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 ややあって「仕事に戻ります」と、ルシエラは告げた。その佇まいは、本当に何事もなかったようだった。


 頭部から背の中ほどをすっぽり覆う巫女の聖布を見送り、キキョウは院長室を再訪する。

 摘みたてのハーブの束は組紐で結わえてもらい、母への礼状もつつがなく受け取った。


 そうして巫女見習いがティーカップを片付けに退室した矢先、すばやく本来の案件を切り出した。

 ――すなわち、先ほど聞き出した行商人の仔細について。


 院長は、やはり、と眉をひそめた。

 キキョウは怪訝顔になる。


「『やはり』? では、巫女院長からご覧になっても怪しい奴らだったのですね」

「ええ。ですが、最近お預かりした令嬢が彼らをひどく気に入ってしまって。行儀見習いのために来られた、()()()巫女なのです。彼女が飽きるか、還俗するまでの辛抱と思っておりましたわ」

「辛抱」

「そう。ここは聖エレナにあやかって主神様に祈りを捧げる場所ですからね。美々しい品はたしかに良いものですが、彼らは商売の矛先を間違えていると感じました」

「う〜ん、なるほど。仰るとおりです」


 流石は(ミズホ)と旧知の老女傑。

 そんじょそこらの男では太刀打ちできない剛の者ぶりに、キキョウはほろりと笑み、懐から紙片を取り出した。出掛けにミズホから預かったものだ。


 院長はそれを両手に受け、不思議そうに首を傾げる。


「これは……“ソレイユ商会”?」

「王都の端に店を構える、神殿出身の元孤児たちが立ち上げた商会です。そこで、簡単な雑貨を扱っています。貴族令嬢の刺繍ハンカチや、あちこちの巫女が手掛けた機織り布など。買取額は微々ではありますが、売り上げの大半を孤児院に寄付する店です。評判なんですよ」

「はあ」

「もし、宜しければ連絡をしてみてください。おそらく、ここのハーブや茶葉は良い品として受け入れられるでしょう。他の神殿と相互に品々のやり取りをすることになった――と言えば、()()()()()()()()()()()()()()()?」

「!! 名案ですわ! まぁまぁ、すてき……!」


 ぱあっ、と少女のように頬を染める老巫女長に、キキョウもにっこりと笑う。

 とりあえずの対策はできたかと胸を撫で下ろし、院長室を辞した。




 帰り際、外まで付き添ってくれた巫女長は、ふと思案げに呟いた。


「失礼。これは、独り言なのですが――我々は、流れ着いたものの素姓を訊くことはありません。ルシエラもそう。ここに来たときの抜け殻のような有様(ありさま)を思えば、いまは天と地ほども違いますが。それでも」

「…………巫女院長?」


 ゆっくりと、言い聞かせるように。

 つとめて冷静であろとする声は、かえって聞き逃がせなかった。馬に乗ろうと、手綱をとった姿勢のままで振り返る。


「院長殿……」


 そこには、長い年月をかけてさまざまな巫女を迎え、守り、または見送ってきた女性がいた。年齢を経てもなお揺るぎない。緑豊かな大樹のように。

 そんな女性が、若干の口惜しさを滲ませて視線を落としていた。


「歯がゆいものですね。そんな輩に無礼な真似を働かれたなんて。わたしや、ほかの巫女に相談してくれても良いのに。あのう、キキョウ様?」

「はい」


 若い頃は、さぞうつくしかったのだろう。

 理知的な薄紫の瞳がまっすぐにキキョウへと向けられる。


「お呼び止めして申し訳ありません。世俗のことはお任せいたします。ミズホ様にも改めてお礼を。また、いつでもいらしてくださいね」

「……もちろんです。主神の恵みが貴女がたにありますように」

「聖エレナの御名において、あなたがたにも」


 別れの定型句と礼を交わし、地を蹴ったキキョウは、すとん、と馬上のひととなった。「――――では」



 手を振る巫女院長にほほえみ、会釈する。

 傾き始めた西日を受けつつ、ゆるやかに馬首を巡らせた。




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