電車に乗ったら、次の駅が『過去』だった(友くん編)
目が覚めたら、終電の中だった。
窓の外は真っ暗で、景色はなにも見えない。
スマホの電源は切れていた。いや、バッテリーが「最初から存在しなかった」みたいに真っ黒だ。
車内には誰もいない。アナウンスも鳴らない。
けれど、電車は滑らかに走っていた。まるで夢の中みたいに。
次の駅が近づく。ドアの上の案内板が、チカチカと点滅する。
《つぎは……かこ……です》
かこ? 過去? なんだそれ。
悪い夢か、SFのドッキリか。
――キィィ……。
電車が止まり、ドアが開いた。
降りるつもりはなかった。でも、なぜか体が勝手に動いた。
ホームには霧がかかっている。見慣れた看板。けれど、どこかが違う。
改札を抜けた先で、見覚えのある風景があった。
そこは、十年前の町だった。
商店街の赤ちょうちん、レコード店、俺が昔バイトしてた古い本屋まである。
看板も、貼り紙も、何もかもが「昔」のままだった。
俺は走った。無意識に、ひとつの家を目指して。
玄関前で立ち止まると、ドアが開いた。
中から出てきたのは――もう会えないはずの人だった。
「おかえり」
その声で、俺は泣いた。
「……ごめん、もっと早くに」
「いいんだよ。間に合ったから」
その人は微笑み、俺の頭を撫でた。
手のひらの温かさが、本当に、懐かしかった。
やがて、背後で電車のベルが鳴る。
振り返ると、あの終電が、静かに俺を待っていた。
「……もう一度、さよならが言えた。それだけで、充分だよな」
俺はホームへと歩き出す。過去に置いてきた言葉を、ようやく今、伝えられた気がした。
電車に乗り込むと、アナウンスが流れた。
《つぎは……いま……です》
電車は、ゆっくりと動き出した。