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2.姫×女騎士、最高に尊い(造花)

「ほう。姫殿下は市井の新技術に興味がおありで?」


 不意に掛けられた低い声に振り返ります。そこに立っていたのは、撫でつけた黒髪に白髪交じりの初老の男性。ピンと伸ばした背筋で腰を折り、恭しく頭を垂れています。


「ゲオキル商工会長、ジェムス・ゲオキル殿ですね」

「おや、姫殿下の覚えめでたく、まこと光栄の極み」


 ジェムスは顔を上げ、細める目は穏やかなもの。しかし、商人特有というものでしょうか。何物も品定めに掛かる光が、瞳の奥底で揺らめいています。


 油断なりませんね、と秘かに気を引き締めたのを察してか、カリンが静かに寄り添ってくれます。心強いことです。しかし空気を読んで去っていく貴族諸兄は何故こちらに手を合わせ拝んでいくのでしょうか。「尊い……、尊み……」とは一体。身分的には確かに尊いこの身ではありますがきっと違う意味だろうなとはさすがに察せられますとも。


 こほん、と一息。気を取り直して、ジェムスに向き合います。


「当然、存じておりますとも。一代にて大商会を築き、老年に差し掛かってなお、新分野への投資から莫大な利益を挙げていらっしゃる。新進気鋭の革命家(・・・)、と」

「これは、お恥ずかしい限りで」


 苦笑して頭を軽く叩くジェムスの仕草は、親しみやすさに溢れて、まさしく堂に入ったもの。自分が他人からどう見えるか、完璧に理解している所作。きっと、何かと敵の多い道ばかりを歩まれてきたのでしょう。


 ええ、それならば『私』も得意分野ですとも。


 表情は柔らかく、軽く首を傾げ、右手を胸元に軽く添えます。


「此度の技術開発も、あなたが?」

「ええ。恐れながら、国の在り様を根底から覆しかねないものと、自負しております」


 おっと、ぶちかまして来ましたね。


 よりにもよってこの生誕祭の最中に、主賓たる姫を相手に。並の覚悟でぶつけられる言葉ではありません。隣のカリンからも、静かな殺気が感じられます。恐れ知らずとはこのことかと思いもしますが、しかしジェムスの目を見れば、瞳の奥に、確かな不安が垣間見えました。


 それよりも遥かに大きな、野望めいた意志も。


「――なるほど」


 私は軽く顎を引いて俯き、口元に軽く握った右手を当てます。これは、狙ってきているのでしょう。今日この場、私を相手に、話さなければならなかった。先程の貴族諸兄との会話、このタイミングですら計算の内とすれば、とんだ怪物です。


「私にあなたの技術を買えと、そういうことですね?」


 ジェムスは、ただ頭を下げました。


「姫殿下のお誕生日に、これ以上なく相応しい贈り物かと、存じます」


 国の在り様を覆しかねない、新機軸の技術革新。他の貴族が取り合わずとも、私ならば。


 ――いえ、他ならぬ『アリシア・メル・ハーノイマン』だからこそ、決して捨て置くことはないと。そんな確信を持って、挑んできた。


 あらゆる意味で、無視はできませんね。そう考えていると、カリンがこちらを慮るような視線を向けていました。大丈夫ですよ、と思いを込めて、小さく笑みを返します。


「お話は分かりました。正直に申しまして、とても興味があります。あなたの置かれた立場も、いくばくかは察せられるつもりです」

「では……」


 しかし、と私はジェムスの言葉を遮りました。


「少々、時間を頂きます。一朝一夕には行かぬ話であること、ご承知ですね?」

「もちろん――」


 存じておりますとも、でしたでしょうか。


 続けられるはずの言葉は、されど紡がれず、別の音に搔き消されました。


「――姫殿下、失礼いたします」


 大ホールの大扉が、一息に開け放たれる音。


 響く澄んだ声が、『風』を巻き起こしました。


 会場を烈風が駆け巡ります。スーツの上着を、ドレスのスカートをはためかせ、所々から驚きと戸惑いの叫びが上がります。咄嗟にカリンが抱き締め庇ってくれなければ、私も整えた髪が乱れていたでしょう。そうしている間にも風は吹き荒れ、壁に窓に扉に叩きつけられ建物を震わせ、しかし会場内に用意された飲食装飾品は欠片とて揺らさない繊細さの極致にて、今しがたの来訪を彩ります。


 嵐の中心に毅然と立つのは、緑の髪先を首元に揺らす、銀縁眼鏡が特徴的な青年。今年で確か二十一になる彼は、カリンよりもやや背の低い細身に、緑の装飾を散りばめたスーツを着込んでいます。声は静かな、されど良く通る響きで、


四皇(よんこう)木家(もくけ)が長子、セイル・フォレスブルム。

 遅ればせながら、参上いたしました」


 名乗る彼、セイルは、王家に仕える四皇貴族が一つ、木家の今代後継者。


 ハーノイマン王国最強の一角を担う『()魔法』の使い手です。





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