【0:056:15:05】
カラオケの一件で俺は反省した。
大きな目標を達成するためには、まずしっかりとした計画が必要である。
行き当たりばったりに生きていては、誰もが夏休みの終わり際に課題を慌てて片付けることになるのはよく知られた事実だ(クソデカ主語)。
なのにそれを避けるための努力が今までの俺には足りなかった。
改めて本腰を入れて考えねばならない、というより早くどうにかしないと頭がおかしくなりそう。
正直、高校生のノリは就活もしていた身にはちょっときついし、ハナとのやりとりがいつのものだったか混線しそうになる。
さらに加えて重要な問題が、問答無用のタイムリープでは物理的な記録や計画書を持ち越すことが不可能ということだ。
つまりどういった計画を立てるにせよできる限り情報をシンプルに整理して、俺の頭におさめなくてはいけない。
しんどい。
しかし嘆いていてもしょうがなかった。
ひとまず大目標はループを終えること以外はない。
次に問題、肝心のループの発生原因が不明ということ、おそらくハナの未来に関係がありそうなのだけど……。
最後は対策。
現時点では普通にフラれるのではダメなのはほぼ確定。
ほかに謎の地雷アリ、だいたいこんなところだろうか。
うん、何もわかっていないも同然だな(絶望)。
ループものについて調べた感じだと、ある時間を越えることが解決の条件になることもあるそうだが……もし俺が刺された五年後がそれだとすれば先の話すぎる。
これをクリア条件として変に意識するよりも、結果として越えていたくらいの気持ちでいた方がいいだろう
他の手段に関しても自分とハナへの加害を前提とするものは除外する。
極端な話、どちらかが死ねばループが終わるとしても、そんなのは解決と言えないからだ。試す意味がない。
つまりは――
(当面は上手いことハナと付き合えってことだよなぁ……)
ずん、と下っ腹が重くなった気がした。
「ね、そんな悩むとこ?」
下腹部を押さえる俺を、対面に座ったハナの声が俺を現実に引き戻す。
放課後の図書室、テストを控えた二人だけ(他利用者多数)の勉強会の最中にビタ止まりして考え事はさぞ挙動不審だったろう。
しかも科目、日本史だし。
「ごめん。別のこと考えてた」
「ちょっとー?」
ハナが作った声で責める。
中学以来だというコンタクトレンズに戻した彼女はもうメガネはしていない。
おさげもやめて文学少女風擬態はおしまい、チャラ男から陰キャまで受けの良さそうな清楚系黒髪ストレート女子だ。
もちろん俺も一番好きだったスタイルのひとつだ。
これからインナーカラーばりばりのメンヘラ地雷系を経て白ギャル風金髪ボブに進化するんだから人はわからない。
いや、ハナがそうなった理由も経緯も全部知ってはいるんだけど。
「テストの点で勝負って言ったじゃん。やる気ないの?」
「あるある。ちょっとありすぎてあふれてただけだから」
「もー、テキトー……」
小声でそんなやりとりをしたあと、ちらと受付の様子をうかがう。
幸い見逃してもらえる程度のやりとりだったようで、図書委員は置物のように静かにたたずむだけだった。
前へと戻した視線が、一部始終を見ていたハナの明るい目と絡み合う。
「へへ」
何かがツボにはいったらしく、目を細めて彼女は笑う。
あんまり高校生の女子っぽくない、子供みたいな無造作な笑い方だった。
それが、ハナの笑顔だった。
「はは」
つられて俺の口元もゆるむ。
まったく同じではないけれどかつてもこんなことをしていた気がする。
そういえば人の記憶は脳に基づいているはずだけど、タイムリープのときってどうなってんのかな――……
「また考え事―?」
「いだっ」
いまいち捗らなかった勉強会の帰り道、ハナのカバンが俺の尻を叩く。
夕暮れの中、付き合って間もない(今周回主観)初カノとのやりとりは、懐かしさと新鮮さを感じるものだった。
「今日ずっとぼーっとしてるじゃん」
「いや、人の記憶ってどうなってんのかなって」
「なに、そんな暗器苦手だった?」
「違くて、もっとこう……」
なんと言えばいいだろう。
ハナは軽く陰謀論にハマりかけた過去(未来)があるし、うかつなことをいうとバタフライエフェクトが発生しそうで怖い。
「スピ系?」
そんな風に考えていたらその本人から剛速球が飛んできた。
「スピ系かな……? 脳細胞とか、ハード面がダメになったら記憶ってなくなっちゃうのかな、とか」
ある意味十代らしいとりとめのなさに、自分で言っておきながら苦笑する。
「バックアップとか、セーブデータが欲しい?」
その言葉にどきりとした。
もちろんハナに他意はないだろうけれど、それは今まさに俺の身に降りかかっていることだから。
「や、そう言うのはいいかなあ」
「そう? テストで便利じゃない?」
「点数のために機能拡張ってそれっぽいけどさあ」
言いながら現状はまさにハナとの関係の再テストめいていて笑ってしまった。
「勉強が全てじゃないし」
「なーに、言ってんの」
「あだっ」
どーんとハナが俺の背を突き飛ばす。
「やっぱり、やる気なくない?」
じーっと疑わしそうな視線は、おもちゃを見つめるペットのように雄弁だった。
「あるって」
「じゃあ、勝ったらどうする気?」
いつのまにか、負けた方は勝った方の言うことを聞くってルールが発生していたらしい。
提案自体には驚きはなかった。
「ちゃんと考えてあるって」
「ホント? なに?」
「アヤセを名前で呼ばせてもらううとか」
「えー、ヤダ! 絶対ヤダ!」
「じゃあそっちが勝てばいいじゃん」
「ふーん?」
俺の返事はお気に召さなかったらしい。
見当はつくが、正解はわからない。五年の経験はイマイチ役立たずだ。
「アヤセは?」
「え?」
「アヤセは勝ったらどうしたいの?」
「どうって……ん~~」
「アヤセさんこそ勝つ気なくない?」
「あるし!」
「じゃあ何さ」
「それはー……あたしが勝ってからのお楽しみ!」
「ズルくない?」
「そっちが言っただけでしょ」
「アヤセが聞いたんだよなあ。言わなきゃ怒るって」
「それは言ってない!」
「言ったって」
もー、とハナが膨れながら俺の肩をぐいぐい押す。
笑いながら、明日からを考える。
可能な限り、ずっと彼女がこうしていられるようにする。
それは簡単じゃないけれど、やりがいがあるのは確かだった。
――テストは普通に負けた。
いや、範囲が俺基準だと数年前の記憶になるからね?




