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2度目の加熱 BL小説を朗読することになりました

えっちな場面があります。苦手な方はご注意ください。

「ただいま」


帰宅して、ドアに「がちゃん」と鍵を閉めてそう言った。一人暮らしなので言う必要はないのだが、つい、言ってしまう。そしていつもは返事がない。一人暮らしなので当たり前だ。


私はIHヒーターのスイッチを入れ、ヤカンを載せるとIHヒーターが(おかえり)と言った。私は「ただいま」ともう一度言った。


私は鞄からたくさんのパンフレットを出した。

(なんだそれは)

「キッチン用品のカタログ」

(何?)

「家電量販店でもらってきたんだよ」


今日は日曜日だ。電車で池袋まで行って、家電量販店巡りをしたのだった。


「ったく、貴重な休日なのに」

(どうするつもりだ)

「何が?」

(よからぬことを企んでいるのではないか)

「交換するんだよ。管理会社に電話したら『急ぐなら自分で購入してください』って言われてさ」

(何だと?)

「あんたもう寿命だろ」

(キスしてぼくを元の世界に戻してくれるのではなかったのか)

「加熱状態でちゅーしないと帰れないなら無理ゲーじゃん」と私は言った。「昨日も言ったけど、知らない男と暮らすとか無理だから」

(そんな!)

「そんなもこんなもないんだよ」

「……」


私はベッドの上でIHヒーターのカタログを見た。カタログでは10万円くらいする商品が、価格ドッ〇コムで調べたら5万円くらいで買えることがわかった。


「通販で買うか。でも自分で設置とかできないし、やっぱ業者に頼むしかないかな」

(おい)

「あ、引き取りと設置込みで7万てのがあるじゃん。出費は痛いけど、使う暇がないから貯金はあるんだ。あ、郵貯じゃなくて信金の口座に入れてるから、貯金じゃなくて預金だね。うわ、業界特有の専門っぽい話。休みの日にそんな話するのよそうぜ。って、あたしか、そんな話してんのは」

(ぼくの話を聞いてくれ)

「うるさいな。忙しいんだ。あとにしろ」

(捨てないでくれ)

「知るか」

(ぼくにできることはないか?)

「壊れかけのIHヒーターに頼むことなんてないよ」

(そうだ、ぼくの冒険の話を聞かせてやろう。何を隠そう、ぼくは魔王討伐隊の隊長だったんだ)

「興味ないね」

(血沸き肉躍る冒険の話だぞ?)

「BLだったらちょっとは興味あるけどさ、異世界系はさんざん読んだからもういいや」

(びーえる?なんだそれは)

「腐の趣味のものは、就職の時に全部処分しちゃったんだよ。取っとけばよかったな。またコミケにでも行くかな。でも行く暇がないな」

(魔法だぞ?剣だぞ?龍も出てくるぞ)

「小説投稿サイトにでも投稿したら?」

(なんだそれは)

「知らないのか、って知ってるわけないか。IHヒーターだもんな」


私はパソコンを起動し、久しぶりに小説投稿サイトを開いてみた。


「なつかしいな。どれどれ?」


おすすめにあがっていた作品を開いてみた。


「なるほど、こういう系か……」

(おい、何をしているのだ)

「うわ、えっちぃ」

(おい)

「そうきたか。即物的なエロだな。だが悪くない」

(おーい)


私は読みかけの作品にブックマークした。


「読み始めると止まらないんだよ」

(そんなにおもしろいのか)

「気が付くと時間が溶けてるんだ」

(そんなにおもしろいなら朗読してくれ)

「は?やだよ」

(なぜだ)

「恥ずいじゃん」

(人に聞かせられないようなものを読んでいるのか)

「そうだよ」

(な……)

「ふん。うぶな異世界人をいたぶってやるのも一興か」


ちょうど凌辱系BL小説を読んでいたこともあり、私はIHヒーターをからかってやることにした。


「じゃあ読むぞ。……タロウの手がジロウの股間に伸びた。ジロウは身をよじり、その手を避けようとした。『やめて……』しかしジロウの手は縄で縛られていた……」


IHヒーターは(男同士、だと?)と言っていたが、やがて食い入るように聞き入り、「ああ」とか「おお」とか「なんと!」とか言っていた。合いの手があると、ついつい朗読する方としても気合が入ってしまい、私はいつも以上に感情移入していた。興がのり、エロBLの登場人物になりきって演技しているうちに身体の芯が熱くなってきた。


3話連続で読んだところで喉が渇いたので水を飲んだ。


「どうだ、おもしろいか」

(うむ。早く続きが知りたい)とIHヒーターが言った。(石のように何も感じない身体だと思っていたが、火照りを感じる)と言って、赤いLEDをふんわりと点滅させていた。

「ふん、免疫のない異世界人には刺激が強かったか」と私は言ったが、それは強がりだった。刺激を受けまくっていたのは私だった。私はもう、じゅくじゅくだった。


「今日はここまで」と言って、IHヒーターのスイッチを切った。そして急いでユニットバスに行き、服を脱ぎ、シャワーを浴びながら一人エッチをした。体はすでに温まっていて、すぐにイってしまった。イく瞬間、昨日、IHヒーターが投影した王子様の顔が浮かんできた。そうしたら、一回イったはずなのに、もっと強い快感が下腹部から上がってきて脳を直撃した。押しては返す波のように快感がやってきた。その顔は、絶頂後の白い余韻の中に消えていった。流しっぱなしのシャワーのせいで、浴室内は湯気でいっぱいだった。私はプラスチックの壁に肩を付けた。冷たい感触だったが火照った身体はなかなか冷えなかった。


結局、私はその日曜日の午後、ずっとIHヒーターにBL小説を朗読して聞かせた。じゅくじゅくしっぱなしだった。


翌日の月曜日、私はいつもどおりに出勤した。お客が少なく、いつもより早く帰れた。服を脱ぎ、下着姿でパソコンを起動した。昨日読み始めたネット小説『フランス料理シェフの俺が、高貴な生まれのあいつを奴隷にするまで』の続きを読むためだった。カップ麺を食うため、IHヒーターのスイッチを入れた。


(待っていたぞ!つづきは?つづきは?)スイッチを入れるなり、IHヒーターが言った。

「ん」

(早く読んでくれ)

「やだよ」

(なぜだ)

「一日働いて疲れてるんだよ」

(1話だけでもいい)

「やだ」

(頼む!)

「しつこいな。……あ、そうだ」


私はスマホに読み上げアプリをインストールした。『フランス料理シェフの俺が、高貴な生まれのあいつを奴隷にするまで』のURLをコピーして貼り付けた。


「これでも聞いとけ」


読み上げアプリがエロBLを朗読し始めた。棒読みの機械音声で、若干イントネーションが変だったり、漢字の読み方を間違えたりしたが、エロBLを聞く分には問題なかった。私はスマホアプリが読み上げるテキストに耳を傾けながらカップ麺を食べた。

(ストップ!)とIHヒーターが言った。

「なんだよ、いいところじゃないか」

(なんだ、この平板な声は)

「気にすんなよ。あんただって機械音で話すでしょ」と私は言った。「加熱を始めます、とか」

(ふむ。それもそうだが……)

「再生」

スマホアプリが再びしゃべり始めた。

(……慣れるとだいじょうぶだな)


カップ麺を食べ終わった私は容器をゴミ箱に捨てた。そしてベッドに寝そべってスマホが読み上げるBL小説に耳を傾けた。おいしそうな料理がたくさん登場する小説だった。そして登場人物たちは実においしそうに料理を食べていた。『フランス料理シェフの俺が、高貴な生まれのあいつを奴隷にするまで』は、タイトル通り、フランス料理のシェフが主人公であり、料理の腕を使って美少年たちを思い通りにしていく話だった。話を聞いているうちに、私は腹が減ってきた。さっきカップ麺を食べたばかりだったが、買い置きのスナック菓子を食べた。


5話くらい読んだところで、スマホのバッテリーが切れた。


「今日はここまで」

(もう少し!)

「だめ。明日も早いし」

(この世界の人間は勤勉だな。仕方あるまい。……しかし、タロウとジロウがいい感じになってきたと思ったら、サブロウが出てきて邪魔をするとは。何事も一筋縄ではいかないものだ)

「お約束の展開だけど、いいよね」と私は言った。

(いったいどうなってしまうのだろうか。続きが楽しみだ)

「また明日のお楽しみだ。おやすみ」

(おやすみ)

私はIHヒーターのスイッチを切った。電気を消して布団に入った。それなりに興奮していたが、昨日ほどではなかった。


翌日の昼休み、信用金庫の食堂で後輩の陽菜(ひな)ちゃんといっしょになった。陽菜ちゃんは一個下で、私と同じ伝票処理係だった。


私の勤める信用金庫の支店には食堂がある。前近代的な職場ならではだ。ここで食う昼食は私の主たる栄養源だ。だからしっかり食べる。他の支店では、コスト削減のために食堂が廃止されているところも多いらしい。支店長から「食堂があることは外部の人には話さないように」と言われている。これを読んでいるあなたも、このことは内緒にしておいてもらいたい。


「陽菜ちゃんさ」と私は言った。「最近、肌のつやがいいよね」

「そうですか?」

「前は私と同じで、ゾンビみたいだったのに、何か肌が輝いてるというか」

「えー、自分じゃわからないです」

「何かいいことあった?」

「何もないですが……でもあれかな」

「何?」

「音楽教室に通いはじめたんです。駅前の」

「楽器?」

「フルートです」

「ほう。いつから?」

「3か月くらい前です」

「ふーん。で、いい男がいたとか」

「そういう出会いはないですけど、毎回のレッスンが楽しいんですよ」

「へえ」

「ちょっとずつうまくなっていく感じがするし、うまくできないところは先生の言うとおりにやるとうまくできたりして」

「なるほどね」

「優佳さんもどうですか、楽器」

「いや、あたしはそういうのはいいよ」

「そうですか」


実を言うと私も小さい頃に楽器を習っていたことがある。クラシックギターだ。シンガーソングライターに憧れてギターを弾きたいと言ったら、親がクラシックギターの教室に連れていってくれた。思っていたのとはだいぶ違ったけど、それでも知らない世界を見ることができて楽しかった。2年続けたが、中学に入ってやめてしまった。入れ替わるように腐の世界にハマっていった。


午後また仕事をして家に帰って食事を済ませると、IHヒーターのスイッチを入れて、『フランス料理シェフの俺が、高貴な生まれのあいつを奴隷にするまで』を読んだ。スマホ読み上げだと感じが出ないので私が朗読した。

「そんな!」とか「危ない!」とか「そっちに行っちゃダメだ」とか、IHヒーターの合いの手も、昨日より心がこもっていた。


私は、男たちの繰り広げる愛憎ドラマを熱演した。


やば。


やってるうちに楽しくなってきた。気が付くと夜中の二時だった。明日も仕事なのに。

「おやすみ」

「おやすみ」


私はシャワーを浴び、心地よい疲労感に包まれて眠りについた。


翌朝、寝不足だろうと思ったが、いつも以上にしゃっきりしており、体が軽かった。

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