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叢雲城の秘密

「他に方法がないならそうするしかないとしても、まだ可能性が残っているなら、そうじゃない。あなたがそれを望むなら、わたしはそれを手伝ってあげる」


 世界法則の書き換えか。私にはあまり興味がないことだな。世界の法則とやらが誰の意図によって仕組まれたものであれ、そこに生きる上で何を考え、どのように生き、そして死ぬのかにこそ、意味があると感じる。全てが都合よく出来てしまうなら、同時に()()()()()()()()()()()のだから。


 私はグレンゼルム。今アドリスが話しかけている相手は、私ではなく勇者の方である。元より、世界の行く末に関しては、私は割とどうでも良い。悪くなるよりは良くなる方がいいだろうと考えはするが、そうでなければならないとは全く考えていない。仮に私が聖剣の勇者だったとしたら、魔王を倒した後のことなど、確実に放り投げていたことだろう。聖剣は人を見る目があるようだ。……いや、先日勧誘されていたか。であれば、やはり見る目はないな。


(相変わらずのようだね、我が主人(マイマスター)。ところで、内心は聞かせるなという指示(オーダー)だったけど、こうやって話すのも避けたほうがいいかい? 全く話さないことも出来るけど、やっぱり寂しいからさ)


 エルス・クラウスは、何かしら話したくて堪らない、という態度を隠しもせずに言った。例の戯けた話し方さえしないなら、勿論許可しよう。だが、なるべく口頭での会話にしろ。


(了解。他に聞かせない方がいいようなこと以外は、口頭で話すようにするよ。……傍受の阻害についても考えとかないとな。ここにいる面々、全員が思考を読めるわけだから、口に出さないだけだと意味ないし)


 随分と小賢しいな。そんなに他者が信用ならんか。


(それもあるけど、性分だからね。こればっかりは、僕が僕である限りは変わらないさ。特に、アドリス様の性能の凌駕なんて、御伽噺に挑むようなもんだ。高揚するね)

(自己改変? 止めはしないけど、程々にしときなよ、エルス。直してくれる人もいないんだから。壊れちゃったら悲しむからね、わたし)

(心配しなさんな。現代の技能者(エンゼニオル)の実力、とくと御覧(ごろう)じろってね)


 ……(やかま)しい。雑談はいちいち私に伝えるな。重要なことだけを共有しろ。どうしても、というなら口頭で言え。


(ごめん、そうだね。勇者の件も含めて留意しとくよ。他にも要求があったら、また言って)


 それでいい。話が早いな。


----


「それじゃ、わたしはリタについていくね。拒否権はありません。だから、他の子の方がいいな、なんて言わないでね」

「……いいんですか? そもそも外に出ていいのか、とか」


 確かに、アドリスがアドリスの町において果たしている役目等は把握していない。無論、アドリスが何も考えていない訳でないなら、問題がないからこそ、そんな話をしているんだとは思うが。


「本体は置いていくから大丈夫よ。ついていくのは端末の方だけ。どうせなら、エンジといた頃の性能にしておこうかな。本当はもっと資源(リソース)割いても問題ないんだけど、あんまり限界まで使うのもどうかと思うし」

(本当は、ただの遊び心だけどね。昔を思い出して、冒険気分に浸りたいもん)


 ふむ。良くはわからんが、分霊のようなものか。


「というわけで、よろしくね。リタ」


 何処(いずこ)かから飛来したアドリスは、クロージャーやアドリスの本体とは異なり、エルス・クラウスと似たような、小さな人のような形をしていた。後ろが透けて見えるような(はね)を持つ、端正な顔立ちの少女。どこか野暮ったい雰囲気のエルス・クラウスとは違い、正統な愛らしさの結晶、というような見た目をしている。


(むぅ。グレンはこういう()が好きだったのか。確かに可愛いけどさ。……僕の魅力についてはほとんど言及しなかった癖に……)


 不服そうだな。別にそういうわけではない。好みで言えば、ラフィングブレイスのように理知に富み、成熟した女の方が良い。


(あ…… ごめん。聞こえてた? 油断してた。ちゃんと反省するから、嫌わないでほしいな)


 意図的ではなかったのか。意外だ。さておき、随分と殊勝だな。気にすることもあるまい。普通に話す分には咎めない、と既に言っただろうに。


(あぁ、()()()()()()だったのか。ありがとう、我が主人(マイマスター)


 ……成程。クロージャーが「いちいち長ったらしく呼ぶな」と言った気持ちが分かった気がする。せめて名前で呼べ。主人(マスター)などと呼ばれても居心地が悪いだけだ。


(了解。……それって、()()でもいいの?)


 今更気を遣うのか。お前がそう呼びたいなら好きにしろ。


----


「それじゃ、早速叢雲城に向かう? 他のところには行けないけど、叢雲城にだけは転移できるよ。歩いて行ってもいいけど、別に楽しくはないしね」


 転移術か。聞いたことはあるな。離れた空間を繋ぎ、相互間に移動できるようにする大魔術だったか。実際に使えるものがいるとは思わなかった。


「やろうとしてるのは、修復式(リペアクラウス)の応用なんだけどね。存在を分解して、命渦(めいか)を通って移動して、あっちで存在を再構築するの」

「それって…… 安全なんですか? ()()()()()()ようにしか聞こえないんですけど……」


 原理からして全く別物らしい。確かに、勇者が言うような解釈も出来るか。だが、残る結果としては、単純に存在が移動するだけだ。その過程など、然程重要とは感じないな。


「そんな他人行儀に話さないでよ、リタ。わたしは道具じゃないんだから、一人の女の子として扱ってくれなきゃ、やだ。拗ねちゃうよ?」

「えぇ……? ……うん、わかった。努力するね」

「ありがと。もちろん、安全だよ? 転移後の再構築は、むしろ普段過ごしてる時の存在の変化よりも正確なんだし。……それにしても、普段は気にもしてないようなことを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、変なの」


 随分と非人間的だ。少女らしい振る舞いと、人外らしい振る舞いが、(いびつ)に混在している。それを狂気と感じるものもいるだろう。だが、人の感性など一様ではない。他者が何を好ましいと思い、何を嫌い、何がどうでもいいかは、実際には知らないだけだ。同種において感性や価値観が類似しているというのは、無根拠な楽観でしかない。


「安全なのは保障するけど、使役式(わたし)が勝手に式を行使するのは駄目なんだよね。行使の最終確認は使役者に任せるように、ってのは昔から決まってる大事な規則(ルール)だから。もしリタが嫌なら、歩いて行こっか」


 引っかかっているのは勇者だけらしい。クロージャーやエルス・クラウスは言うまでもなく、私もまた問題視していないのだから、当然か。


「ちょっと不安だけど、いいよ。お願い」

「はぁい。それじゃ、行こうね。……『修復式(リペアクラウス)。我らが身はここに在らず、彼方の地に在り。因果を正せ』。以上、よろしくね」


----


 突如、視界に映るものが切り替わった。ここは、叢雲城の修練場か?


「はい、到着。お疲れ様。ありがとね。……さて皆さん、気分はいかが? 不調がある人は遠慮なく言ってね」


 不調も何も、何が起こったのか、知覚すら出来なかった。実は最初からここにいた、と言われる方がまだ納得できるくらいだ。


「……これが、式の力の神髄か……。常軌を逸してるね。僕なんかはその足元にも辿り着けてなかったんだって、改めて自覚しちゃうよ」

「実際に凄いのは、叢雲城の方なんだけどね。昔はともかく、今まともに使える行先(アンカー)はここだけだし、それも理念理創(イデアドライブ)の補助があってこそ、だから。本当は、転移用途で使いたいなら定期的に保守(メンテナンス)が要るんだよ」


 何やら、聞いたことがない言葉が出てきた。


「ところで、理念理創(イデアドライブ)とは何だ?」

理念理創(イデアドライブ)は、叢雲城に封印された、原初の魔王の異能の力の源だよ。世界蛇(ミドガルゾルム)の形に偽装された、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の核…… 天叢雲(あめのむらくも)のイデアなんだ」



 悠久の時を経て、叢雲城(くびき)はその役目を終えようとしていた。

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