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適材適所、されど死者

 蛍光灯の白い光が、埃一つないデスクを無機質に照らし出す。壁一面を埋め尽くすモニターには、グラフや文字列が絶えず流れ、時折、どこかの異世界から送られてくる風景映像が一瞬映っては消える。ここは、厚生労働省 異世界転生局 斡旋第一課。死者の魂に「第二の人生」を提供する、ある意味で究極の人材派遣会社だ。


「……で、ご希望は勇者、と」


 黒崎渉は、目の前の半透明な男――いや、元・男を見据え、手元のタブレットに無感情にメモを打ち込んだ。声には抑揚がなく、表情もまた、能面のように変わらない。三十代前半にしては妙に落ち着き払った、あるいは疲れ果てたその態度は、この職場に配属されてから早数年、数えきれないほどの「人生の最終面接」をこなしてきた証だった。


「はい! 是が非でも勇者で! チート能力マシマシで、ハーレム展開希望っス! あ、できれば、最初はちょっと苦労するけど、すぐに覚醒して無双する感じでお願いします!」


 目の前の魂――生前は山田太郎、享年二十五、死因:コンビニからの帰り道での事故死――は、興奮冷めやらぬ様子で身振り手振りを交えてまくし立てる。その姿は、まるで新作ゲームの発売を待ちわびる子供のようだ。黒崎の眉が、ほんの僅かにピクリと動いた。


「山田様。当課の『勇者』枠は、現在、抽選倍率三百倍を超えております。また、ご希望の『チート能力マシマシ』や『ハーレム展開』は、あくまで付帯条件であり、確約できるものではございません。ご理解いただけますね?」


「えー、そこを何とか! 俺、生前はしがないフリーターで、何の取り柄もなかったんスよ! 死んだくらいだから、神様もちょっとくらいサービスしてくれてもいいじゃないスか!」


 典型的な、そして最も扱いに困るタイプだ。黒崎は内心でため息をついた。生前の鬱憤を異世界で晴らしたいという願望は理解できる。だが、異世界は彼らのストレス発散の場ではない。そこにもまた、生活があり、文化があり、そして時には、彼ら「転生者」に大きな期待を寄せる人々がいるのだ。


「山田様が生前どのような人生を送られたか、ということと、転生先での待遇は、必ずしも比例するものではございません。我々はあくまで、皆様の魂の適性と、受け入れ先の異世界のニーズをマッチングさせることが業務ですので」


 黒崎は、タブレットに表示された山田太郎の「魂魄プロファイル」に目を落とした。エネルギー量:平均以下。特殊技能:なし。特筆すべきは、生前のネトゲ廃人歴と、それに伴う若干のコミュニケーション不全。そして、プロファイルの片隅に、黒崎だけが微かに感じ取れる、小さな光の揺らめきがあった。それは「誰かに認められたい」「誰かの役に立っていると実感したい」という、本人が意識しているかどうかすら怪しい、切実な願いの残滓だった。


「……ふむ」黒崎は顎に手を当て、しばし黙考する。「山田様。もし、勇者以外の選択肢もご検討いただけるのでしたら、一つ、あなたに合ったかもしれない世界がございますが」


「え、勇者じゃないんスか? 魔王とか? それも悪くないけど、倒されるのはちょっとなー」


「いえ、魔王ではございません。Dランク世界『エルミナ村』。比較的平和な農村世界です。最近、村の近くに小規模なゴブリンの巣ができ、村人が困っているとのこと。戦闘能力はさほど要求されませんが、村の防衛と、できれば子供たちへの武術指導などもお願いしたい、と」


 山田の顔が、あからさまに不満で歪んだ。「Dランク? ゴブリン退治? 子供の世話? 何スかそれ、地味すぎでしょ! 俺はドラゴンとか魔王とかと戦いたいんスよ!」


「エルミナ村の勇者枠は、現在空席です。初期装備として『そこそこ切れる剣』と『丈夫な革鎧』が支給されます。また、村人からの感謝は、Sランク世界の勇者が得る名声とは比べ物になりませんが、より直接的で、温かいものでしょう。あなたが生前、感じることの少なかった『誰かの役に立っているという確かな手応え』を、得られるかもしれません」


 黒崎は淡々と、しかし、どこか確信めいた口調で続ける。山田は唇を尖らせ、腕を組んで黙り込んだ。チートもハーレムもない。しかし、「村の英雄」という響きと、「誰かの役に立つ」という言葉が、彼の心のどこかに引っかかったのかもしれない。


「……本当に、俺でも役に立てるんスかね?」


 ぽつりと漏れた言葉に、黒崎は小さく頷いた。「あなたの魂が、そう望んでいるように見えますので」


 その言葉は、黒崎の特殊能力――死者の魂が持つ「最も強い未練」や「潜在的な願望」を微かに感じ取る力――から来たものだったが、山田には知る由もない。


「……分かったっスよ。そのエルミナ村ってとこ、行ってみます。でも、もしつまんなかったら、クレーム入れますからね!」


 捨て台詞のように言いながらも、山田の魂の輪郭が少しだけ明るくなったのを、黒崎は見逃さなかった。


「承知いたしました。では、手続きを進めます。ゲートの準備ができましたら、お呼び出しいたしますので、そちらの待合室でお待ちください」


 山田の魂がふわりと浮き上がり、面談室の隣にある、まるで空港のラウンジのような待合室へと吸い込まれていくのを見送り、黒崎は再び深い溜息をついた。


「適材適所、と言いたいところだがね……」


 その時、内線が鳴った。ディスプレイには「閻魔局長」の文字。黒崎は軽く眉をひそめ、受話器を取った。


「はい、黒崎です」


『おお、黒崎君か。ちょっといいかね? 実は、君に頼みたい案件があってな。少々、厄介な代物なんだが……』


 電話の向こうから聞こえてくる、見た目に反して妙に軽い閻魔大王の声に、黒崎は本日何度目かの、そしておそらく最も深いであろう溜息を、心の奥底で静かに吐き出した。新たな死者、新たな異世界、そして、おそらくは新たな問題。彼の「異世界就活」斡旋の日々は、今日もまた、終わりの見えないルーティンワークとして続いていくのだった。

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