【0:042:06:39】
「――♪ ――♪」
カラフルな光が部屋を駆け巡る中、制服姿のハナが踊りながら歌っている。
好きこそものの上手なれを体現するように彼女は楽しそうで、俺もハナの歌もその姿が好きだった。
関係が気まずくなってからもカラオケに行ったときだけは――いや、カラオケでも普通に喧嘩してたな。
なんならマイクまで使って、フリースタイルラップみたいにディスりあってた。
演奏の終了とともに部屋の照明が落ち着きを取り戻す。
自然と俺は拍手をしていた。
「アヤセやっぱ歌上手いわー」
「でしょ?」
謙遜しないのはいかにも彼女らしくて笑ってしまう。
それも仕方ないというかハナの歌唱力は謙遜がイヤミになるレベルだった。
高音の伸びと安定感と声量はクラスメイトたちで行ったカラオケで驚き通り越して引かれたレベルである。
そうして今の時点では未来のことだが、そのせいで一軍女子と持ち歌がかぶったときに大いにモメたことを思い出す。
あれはたしか俺が褒めた曲だった――未来の思い出には地雷が多すぎる。
「曲、入れないの?」
ひそかにへこんでいるとごくごく当たり前のように隣に腰かけてハナが聞く。
パーソナルスペースは広めのくせに、自分からのスキンシップは好きな彼女の距離感は変幻自在だ。
猫みたいに気ままに寄っては離れていく。
それに翻弄されて、刺殺未遂の恐怖も今やだいぶ薄れていた。
「んー、もう一人で結構歌ったし」
実際、叫びまくっていたせいで俺の声はカスカスだ。
ふぅん、とハナが自分のコーラに口をつける。
歯を立てられたストローがつぶれていた、数多い彼女のクセの一つだった。
「アヤセもなんか頼む?」
ワンドリンクで乗り切るつもりがハナの襲来によって計算が狂っている。
自分用の追加のコーラを入力しながらたずねた。
「いい。ご飯前だし、おかーさんに怒られちゃう」
「りょ」
「ね、それより歌わないの?」
さっき答えたばかりの問いが繰り返される。
これはハナなりのお願いだった、あるいは命令。
断るのは上手くない。ビビりすぎかもしれないけど、苦笑して頷いた。
「じゃあ、一曲だけ」
「あたしが決めていい?」
「なんでよ。自分で決めるわ」
「えー」
さすがに無法が過ぎる言い分に苦笑いしながら、懐かしい新曲たちを眺める。
そうして自然とハナが好きだった曲を思い出そうとしている自分に気づいて苦笑した。
結局、まず外れのない超有名ボカロ曲に決める。
「あー……」
表示されたタイトルになんとも微妙な声があがった。
「アヤセが歌いたかった?」
マイクを向けながら聞くと、微妙な表情のまま首を振る。
「いい。あとで自分でも入れるから」
「歌うんかい。直後はやめてな」
公開処刑ってレベルじゃないから、と言いながらマイクを手に取る。
出だしのフレーズは歌い逃した。
なんかこう、やたらに強気な引きこもりのための歌である。
隣で曲に合わせてポーズを決める真顔のハナの圧にビビったり、店員さんがコーラを持ってきたタイミングがサビすぎて止められなかったりしながらも何とか歌い終えた。
「すご。あたしこれ、男子は歌えないかと思ってた。特にラストとか」
実際のところすでに声がかすれてることもあって聞き苦しかったはずだが、ハナはマナーとして拍手してくれた。
「別に、キー落とせば行けるっしょ」
自然と当時の俺のような言葉が喉をすべり出る。
ちょっと浮かれている自分を自覚しながらコーラに口をつけた。
「あ、そだ。今ので思い出した。あとで動画撮ってくんない? 踊るから」
「ショートのやつ?」
「そ、指ダンス」
言ってハナは独特のポーズを取ってから、SNSのショート動画でよく見る上半身だけのダンスをはじめる。
努力のほどがうかがえるスムーズさだった。
「カンペキじゃん。女子ってすごいよな」
素直に賞賛を口にする。
顔出しのダンスを世界に発信するなんて俺にはとてもできない。
「なーんか含みない?」
「ナイナイ」
ちょっとあるけど。
それでも大学生になってからは、彼女らが考え無しに顔を晒してたんじゃなく、制服の賞味期限ってのを意識してのことだったと気づいた。
何をやっても「カワイイ」が上積みされるJKの間に、可能な限り承認欲求を摂取しておこうという合理的思考による行動なのだ。
まぁ理解はできてもそこまでやるかな、とはやっぱり少し思うけど。
「なんか顔がイヤそうじゃない? おかーさんみたいなこと言わないでよ。みんなやってるじゃん」
こんなことをさらっと言うあたり、つくづくハナの擬態はお粗末なものだった。
目立たないように古風な三つ編み眼鏡にしといて、きっちり流行は追ってるんだもんなあ。
「言わないって。ただ……」
「ただ? なに?」
「ん~、知らない奴にアヤセを見られんのちょっとヤダなって思っただけ」
「え、やきもち?」
「そだよ」
それはすべて本音だったのに、俺の胸はずぐんと痛んだ。
――あぁ、どうしてあの時にこれが言えなかったのかな。
子供じみた独占欲を、本当に子供だったからこそ言えなかった。
大人ぶって「いんじゃね?」と止めなかった動画のバズで、ハナの女子間の孤立はいよいよ決定的になったのに。
それがのちの進路での助けになったとはいえ、彼女は確かに傷ついていたのに。
「へへぇ~~~? バズる前からそんな心配すんの?」
そんなことを知らないハナは、にまにまと意地の悪い笑みを浮かべている。
見ていられなくって俺は顔を伏せた。
「おーい。いまさら照れんなー、おーい」
「照れてねえし」
彼女の都合のいい勘違いに乗っかる、実際は泣きそうだった。
やめてくれ。そんな風にうれしそうにしないでくれ。
俺ができなかった結果を、そんな風に見せないで欲しい。
こんな、簡単なことだったなんて。
「もー、しょうがないなー。彼ピが妬いちゃうんじゃ、あきらめるしかないかなー」
「あじゃじゃーす」
「ふふ、ふふふ、あはは……あいた」
上機嫌に笑っていたハナがパタパタと振っていた足を机にぶつける。
なんでか、俺の背中がどつかれた。
「……スゲー笑うじゃん。そんなにガキっぽい?」
「ん-? ん-ん、逆、逆」
不貞腐れている風で誤魔化しているものの最低なテンションの俺とは逆に、ハナは足をぶつけても上機嫌だった。
「逆?」
少し、不思議に思いながら意図を問う。
「そ。なんかさ。付き合うことになってから、なんか態度が大人っぽくなったってか、あんな告白しといて余裕あるからさ」
そりゃあ、今のハナより五年ほど長く生きてるし。
下手すればその差はこれからも広がる一方だ。
「なんか、実はあたしにそんなに興味なかったのかなって思ってた」
「……そんなことないよ」
幻の痛みに腹を押さえながら否定する。
そうであってほしいという願いが、言葉に真剣みをこもらせた。
「ん。だよね」
良かった、とハナは機嫌良さそうに頷く。
腹が痛んだ。
「じゃ、あとで撮ってね。踊るから」
「ええ……今の流れでぇ? マ?」
ひどくない?
これはさすがに予想外と俺が素で顔をゆがめるとハナは楽し気に笑った。
「だってせっかく覚えたし。誰かに見て欲しくない?」
「それはそうかもしんないけどさ……」
「だいじょぶ。そっちのスマホで撮って、アップはしないから」
「――いいの?」
「いいよ、カノジョからのプレゼント。感謝すれー?」
そんなこと言っておいてハナは一度ダンスをミスって、ものすごい顔でデータを消して撮りなおすよう迫ってきた。
『――――』
スマホの中で未加工のカラオケの伴奏に合わせて制服姿のハナが踊る。
ちょっと赤い顔は、ファーストテイクの失敗の余韻だ。
「はは」
自室のベッドに寝ころんで動画を見直していたら、自然と笑いがこぼれた。
かつては言えなかったこと、言えたときには「なんでいまさらそんなこと言うの?」って喧嘩の原因にしかならなかったこと。
それを告げることができて、久しぶりにハナと本当の話ができたようで、このループ現象ではじめて純粋に良かったと思えることに出会えた。
もしかしたら。
もしかしたら、なにかを変えられるのかもしれない。
自分にとっても彼女にとっても悪くない、答えが見つかるのかも――
「へへ……」
口元をゆるませる興奮に苦労しながら、明かりを消してなんとか眠りについた。
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「ねえ、ちょっと?」
ぱっと世界が明るくなる、目の前には制服姿のハナ。
一瞬で俺は自室のベッドから放課後の教室へとワープしていた。
……ふーん、なるほどね?
そうか、そう来ましたか。
「よっし! よしよしよーし!」
俺は笑っていた。
本当に腹が立っているとき、その熱で人は意外と笑えるものだ。
「え、なに。急にテンション上げるじゃん」
「やー、気分盛り上がっちゃってさ。ごめんアヤセ、ちょっと叫んできていい?」
「え……ええー……? いいけど……なに? キャラ違くない? そんなに嬉しかった?」
「ごめんごめん、なんかもう気持ちが抑えきれなくて!」
「い、いってらー?」
過去一引いた様子のハナを教室に残して、向かったのは音楽室の近くにある屋上への階段だ。
放課後は練習中の吹奏楽部の演奏が漏れ響いてくるせいか、長居する人は少ない。
その階段の一番上、封鎖された屋上へのドアの前に来て叫んだ。
「あああああああああああ――!!」
想像以上に声が響いたけれど、もう止められなかった。
たまったストレスゲージを叫びへと変換する。
「なになに、なんなん!? なにが気に入らなかったの!? なんで!? なんすか、ハナのやりたいことに口出しするなってこと!? だったら最初っからそう言ってくんない!? あああああ、もおおおおおおおお!!」
ふざけるなふざけるな、あのとき、ハナだってきっと喜んでた。
起こるはずの悪いことがきっと一つ潰せた。
それなのに、それが許されない?
これはいったい、なんのためのやりなおしなんだ――!
「なんっ、なんだよぉぉ、もぉぉぉ――――!!!」
その後、大声を聞いて駆けつけた吹奏楽部の顧問にめちゃくちゃ怒られた。




