だらしない日々
気分が乗ったら更新します。なにもかんがえてない。
『素粒子』『ある島の可能性』などの作品で、ゼロ年代以降フランスの文壇を賑わせ続けているミシェル・ウエルベックという小説家がいる。いろいろとエキセントリックな発言はあるけれど、その実存の核には、おおむねペシミズムと非モテであることへのコンプレックスがあると見て差し支えないだろう。
彼には父親も、母親もいなかった。
そんなことを思いながら、僕は風呂に浸かっている。右手にはiPhoneが握られていて、TwitterのDM欄が開かれている。僕は茫然自失とした状態だった。
「ねえ、今度スマブラやろうよ」
「でも、竹田くんとかだったら女の子すぐ作れんじゃない?ほら、結構スペック高いしさ」
「私、竹田くん的な面白さの人、出会うの初めてなんだよね」
ふと考える。僕に向けられたこれらの言葉は嘘だったのだろうか?天井に目を遣ると、水滴が一玉一玉こぼれるように落ちていくのが見える。
ーー彼女と出会ったのは四ヶ月前で、LINEを交換したのは数週間後で、何度か通話して距離を深めたのが数日後で、一歩踏み込んで告白を匂わせたら間男が入ったのが今日で、
嗚呼、世界とは斯ようにして残酷なのだーー。
「ちょっと、あんまり長く浸かるのは勘弁してよ。烏の行水が治ったのはいいことだけどさあ。次に使う人のことも考えてよね」
「だあっ、わかってるよ!」
妹の苦情が聞こえる。相変わらず黄色くてやかましい声だ。
「まあ、大学院生サマにとっては毎日が夏休みなのかもしれないけど。高校生はいつでもそうじゃないの、ちょっとは想像しなよ。他人の心情を思いやる能力が足りないの、いろんな人に言われてるんじゃないの?」
「うるせえな、ガキにああだこうだ言われる筋合いはねえんだよ」
「そのガキに偏差値で負けてるあんたは何なの?内申が最悪だから、ママとパパに泣きついて片道約2時間の私立に行ってさあ。兄が無駄に家計を荒らすせいで、公立に行かされるハメになった妹の身にもなってよ。それで大学も私立文系?どんだけ家族に迷惑かければ気が済むのって」
「資産があるから使っただけだろ。別にお前だって私文に行こうと思えば行けるんだぞ」
「私はどっかの誰かさんみたいに、他人に迷惑かけるのを生き甲斐にしてないから」
「若いうちから社会の奴隷になってんなあ」
とは言ったものの、実際妹はしっかり者だ。あんまり良くない表現を用いれば、定型発達的な人生を送っている。俺が高3の夏休みまで勉強をサボって、結果なんとも言えない学歴に落ち着いたのに対して、同じく高3の妹はなんとH橋大C判定らしい。妹が努力家であることも鑑みると、たぶん大学には受かるだろうし、落ちたとて滑り止めでさえ俺よりは上のところのはずだ。そのうえ、友人関係も男女恋愛も真っ当にやれていて、当時の俺とは大違い。情けない兄貴の背中を見て、反面教師にしたのかと疑うぐらいだ。
「だいたい、ウチは不労所得があるんだから迷惑がどうこうとか考える必要はねーんだよ。お前みたいな、生き急いで何の疑念も持たずに体制に従ってる人間こそ、世界を悪くしてんだよ」
捨て台詞を吐いて、俺は風呂から上がる。妹に浴槽を明け渡すと、バツが悪いので、とっとと俺は自室へと撤退する。なんもかんがえたくない。
ベットに寝転がると、俺は先ほど風呂場で行っていたネトストの続きを再開する。その対象は今をときめく絵師ーー歳納ネキ。フォロワーが3万人ぐらいいて、最近話題のインディーゲーム『Rock 'n' roll Love Over』の原案者、「よぐそと」とのオフパコが囁かれている。よぐそとはヤリチンで有名で、サブカルで成功するならまあこれぐらいは、と思わせる程度にはキャラが立つ生き方を貫いている。それぐらいのタマじゃなければ彼女には釣り合わないということなのだろうか?
「竹田くん頭いいしなあ」
「えー今度会おうよー笑」
この数ヶ月間、彼女から送られてきたメッセージの数々を改めて見直すと、いったい自分が何だったのかという問いに襲われる。こんな馬鹿でも思いつくお世辞に心を躍らせて、一分一秒も忘れずに彼女のことで頭を埋め尽くして、どうやって彼女を落とすかを考えていた日々が馬鹿みたいだ。いや、実際に馬鹿だと言われたら返す言葉もございませんが。考えるたびに腹が立ってくる。結局どこへ行っても強い奴が勝って、弱い奴が負けて、勝者が総取りして、そんなループの繰り返しじゃねえか。強い奴の方が真面目とかそんなん知るか。じゃあ西成や山谷で土方に励んでいるあのおっさん達の年収がア○センチュアでコンサルやってるアイツより低いのは前者の方が不真面目だからなのか?実際にそうだという言い草は反論にならない。介護職も運送業も、社会には不可欠だが、高級取りじゃない。社会に適していれば偉いみたいな考え方をいい加減やめろ。俺の出る幕がなくなる。
彼女は一週間ほど前にアカウントを消した。原因の一端には、俺との関係がこじれたことが確実にある。彼女の鍵垢はすでに特定済みで、それに宛てられたリプライから彼女の近況を想像するのが趣味と化しつつある。なんとも気色悪いものだが、これぐらいでしか脳内物質が出ないのだからしょうがない。
ーーさて、これから開演するのは、こんな情けない男の物語。
どうか皆さま、ご賞味あれ。