもなく大きな物が近づいてくる音だった。


「まさか……」


 警戒するラグネルの眼前、地響きを鳴り響かせながら近づいてきた《それ》が、ランタンの光の中に入ってきた。

 全身が見えないほどの巨躯。

 太い四本の足のつま先まで灰色の鱗にびっしりと覆われ、こちらを見下ろす顔はラグネルの数倍の大きさがあった。

 暗闇の中で退化した目は、巨大な顔の中では判別がつかなかった。

 ラグネル達に戦いを挑むつもりなのか、そいつは後ろ足で立ち上がり、巨大な口を開いて咆哮を上げた。

 鼓膜をつんざく轟音が洞窟内に響き渡り、真一文字に裂けたように開いた口の中には、何十本もの太く鋭い牙が埋め尽くしているのが見えた。

 その、圧倒的な存在感と、肌をひりつかせる強烈な魔力の波動。

 ただそこにいるだけで押し潰されそうな恐怖を感じさせるそれは……


「地竜ですよ地竜! 初めて見ました!」


 ミーナは感嘆の声を上げた。


「ああっ。牙に爪、皮に骨が取り放題。竜の肉はフルポーションにも使えるんですよねー。それにそれにっ、心臓なんて手に入ったら……」


 頬に手を当てた彼女は恍惚とした笑みを浮かべ、ふらふらと不用心に近づいていく。

 土煙を上げて地面を踏み締めた地竜に、夢でも見ているような足取りで歩み寄る彼女の身体を。


 ラグネルは片手で抱き寄せた。


 アンカー射出。

 軽い衝撃が鋼糸を伝わり、岩壁に突き刺さったアンカーが二人の身体を力強く引っ張った。


「ひゃああぁぁっ! なんですか何ですかぁ!?」


「逃げるんだよ!」


 素っ頓狂な声を上げたミーナに、ラグネルは一方的に告げた。

 繰り出す鋼糸に引っ張られて宙を飛ぶ彼らの背後、ランタンの光が届かなくなった暗闇の先で。

 耳障りな轟音を奏でながら、巨大な存在が高速で迫ってきていた。


「なんで逃げるんですかぁ!!」


「あんなのと戦っていられるか! 死ぬだけだぞ!!」


 地竜の巨体は、それだけでも脅威だった。

 奴の突進を喰らっただけで人間はひしゃげるし、あの太い脚で踏み付けられたら紙のようにぺしゃんこだった。


(それよりもっと恐ろしいのは、額にあるあの……)


「ああっ待ってくださいぃーーー! せめて鱗だけでもーーー!!」


 ミーナは糸を引くような叫びを上げた。


「諦めろ! 止まったら死ぬ!」


 圧力さえも感じる轟音を鳴り響かせて、地竜は暗闇の中を追跡してきていた。

 ラグネルと同じく、地竜も人間が放つ微量の魔力を感じ取れるのだ。

 エサ探しに用いられる体内の器官は、敵の探索にも有効だった。


「くっそ。速いな……」


 鋼糸による跳躍を続けながら、ラグネルは歯噛みした。

 じりじりと距離を詰められているのが分かった。

 猛スピードで追ってくる竜を前に、脇道に逃げ込んでも意味はなかった。

 狭い支道に入って突進を防げても、そこに居座られたら餓死するしかない。

 彼らの時間の感覚は人間とは違って、一年を数日程度にしか感じないらしいのだ。

 何より、地竜には切り札とも言える武器があった。


(それを使われたら、人間なんてひとたまりも……)


「爆弾とかないのか!?」


 灰色の巨躯に追い立てられながら、ラグネルは小脇に抱えたミーナに聞いた。


「ないです!」


「なんでだよ!?」


「だって! 空っぽの巣跡に本物の地竜がいるなんて思わないじゃないですか!!」


「思わなくても持って来いよ! 他のモンスターがいるかもしれないじゃないか!」


 そんな言い合いをしながら、ラグネルはアンカーを交互に繰り出し跳躍を続けた。

 いつもながら、ミーナには危機感がなさすぎた。

 のほほんとした探索行なんてあり得なかった。

 常に危険が付きまとい、時には襲ってきたモンスターとも戦う場面だってあるというのに。


「だってだって、ラグネルさん強いし! そこはズバッと、ドラゴンにだって勝てるんじゃないですか!?」


「勝てねーよ! 見ろ! あんなでかい奴とどうやって戦うんだ!?」


 青い光の範囲内に入ってきた地竜は、巨石が迫ってくるようにも見えた。

 大砲のような重火器でも、彼らの硬い鱗は貫けない。

 地竜は口の中までも岩のように硬く、ラグネルの手持ちの銃弾や剣では傷一つ付けられないだろう。


(ミーナの爆弾があれば、足止めくらいはできたはず)


 そうほぞを噛んでも、どうしようもなかった。

 出口は分かっているのだ。

 暗闇の中で暮らす地竜は日の光を極端に嫌う。

 今の時刻はまだ夕方で、洞窟の外は明るいはずだった。


 だから出口までたどり着ければ助かる……はずなのに。


 アンカーを射ち出しながら、宙を飛ぶような機動を取っても全く引き離せなかった。

 このままでは確実に追い付かれる。

 そうなったら最後、突進を受けるか踏みつぶされるか、そんな未来しか見えなかった。

 最悪の事態を予想しながら、それでも必死に逃げるラグネルの背後で。


 紅い光が灯った。


 駆ける地竜の額の中央に、真紅の光が輝いていた。

 赤の輝きは次第に強度を増して、宙を舞うラグネル達に照準。

 その一撃が放たれる直前。

 地面に向けてアンカー射出。

 鋼糸の牽引力と重力とを合わせて、飛び降りるよりも速く地面に着地。


「伏せろ!!」


 ミーナの小さな身体に覆いかぶさるようにして地面に伏せた直後。


 真紅の光が、二人の頭上を貫いた!


 高温の熱線が服を焼き、肌を焼いた。

 洞窟全体を埋め尽くすほど太い射線が強固な岩石を溶かし、溶解した岩壁がマグマとなって流れ落ち、周囲を赤く染めていった。


 熱線射出口。


 厚い岩盤をも溶かす一撃を放つ器官を使って、地竜は巣を広げてエサを作り出し、時には敵を粉砕する。

 地竜は勝利を確信したのか、地面にひれ伏したラグネル達へゆっくりと歩み寄ってきた。

 足元を流れる溶岩は、地竜に何のダメージも与えていなかった。

 溶けた高温の岩は、彼らにとってのエサに過ぎなかったのだ。


「はっ……かはっ……はあっ」


 傍らのミーナは、せき込むような息をしていた。

 相手の圧倒的な力をついに理解したのか、小さな身体が恐怖で小刻みに震えていた。


「ミーナ。光石をよこせ」


「は、はいっ」


 突然の言葉にも彼女はすぐに反応して、取り出した金色の石をラグネルに手渡した。

 百年物の光石。

 これだって高度な錬成の素材になる貴重品だった。

 しかし、今はそんなことを言っていられなかった。


「二発目を撃ったら俺にしがみ付け。いいな?」


 理由も聞かずにミーナがうなずいたのを見て、ラグネルは金色の石を地竜に向かって投げつけた。

 すぐさま腰の銃を抜き、発砲。

 1発、2発、と銃声が鳴り響くと同時にアンカー射出。

 背後に打ち出された鉤爪が固まり始めた岩壁に突き刺さると、抱き付いてきたミーナも一緒に、渾身の力で後方へと引っ張った。

 銃から放たれた徹甲弾は狙いをたがわず立て続けに光石に当たり、跳躍するように地竜の眼前へと導いた。

 放物線を描いた石が頂点に達し、自由落下に移る直前。


 3発目を発砲。


 使ったのは酸性弾。

 柔らかな弾丸が空を舞う石に当たると同時にひしゃげて、内部の強酸を撒き散らす。

 岩の表面に付着した酸性の液体が表面の鉱物を溶かし、中に秘められた魔力を放出。

 瞬間。


 巨大な火球が生じた!


 新しい恒星が生まれたかのような強烈な輝きが、網膜を焼いてきた。

 かすれた視界の中で、地竜の巨躯が恒星の光に飲み込まれたのが見えた。


「ひやああああっ!!」


 周囲に広がった衝撃波は情けないミーナの声をも飲み込み、遅れて大気を震わす爆音を生み出した。


「エルダークラス百年分の魔力の奔流だ。少しはこたえただろう」


 巨大な岩の竜は、自らを包み込んだ火球に怯んだ。

 強い陽光のような輝きを全身に浴び、慄いたように前足を上げて立ち止まると。


 ラグネル達に背を向けて、巣の奥へと姿を消した。



 ☆ ☆ ☆



「ついに……ついにできました!」


 探索行から王都に戻ってきて20日あまり。


 ミーナの研究室に呼び出されたラグネルは、彼女の歓声によって出迎えられた。

 明かり取りの小さな窓しかない部屋は薄暗く、四方の壁を占拠する本棚には分厚い本がずらりと並び、真ん中にある机や広い床は、整理しきれてない書類や作りかけの何かが所狭しと転がっていた。


「ついに、できたんです! 賢者の石が!!」


 涙ながらに告げた彼女の言う通り、その小さな手の中には赤い石があった。

 一点のシミや曇りのない色鮮やかな赤。

 艶やかな表面に複雑な紋様が浮かび上がったそれこそ《賢者の石》。

 全ての錬金術師が目指す頂点だった。


「おおー。やったな!」


「はい! ラグネルさんのおかげです! ありがとうございます!」


「俺は素材を集めただけだ。全ては君の実力だよ」


 深々と頭を下げたミーナに、ラグネルは言った。

 たとえ最高級の素材があろうとも、それを正しく扱って望む結果を生み出せるかは、錬金術師の腕次第だった。

 そして、ミーナには高度な術式を使いこなすだけの力があったのだ。


「それじゃさっそく、石の効果を試してみたいと思います」


「ちょっと待て。使う前に、教授や学長を呼んでくるよ」


 《賢者の石》は、1回使えばその効果をなくす。

 術者の願いを叶えるのに、込められた魔力を使い果たしてしまうからだ。


「ここにいる最高峰の術師に、君が作った術式が正しく作動しているかどうかを査察してもらった方がいいだろう?」


「いいえっ。ラグネルさんにいて欲しいんですっ! というか、ラグネルさんがいないと意味がないんですっ!!」


 なぜか身を乗り出すようにして強く言われて、ひるんだラグネルは彼女のやりたいようにさせてみた。

 あえて教授たちを呼ばずに、石の効果が披露される場に立ち会うことになったのだ。

 研究所員の証たる紺のマントを身に着けたミーナは部屋の真ん中に陣取り、異様に緊張した面持ちで赤い石を両手で掲げた。


「……行きます」


 《賢者の石》を使うのに、特別な設備も手順もいらなかった。

 手にした赤い石に、自分の願いを告げればいいだけだ。

 それだけで、編み上げられた術式が世界に干渉し、手にした者の願いを叶えてくれる。


「ラグネルさん!」


 一つ深呼吸をしたミーナは、決意のこもった目でラグネルを真っ直ぐ見つめて。

 自分の願いを告げた。



「私を好きになってくださーーーい!!!」



 魂の叫びと同時に、掲げた赤い石が深紅の光を放った。


「!?!?」


 驚愕して言葉を失ったラグネルの周囲を、赤い光の帯が取り囲んだ。

 全身を包み込むように走った光はやがて動きを止め、ゆっくりと彼の中へと入ってきた。

 身体の奥底にある何か――魂にまで入り込もうとしてきた赤い光は。


 パチンと弾けて消えた。


「ど、どうですか? 何か変化はありましたか?」


「あーー。悪いんだが、特には……」


 恐る恐る聞かれて、ラグネルは申し訳なさそうに答えた。

 彼は実際、何の変化も感じてなかった。

 外見的にも、内面的にも。


(この思いも変わってない、はずだ……)


「そ、そんなっ!? まさか失敗!?」


 狼狽もあらわに、ミーナは悲鳴のような声を上げた。

 両手で頭を抱えてうんうんと唸り、次いで傍らにいるラグネルに初めて気付いたみたいに見開いた目で彼を見つめ。


「こ、こここんなこともあろうかとっ。こっ、ここに忘却薬が!」


 震える声でそう告げると、机の上に置かれていた小瓶に手を伸ばした。


「ひとまず落ち着け。俺は……」


「あっ!!!」


 宥めるラグネルの言葉は欠片も届かず、ミーナは焦って振り回した手で薬瓶を弾き飛ばした。


 逆さまになったガラス瓶は硬い音を立てて床に落ち、中の青い液体が床の書類の上にぶちまけられた。


「ふ、ふえっ……」


 ミーナは真っ赤になった顔をくしゃくしゃにして、大きな目に涙を浮かべていた。

 色々取り返しのつかないことをしでかした彼女が取れる行動は、たった一つしかなかった。


「あー、ミーナ。それについてちょっと話が……」


「い、今のは忘れて下さーーい!」


 引き留めようとするラグネルを振り切り、ミーナは風のように部屋を飛び出し逃亡した。

 巻き上がった書類がつむじを巻くほどの勢いだった。


「……ともかく追いかけるか」


 ため息をつきつつ、ラグネルも部屋を飛び出した。

 方向音痴の彼女が一目散に逃げたら、地の果てまでも追いかける羽目になる。

 ミーナはそれができるだけの道具を持っているから、そうなる前に何としても捕まえて、きちんと話をしなければいけない。


「賢者の石を使わなくても、俺は君が……」


 今こそ、それを伝えなくてはいけなかった。

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