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「ようこそ、キキョウ様。かような佳き日にお勤めとは。ご苦労様です」
「お邪魔します、巫女院長。お労いありがたく」
「まぁ」
早駆けで小一時間。
颯爽と下馬したキキョウを迎えるため、責任者である老女みずからが巫女のなかから進み出た。
――とはいえ、先触れなどはしなかったため、どうやら巫女たちは総出で野良仕事をしていたらしい。
厳しいが人格者と評判のとおり、白髪を品よくまとめた老院長も、泥のついた前掛けに質素な巫女服という佇まいだ。
彼女の後ろには、みずみずしい薬草園とハーブ園が広がる。
そして、似た出で立ちの若い巫女たちが、それこそ群れる花のようにさざめいていた。
――きゃあ! エヴァンス伯のご子息よ。
――うそっ。今日って王太子殿下の華燭の典じゃない。大丈夫なの……?
――やだ、あたし、髪とか乱れてないっ??
………………などなど。
はっきり言って、人より耳が良いキキョウにはすべて筒抜けだったりするのだが、そこは秘するが花。にこりと微笑み、騎士の礼をとった。すると、今度ははっきりと叫び声(※複数)が聞こえる。
「懇意にさせていただいております、母より巫女様がたへ、喜捨の品々を預かりました。宜しければ、こちらの目録と合わせてご確認いただきたいのですが」
「ああ、それは……。ありがとうございます。主神と聖エレナの加護があなたがたにありますように。急ぎ、夫人にもお礼をしたためますね。さ、お入りください」
「かたじけない。お手間を頂戴します」
「何を仰いますか。――ルシエラ? だれか、ルシエラを呼んで」
「はい。院長様」
ひとり、真面目そのもののがっしりした体つきの中年の巫女が後ろ側で挙手し、裏手へと駆けてゆく。
見送った院長は土の付いた手袋を外し、くるりと背を向けて歩き出した。案内のため、片手で行き先を差し示す。
「まずはお茶を。さぞお疲れでございましょう。帳簿はいつもどおり、ルシエラに頼むことにいたします。お掛けになって、少々お待ちくださいませ」
* * *
巫女院は全体的に古めかしい印象だが、建物の中は綺麗に掃き清められ、磨き上げられている。院長室だけは賓客を迎えることもあるため、華美さを抑えた一定の調度品が揃えられていた。
別の巫女見習いにより浅い色のハーブ茶が運ばれ、独特の香気にほっこりと目元を寛がせる。
そのうち、コンコン、と落ち着いたノックの音。
執務室で丸眼鏡をかけた老院長は、「入りなさい」と顔を上げた。すると、ふわりと淑女の居住まいを感じさせる、ほっそりとした女性が現れる。
「ルシエラ、すまないわね」
「いいえ。お待たせいたしました、院長様。……お久しぶりでございます、キキョウ様」
「こんにちは。お元気でしたか?」
「ええ」
――おっとりと笑み、若干日焼けしても美麗さの損なわれぬ面でルシエラが答える。
ルシエラは、失礼、と断った上でキキョウの前を横切り、まっすぐに院長の隣に腰掛けた。そのままてきぱきと帳簿を手にし、目録を写し取ってゆく。同時に卓上の喜捨の品も、点数から細目まで丁寧に記載しているようだった。相変わらず、早い。
ルシエラは、グレアルド商会の跡取り令嬢だった。
商売についてもやり手の父親から叩き込まれており、これくらいは仕事のうちに入らぬのだろう。それほどに優秀。かつ、うつくしく気品に溢れている。
(本当に。どうして、道を誤ってしまったのか……)
過ぐる日。
彼女が人づてにワインに仕込もうとした薬物を、自分は素性を伏せて調理場に潜り込み、事前に押収した。
その証拠を持って彼女は断罪されたのだ。
(追記)
三年前の事件、というのは本編の出来事です。
差し支えなければこの部分だけどうぞ。
『夏霞の姫は、絶対求婚にうなづかない』
・春の章〜王都へ〜 64 刻一刻
https://ncode.syosetu.com/n0987he/64/
・春の章〜王都へ〜 65 断罪と温情
https://ncode.syosetu.com/n0987he/65/