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勇者の決意

「だ、か、ら! そういう気遣いをわざわざ説明するなってさっきも言ったでしょうが! 本当に頭ついてんの!? じゃあね!」


 私はリタ。聖剣に選ばれた勇者。今は成り行きで魔王の城に滞在していて、先程は魔王に「借りを作りたくないから要求が言い辛かったなどと、随分と今更なことを気にするものだ」という旨の嘲笑を受けたばかりだ。完全に図星である。悔しいので、さっさと部屋に逃げ帰ってきた。

 やっぱムカつく。確かにあいつは魔王なのに、魔王に対する事前のイメージからは考えられないくらい、理性的に話ができる。それは間違いない。だけど、その態度の端々には、私を舐め腐っているとしか思えない言動が滲み出している。それを何度指摘しても、あいつは「そんなつもりはない」としか言わない。どれだけ素直じゃないのか。


(そこまで言うんなら、無茶な要求も全部そのまま言ってやるんだから!)


 こうなったらもう魔王の狙い通りに動いてやる。厚かましいかも……とか何も考えない。欲しいものは全部要求して、あいつを完膚無きまでに叩きのめせる力を付けてやる。そして、あの澄ました余裕を剥ぎ取って、余裕なく狼狽する姿を拝んでやるんだ!


 決意も新たに、当面の研鑽に必要な事項を考えていく。


「……でも、何が要るんだろう?」


 まずい。ぶっちゃけ、勇者としての理想的な研鑽に、具体的に何が必要なのかが分からない。私は聖剣に選ばれた勇者で、それ自体は間違いないんだけど、その実態としては戦士でも何でもない。聖剣の加護の力を借りている以外は、親もわからないただの孤児でしかない。


----


 わたしは大幻晶王国(アルステラクリス)の辺鄙な村に生まれた孤児だった。村の名前は知らない。決して豊かではないながらも、平穏だった暮らしは、魔王の理不尽な暴虐によって突如終わりを迎えた。魔王はおぞましい怨嗟の火をもって、村の全てを焼き尽くしていった。何の意味もなく、ただそこに生きる人がいたという理由で。


「許せぬ……許さぬ……! 憎い……憎い、憎い憎い憎いィッ!『焼却式(バルナクラウス)! 天に地に生きる万物万象よ! 悉く滅べぇぇェッ!!』」


 当時は今よりももっと幼くて、そんなに難しい言葉はわからなかった。でも、その言葉にとんでもない悪意がこもっているということは、理屈ではなく魂が理解してしまっていた。もしかしたら、今あの言葉を改めて聞いてしまうと、それだけで発狂してしまうかもしれない。アレは、そこに生きる生命全てを呪う言葉だ。

 突如村に陰鬱に響いた、魔王が放った呪いの叫びは、虚空から怨嗟の火を生み出した。生み出された怨嗟の火は、悲痛な叫び声にも聞こえる恐ろしい轟音をあげながら、村の全てを焼き尽くしてしまった。たったひとり、わたしだけを遺して。それ以外は何も残らなかった。


 わたしだけが助かったのは、聖剣の加護のおかげだ。孤児院に置かれていた幻晶(ステラクリス)は、どういうわけかそれ自体が聖剣だったらしい。たまたまその近くにいた私は、恐らくは単に消去法で聖剣に選ばれた勇者となり、怨嗟の火に焼き尽くされずに済んだ。実のところ、それ以上でも以下でもない。

 かくして、わたしは「聖剣の勇者」となった。リタという名前も聖剣から名付けられたものだ。元々の名前なんてない。強いて言うなら、名も知らぬ村の孤児である。


 聖剣の加護は「正しい行い」を遂行するための、ありとあらゆる特権を与えてくれる。身寄りも後ろ盾も何もない小娘が、それでもここまで冒険が続けられたのは、ひとえにその恩恵のおかげである。わたし自身の力など、殆どないに等しい。

 もちろん、力が及ばないなりに、色々頑張った。困っている人がいればその手助けをし、不徳をはたらく偽勇者を成敗し、集落を襲う魔物を倒したりもした。手を差し伸べても上手くいかなくて、罵倒されたりしたこともあって、力の不足に泣いた日もある。何にせよ、一介の孤児にしてはありえないくらい、たくさんたくさん努力した。……それでも聖剣は「まだ足りない」という。こんなに頑張っても足りないなら、いつになったら足りるんだろう。


----


「……要らないことまで思い出した気がする。とにかく、今までも必死に頑張る! みたいなことしかしてなかったからなぁ…… 体系的な修行ってどうすればいいの?」


 わからない。経験ないもん。だが、今まで通り根性だけで何とかできる相手ではない。このままでは八方塞がりだ。あの化け物みたいな魔王に勝つなんて、夢のまた夢だろう。


「……いっそ魔王にでも聞いてみる?」


 昨日の戦いでは、全く手も足も出なかった。冷静に思い返すと原因は自明だ。アレは練度の差だ。どれだけ強い加護のバックアップを受けていようと、攻撃がそもそも当たらないなら意味はない。小手先の加速だけで何とかなるならともかく、ただ力が強いというだけでは、あまりにも格上の相手には勝ちようがないのだ。


「……相手が格上なのは認めざるを得ないし、それ以前に私自身が弱いからね。それはいいんだけど……」


 一番の問題は、そもそも征伐しようとしている相手に頭を下げて教えを請う、というのが物凄く間抜けというか、常識的に考えて有り得ない振る舞いだというところだ。


「ぐぬぬぬぬ……」


 断られたらどうしよう、と考えているわけではない。確かに断られたらだいぶ恥ずかしい要求ではあるが、あの魔王なら断らないだろう。むしろ、魔王のこれまでの言動を評価すると、絶対快諾される。多分こんな感じで。


「『なるほど。剣術の訓練の方法を教えてほしい、と。了承した。それにしても、今まで体系的に訓練をしていた訳でもないのに、それだけの練度を持っているとは恐れ入る。聖剣の加護は凄いものだな』……あいつ、毎回要らないことも言うのよね。嫌みったらしく」


 想像するだけでムカつく。ついでに、これだけ解像度の高い魔王っぽい台詞がすんなり思い付くこともなんかムカつく。これではまるで、私があいつを強く意識しているみたいではないか。


「まぁ、ある意味では意識していないわけではないからね。絶対一泡吹かせてやる」


 本気で勝ちたいなら、敵を理解するのもまた肝要なのだ。そう割り切って覚悟を決めよう。そうと決まれば早速魔王に要求だ。



リタは今日も一途に、ひたむきに頑張ると決めた。

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