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武人式修練法(後)

「……詳しくは言えないけど、それは……それだけはダメ。条件を明示された以上、その条件を公平にしてくれない限り、私は受け入れられない。()()()()()()()()()()の」


 ……相変わらず、魔王は的確にこちらの弱点をついてくる。至極自然な話の流れで、あくまでも「自分側が譲歩をしている」という明らかな姿勢を完全に固持したまま、実際にはこちらが受け入れるのが困難な提案をしてきた。もちろん、聖剣の加護の存在自体を知らない魔王はいないだろう。だが、もしも聖剣の加護の細かな制約まで詳細に把握されてしまえば、魔王に対抗する手段は事実上失われる。当世の魔王は、もしかしたら史上最も狡猾な脅威なのではないだろうか。

 聖剣の加護は、正しい行いを遂行するための力だ。「聖剣の加護が無い限り、魔王は倒せない」と、その恩恵を目の当たりにしたものなら、誰しもがそう断言するほどの凄まじい力を持つ、魔王に対抗する手段。正しい人たちの、切実な願いの結実である。道理すらも軽く捻じ曲げるような権能(ずる)は、その代償として非常に()()()()()()()。聖剣自身が不当だと判断したものは、聖剣に存在を許されない。たとえそれが魔王であろうと、聖剣自身に選ばれた勇者であろうと。



 私はリタ。聖剣に選ばれた勇者。魔王を倒すための訓練方法を魔王自身に聞く、という正気を疑われそうな要求を通しにいったら、「そんなものは私も知らん」という旨の返答をもらった。改めて言われてみると、魔王なんて呼ばれる存在が、みんなの中に混じって和気藹々と訓練に勤しむ姿は想像できない。もちろん、ひとくくりに魔王といっても、その経歴は一様ではないだろうし、実際にはそういう魔王がいた可能性も有り得ると思う。その上で、当人の細かな経歴に関係なく、受け継いだ性質そのものが当人を指す概念(アイデンティティ)になる、という点は聖剣の勇者と同じだ。……いや、だからどうってことはないけど。シンパシーを感じるとかありえない。

 それはさておき、代わりに効果的な条件での模擬戦を提案された。魔王にしては気が利いている。ただ、何もなければ「役立たずね」とでも揶揄できたところなので、微妙に悔しい。ぐぬぬ。


 模擬戦の条件については、私自身のこれまでの経験上、かなり有効な手段だと思う。何なら、魔王自身の経験してきたことよりも遥かに効率的だろう。実戦では、都合よく相手を選ぶことが出来ない。戦う相手の強さがちょうどいいことなんて、まずない。事前の調査が完璧なら、あるいは効率よく相手を選べるかもしれない。だけど、魔王はそんな回り道はしなかったはずだ。そんなことを考える暇があるくらいなら、今そこにいる相手と戦って、負ければ死ぬ。今まで聞いた魔王の在り方は、まさにそういうものだ。およそ正気とは思えない、刹那的な在り方を心底良しとする、異常な「強さ」への執着が、魔王のいう武人の本質なのだと思う。

 私の場合も、動機こそ違えど「都合よく相手を選べなかった」という点では、何ら変わりはなかった。ただ、私には聖剣の加護があった。相手が少々格上だったとしても、相手が悪である限り、殆どの場合は無条件に勝てるだけの力が担保される。悪に立ち向かう勇気さえあるのなら、基本的に聖剣の勇者は負けない。例外は、聖剣の加護と同じような権能のバックアップを受けている魔王と、その権能を受け継ぐ眷属くらいだ。


 ……あれ? ということは、前提条件自体はそんなに変わらないのか。魔王の権能を使って、格上相手にも安定して勝てるなら、少々の無茶はきくだろう。それとも、魔王の権能にも聖剣の加護と似たような、厳しい制約があるのだろうか。どちらにせよ、あの魔王は今に至るまで、一度も権能を使っている素振りが見えなかった。あくまでも自分自身の実力で戦いたい戦闘狂だから、敢えて使わないとかだろうか。多分そんな気がする。


----


 修練場とやらに案内される道中、色々聞いてみることにした。


「ところで、私の実力に合わせて手加減をしてくれるって話だったけど、具体的にはどうするの? そもそも、そんな的確に相手の実力ってわかるものなの?」


 実のところ手加減どうこうは口先だけで、実際にはいたぶりたいだけ、って可能性もなくはない。死の苦痛は無くならないと言っていた。か弱い女の子を痛めつけて、悦に浸るような最低野郎も知っている。今までの魔王の言動を評価すると、多分しないとは思うけど、別に信用しているわけではない。あれだけ自分で明言しておきながら、そういう最低な真似をした場合、勝手に聖剣の餌食になるだけだ。


「そうだな。実力を定量的に予め規定するのは難しい。なので、戦いの中で、今の状態ならばこれくらいはこなすだろう、というのを私自身の独断で判断しながら行う。そもそも目的はお前を強くすることなので、その時点で無理なことを要求するつもりはないので、そのあたりは安心してほしい。そこまで繊細な手加減は、今まで実際にやったことはないが、戦闘の経験数には自信がある。どういう戦法を取る相手であろうと、実力を見誤ることは……そうだな……多分、ないと思う。大丈夫だ」


 最後の発言のせいで、不安だ。とはいえ、こちらにとって重要なのは、相手に条件を語らせて、聖剣に相手側が守るべき事項を定義させることだ。こいつは放っておいても、こちらの要求以上に語ってくれるので、非常に都合がいい。厳密に定義すればするほど、それに反していると判断される可能性も上がる。ただ、こいつは真面目なので、言ったことは全て厳守するつもりだろう。その上で「実力を見誤る可能性」という、不確定要素だけは断言しなかった。やはり、こちらの制約に気が付いているのかもしれない。決して侮ってはいけない。


「手加減の方針さえわかっていれば大丈夫よ。ありがとう」

「礼を言われるようなことではない気もするが、気にするな。興味はないかもしれんが、実のところ、それだけではこちら側の制限が足りないので、ここでいう実力…… つまり、練度以外の部分については、別の方法で制限するつもりだ」


 よくわからないが、適宜実力を見ながら手加減する、というだけではないらしい。重りを背負って戦うとかだろうか。こちらにとって有益に作用するかもしれないので、ちゃんと聞いておこう。


「折角だから教えて」

「妙に積極的だな……。私の話など、鐚一文も興味はないのかと思っていた。明確に拒絶されない限り、勝手に語るつもりだったが、具体的には戦いの最中、お前以上の出力を出せないように呪いをかける」


 絶句した。こいつは本当に何ら矛盾なく、自分自身が死ぬ可能性を十分に残した状態を厳守するつもりだ。総合的には負ける要素がないので、絶対死なない、などという甘えは最初から存在しない。真剣勝負が出来ないなどと、完全に無用の心配だった。こいつは最初から、心底実戦と同じ条件で……いや、こいつにとっては()()()()()()()()()()()()()()()()、敢えて私と対峙しようとしている。確かに「舐めている」のではない。これは、もっと異質で凄絶な何かだ。私には、全く理解できない。

 真っ白な頭で、かろうじてこれだけは返せた。


「……どうやって?」

「まぁ、そのための修練場だな。細かく説明するよりも実際に見てみるほうが早かろう。着いたぞ」


 修練場は、大幻晶王国(アルステラクリス)にもあった、闘技場のような空間だった。非常に戦いやすそうな空間であること以外は、特筆するような特徴はない。


「わざわざ移動してきた割には普通の場所ね。まぁ敢えて居住区画で戦うのもおかしいから、行動としてはいたって自然だけど」

「そうだな。だが、ここに移動してきたことにも当然意味がある。蘇生式(リバイブクラウス)のような高度な式は、この叢雲(むらくも)城の一部の区画でしか再現できない。故に、修練に特化したここでなくては、今回したかったことは出来ないのだ」


 ……本当に、こいつは無警戒に情報を喋るわね。内情まで詳細に教えてくれるのは都合がいいけど、全く隠さないで大丈夫なのかしら。


「ふぅん……まぁよくわかんないけど、何かすごいものなのね。やっぱり魔王の権能も、限定的にしか使えないんだ?」

「魔王の権能か。私にはそんな大したものはないが、叢雲城は式の技術(ロストテクノロジー)の深奥だ。これを行使できるものが私以外に現存していない以上、確かにこれこそが魔王の権能と言えるのかもしれない」

「……本当に何も知らないのね。あんた自身が魔王なのに、まるで他人事みたい」


 話を鵜呑みにするなら、この魔王は魔王の権能に頼っていないようだ。もしかしたら、そもそも使えないのかもしれない。夢で見たとおりなら、こいつは魔王の地位を簒奪していたから、その関係で魔王の権能に関する知識は失われた、ということかもしれない。そんな中、唯一受け継がれたのがこの叢雲城とやらなのか。


「そもそも他称だからな。教わったわけでもないので、知らんものは知らん。また教えてくれ。だが、叢雲城の式については、マニュアルが残っているので、問題なく使える。なので当面は問題ない。仮に問題があったとしても、既にどうにもならんが」

「……魔王の権能に関しては、知らないなら教える気はないわよ。というか、私も詳しくは知らないし」


 もしかしたらこいつは忘れているのかもしれないが、こちらの目的は魔王の征伐だ。いくらか恩義が生まれたところで、その恩返しに魔王も強くしてあげよう、なんて思うわけがない。こいつが私を鍛えてくれるのは、あくまでもこいつ自身がそうしたいからだ。同じものを返す理由はない。


「ふむ。興味はあったが、知らんと言うなら聞きようがないな。ならば、どうでもいい」

「……調べてみる、とかもしないんだ?」

「いちいち探しに行きたいほどの、積極的な興味はないな。現状の改善に役立つと判明すればまた別だが」


 ……魔王の目的って、最終的には常に画一的に「世界を滅ぼすこと」だと思ってたんだけど、もしかしてこいつは違うのだろうか。融和できるとは思えないけど、色々聞き出してみたほうがいいようだ。情に絆されないようにだけはしないと。


「話が逸れたな。見たことがなければ、どういうものかは理解できないと思うので、まずは私で実演させてもらう。危険性はないと保証するが、干渉式である以上、受けたくなければそれでもいい。その場合は修練の話は白紙に戻るが」

「そこまで丁寧に説明されたら受けない理由はないけど、事前に見せてもらえるのは助かるわ」

「よろしい。では制限から受けるとしよう。呪縛式(カースクラウス)。我が身には勇者と同格の力までが必要である」


 魔王の短い詠唱が終わると、どこからか魔王に暗い光が飛んできて、弾けた。特にそれ以上の変化はない。


「……特に変化なく見えるけど、効いたってことでいいの?」

「そうだな。力に制限がかかっているのは本人しかわからんが、間違いなく効いている。続きだ。蘇生式(リバイブクラウス)。我が身は今この形をもって真である」


 その時、少し離れたところで陣が光るのが見えた。やはり派手な変化はない。ちょっと拍子抜けだ。


「とはいえ、蘇生式の実演のためには一度死なねばならんな。どうせならお前が殺してくれるか? 嫌なら自死するでも構わんが」

「えっ!?」


 え、本気で言ってんの? いや確かに、ちゃんと確認するなら大事なんだろうし、躊躇なくそう言えるってことは問題ないんだろうけど。どう考えても人としてはダメな気がするけど、これは向こうからの申し出だし、別に道義には反してないよね?


「いや……まぁ別にいいけど……」

「目的のためであれば、無抵抗の相手に斬りかかるのも、特に抵抗はないようで何よりだ。強制はせんが、無駄に苦しみたいわけではないので、なるべく一撃で終わらせてくれると助かる」

「ぐっ……また挑発して……わかった。そこは配慮する」


 油断した。勇者が大義のため、非情な選択をすることは確かにある。同情に足る事情があろうと、必要でさえあれば殺さなければならない、その使命を揶揄されるとは。さらに、いくらムカついたからといって、ここで無用の苦しみを与えながら殺すことも出来なくなった。明確に念押しされてしまった以上、聖剣の勇者には不可能になる。元々するつもりもなかったけど、やはり狡猾で周到だ。

 魔王は、既に攻撃を受け入れる体勢を取っている。どれだけ潔いのか。さっさと終わらせろ、という無言の圧を感じる。期待されている通りに全力で行こう。


(罪深き彼の者の贖罪に、安らぎがありますように)


 聖剣に願いを込めて、全力で振り抜く。抵抗もないので、魔王の首はあっさりときれいに飛んだ。その瞬間に魔王は消え、さっき光っていた陣のところに、元の姿の魔王が現れた。まるで転移術のようだ。傍目からは上手くいったように見えるけど、当の魔王は、珍しく困惑を隠せないといった顔をしている。


「……取り敢えず、結果としては何ら間違っていないな。今見せたように、しっかり死にきれば、元の形で戻ってくるというわけだ」

「凄い技術ね。随分と困惑しているように見えるけど、何が気にかかってるの?」

「事前に覚悟していたような、()()()()()()()()()()()()()()()。前に試したときは、こうではなかった。これが件の聖剣の力なのか?」


 そういうことか。苦痛がなかった原因については推察のとおりだろう。特に隠す必要もない。


「そうね。既に死を受け入れた相手が、それ以上無用に苦しむことがないように、聖剣に願いを込めて斬れば、そうなるらしいわ。実際に私自身がそうやって斬られたことはないし、使った場合は相手が死んでて聞けないから、真偽までは知らなかったけど、あんたの反応を見る限りでは正しいようね」

「なるほど。だが、死の苦痛さえないようでは、期待していた真剣勝負にはならないかもしれない」

「心配しなくても、実戦の最中に悠長に願いなんて込めないし、そもそも一撃で殺さないと発動しないわよ」

「ふむ。なら特に問題ないな。感謝する」


 苦痛がなかったことを感謝されるならともかく、実戦時にはしっかり苦痛が残ることの方を感謝される、というのも、なんか複雑だ。こいつの価値観だと普通なのはわかるけど、こいつの考え方が、部分的とはいえ段々理解できるようになりつつある、というのもどうかと思う。


「じゃあ、私もそれを使って準備ができたら開始するのね。同じように詠唱すればいいの?」

「そうだな。こだわりがなければ、そのまま真似ても発動するだろう。願いを立てる部分については、自分の言葉に変えたほうが伝わりやすくなる。流石に式の作用にそぐわない言葉では駄目だが」

「きっちり決まってるわけじゃないんだ? じゃあちょっとだけ考えさせて」


 詠唱が厳密に決まっておらず、その願いを力にするという性質は、聖剣の加護と変わらないようだ。想像していた通り、普通の魔術とは系統が違うのだろう。


蘇生式(リバイブクラウス)。今ここにいる私を繋ぎ止めて」


 魔王の言葉も大体こんな意味合いだった。魔王がやったのと同じように、別の陣が光ったところを見ると、問題なく成功したんだろう。


「上出来だ。それでは早速始めるとしよう。我が名はグレンゼルム。命を賭けてかかってこい」

「……勇者リタ。全力で挑ませてもらうわ」


 これが武人の名乗りか。何となく真似してみたけど、確かに身が引き締まる感じがする。



 かくして地獄は幕を開けた。

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