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第四回

 施設の前は、俄かに騒がしくなった。

 大型トレーラーより降ろされた諸々の荷物を、灰色の作業服を着た『施設』の職員達が内部へと運んで行く。

 大成もまた、台車を押して幾つかの物資を施設内へと運搬していた。

 その最中、彼は外から訪れた来客の様子をちらと垣間見る。

 開け放たれた荷台(トレーラー)から、時折説明を遣しつつ物資を降ろしているのは白い作業服を着た男達であった。彼らは都市部に急造された食品生産加工拠点で働く者達であり、時々こうして食料を始めとする生活物資をこの『施設』へと届けてくれる。

 可能な限り汚染を避けて作物を生産する為に、市街地で破壊を免れた諸々のビル群は水耕栽培のプラントに改築され、食糧の計画的増産こそが社会活動の最優先課題とされた。郊外の農耕地の大半が使用不可能となっている現状、彼らこそが国民の命綱を握っているも同然であった。

 彼らは、俗に『園丁(えんてい)』と呼ばれている。

 そして、物資の運搬に従事する者達の周りを、武器を手にした軍人達が警護に当たっている。灰色の都市迷彩服を着た見るからに屈強そうな男達が、手に手にライフルを抱えて、周囲へと鋭い眼差しを散らしていた。

 万一の有事に備えて国防に当たる軍人達。

 彼らは同時に、無人に近い国土で限られた治安を護る唯一の存在でもあった。

 彼らは、俗に『防人(さきもり)』と呼ばれていた。

 大成は顔を前へと戻し、前方に鎮座する白い建物へと台車を押して行く。

 自分が身を置く巨大施設にして、多くの人々が今も地下で眠り続ける一大拠点である。

 日本国内に計八か所建設された人工冬眠施設。

 『戦後』の世界に()いて、単に『施設』と呼んだ場合はこの施設を指す。

 主に大都市に建設され、当該地域の住民を全て収容出来るだけのキャパシティを持つ。元は大戦時に建造された防空壕であり、戦後の食糧危機に際して人工冬眠施設へと改造された経緯を持っていた。

 分けても首都近郊に建設されたこの『第五処理施設』は国内最大の規模を誇り、収容可能人数も最も多い。暫定政府の要人から服役中の犯罪者に至るまで、膨大な数の様々な人々が今も人工冬眠に就いている。地下十三階からなる巨大な施設で、かつては地下鉄が往来していた時期もあったと言う。

 その維持と管理に当たるのが、大成ら灰色の作業服を着た者達であった。

 大成は、荷物の積まれた台車を黙って押した。

 『戦後』の新たな体制が出来上がった世界では、人口の九割以上が地下施設での休眠を余儀なくされている。活動期間が限られている為に全体の復興も容易には進まず、人音(ひとおと)の絶えた無人の、破壊の跡も生々しい街並みが未だあちこちに広がっている。

 そんな停滞した世界で人知れず活動を続けているのは、有事に備えて防衛に当たる『防人』と、食糧確保に当たる『園丁』、そして眠り続ける人々の監視と機器の保全に当たる役人、通称『墓守』らであった。

 大前田の言葉通り、余人を交えず活動出来るという点では特権を有しているとも言えたが、この時の大成には(わず)かな優越感に(ふけ)る余裕も無かったのであった。

 大型トレーラーからは次々と物資が下ろされ、それを灰色の作業服を着た『墓守』達が忙しなく運んで行く。その中にあって、大成も無駄口を叩く(いとま)も設けられずにいたのである。

 これじゃ貴族なんだか奴隷なんだか判んねえよ、と大成は胸中で悪態をついた。

 (もっと)も青年の嘆きを他所に物資の搬入は滞り無く行われ、およそ四十分後にはトレーラーに積載されていた荷物は『施設』内へと余さず運び込まれた。誰も彼もが手慣れた様子で一連の作業を終わらせると、周囲を警戒していた軍人達も(ようや)くにして警戒を解いたのであった。

 その後、『施設』を背に一列に並んだ『墓守』達の中から年配の女性が一人歩み出る。

「では、当面の食糧及び生活必需品、確かに受け取らせて頂きました。警備の方々共々、どうも有難う御座いました」

 灰色の作業服を着た年配の女が堂々とした口調で礼を述べると、片手にライフルを携えたまま、灰色の都市迷彩服を着た壮年の男が敬礼を返した。

「指定の物資は確かに配送致しました。多くの国民の命を預かるそちらの職務が、問題無く全うされます事を」

 生真面目な挨拶を残した後、『防人』達と『園丁』達は速やかに撤収して行く。間も無く、『施設』の前から重々しい駆動音を残して、輸送隊の一団は坂を下って去って行った。

 次第に遠ざかる車列の音に、大成は気だるげな眼差しを送った。

 その隣で、大前田が汗ばんだ顔で息を吐く。

「次来る時ゃ、向こうの職員も十人ぐらい連れて来てくんねえかなぁ……」

 壮年の男が漏らしたぼやきを、周囲から届く蝉の声が打ち消した。

 夏の日差しが、木々の梢の影を路面に濃く刻み付けていた。


 エレベーターで地下深くへと下り、大成達はまた元の部屋へと戻って来た。

 扉の横に掲げられた『第七管制室』のプレートが、何処か白々しく一行を迎え入れた。

 宛がわれた席に着くなり、椅子の背凭(せもた)れにだらしなく寄り掛かって、大成は湿った息をついた。

 そんな彼の後ろを通って、大前田もまた自分の席へと乱暴に体を投げ出した。

「……ああー、マジで疲れたな、畜生……」

 照明の煌々と灯る天井を仰いで、大前田が嘆息を漏らした。

 肉体労働を経た故か、室内に漂う空気は朝方よりも緩んでおり、大成らの前方でも似たような吐息や愚痴が湧いて出ていた。

 そうした中で大前田は椅子に寄り掛かったまま頭の後ろで両手を組み、何やら恨めしげな眼差しを頭上へと据える。

「……ったくよぉ、軍隊の奴らも警護に付き合うんだったら、少しは積み荷降ろすのも手伝ってくれりゃいいもんを。これ見よがしに銃なんかぶら下げて突っ立ってなくたって、今時雄叫び上げて襲い掛かって来る奴らなんかいやしねえってのに……」

「主観の相違って奴じゃないすか?」

 大成は机の上に行儀悪く頬杖をついて、傍らの中年男が(こぼ)した不満に指摘を遣した。

「あの人らの頭ん中じゃ、今でも戦争は続いてんじゃないんすかね? 実際に銃弾やミサイルが飛び交ってないってだけで、お隣の国が今でも付け入る隙を(うかが)ってんじゃないかと不安がってんじゃないんすか?」

 億劫そうに言い捨てながら、大成は机上のディスプレイを点けた。画面上に、担当する人工冬眠処理室より逐次転送される各種データが表示される。各数値にこれと言って異常が無い事をざっと確認した後、大成は瞳だけを隣へと移した。

「実際、うちらも今は『休眠期』に入ってんですから、外から何か飛んで来たら一溜りも無い訳で」

「そん時ゃアメちゃんが押っ取り刀で駆け付けてくれるだろうさ」

 やはり眼差しを頭上に据えたまま、大前田は意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「誰もが誰もの隙を(うかが)ってんだ。起きてる奴らはいがみ合って、寝てる奴らは(おのの)き合って、そのお陰で変なバランスが出来上がってんだからよ……」

 今度の相手の弁には、大成もすぐには何も言葉を差し挟まなかった。

 実際の所、現在の世界の安全保障には、危ういながらも一定の保証が成り立っていたのであった。

 国(ごと)に人工冬眠を施す期間には恣意(しい)的に差が設けられ、国連の主導で大まかなスケジュールが決められていた。休眠施行中はその国の行政機能が著しく低下する為、隣国からの不当な干渉及び侵略を防ぐ目的で主に大陸毎に異なる休眠期間が定められたのである。

 日本と中国、ロシアを含めたユーラシア東部、中央アジアからエジプトまでを含めた同西部、EU圏とイギリス、アフリカ、アメリカ、オーストラリアが交互に猜疑(さいぎ)と警戒の目を光らせつつ不本意な眠りに就いて行ったのだった。

 徹底した破壊を(もたら)した大戦の後では国際間の緊張も未だ弛んではいなかったが、互いに絶え間無く警戒の目を光らせながら、各国はそれぞれに渋々と休眠と覚醒を繰り返していたのであった。

「それに、何処の国にしたって、今更戦争始める元気なんか残ってるもんかい。皆が皆、自分の事だけで手一杯だろうに、軍隊が軍隊の仕事をする場面なんかそうそう出て来てたまるかっつーの」

 大前田がそう(うそぶ)いた横で、大成は頬杖を付いたまま鼻息をついた。

「言うて、残ってる軍人さん達をあちこちの作業に回した所で、全体から見りゃ大した足しにもなんないでしょ、実際。そりゃ、俺らの仕事はなんぼか楽んなるかも知れませんけど、それでも凄い限定的な話でしょうね」

 畢竟(ひっきょう)するに、働き手の数の少なさと、各種労働に割り振れる期間の短さが何処の地域でも泣き所となっているのである。

 三度目の大戦は世界中に甚大な被害を及ぼした。

 経済大国を自称する東洋の島国もまた例外とはならず、それまでの無軌道な消費生活を変更せざるを得なくなった。

 総面積の約七割が山林に覆われ、(わず)かな平野と山間部に生活拠点を密集させた列島は急所を明確に(さら)しているも同然であり、市街地という市街地は苛烈な攻撃に見舞われた。国土の三割を死守すれば良いと取るか、その三割さえ壊滅させれば良いと取るかは攻守によって見解の割れる所であったろうが、諸々の住宅地、工業地帯、そして農村のいずれもが重度の破壊と汚染を被ったのである。

 世界規模で同様の暴虐が行なわれていたのは事実であったが、元々が食糧自給率の低い島国では山間(やまあい)に広がる(わず)かな耕作地の破壊は正に致命的なものとなり、他国からの輸入や援助も見込めない中、事態の深刻さは旧先進国中でも群を抜いていた。

 土壌の全面的な除染。

 総数も定かでない地雷や不発弾の撤去。

 そして新たな耕作。

 山積する諸々の処理に取り掛かろうにも、現実に広がる被害を前にして対処すべき人員の数は圧倒的に不足しており、何よりそれらの作業を、膨大な時間投資を要求される地道な重労働を支えるだけの食糧が全く足りていなかったのである。

 食糧を作る為の食糧が無い。

 この全く笑えない状況に際し、暫定政府は復興への道筋が比類無く困難である事を否応無しに自覚する。この頃、同様の問題を抱える諸国に対し、活動を再開した国連の諮問(しもん)委員会は一つの提案を掲げたのであった。

 食糧生産に携わる人員以外を人工冬眠させ、諸々の活動とそれに伴う諸々の消費を抑制する事で餓死者を減らす。

 発表当初、この提案は世界各国で大きな波紋を生んだ。人工冬眠の技術自体は(すで)に確立されてはいたが、現在の医療技術では根治の見込めぬ傷病者に一先(ひとま)ず延命処置を施す程度の限定的な用途でしか使用されて来なかった。

 しかし、『戦後』に露呈した危機的状況から、各国は残された国力の全てを振り絞って国民を永い眠りに就かせる施設の開発に奔走したのであった。特に日本の場合、一刻の遅れが飢餓の拡大に繋がるという危機感も手伝って施設の建設は急ピッチで進み、食糧の備蓄が底を尽く寸前で完成に漕ぎ着けたのであった。

 その成果を前にして、しかし、大成は()して喜ぶ気にもなれなかった。

 飢餓の蔓延という最悪の事態こそ回避出来たものの、状況は依然として五里霧中であるに違いは無いのである。

 問題を解決したのではなく、飽くまでも先延ばしにしたに過ぎない。

 しかも、その事実を誰もが自覚している。

 先の見通せぬ復興の道筋は、未だ何処までも長く(くら)かった。


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