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異世界の賢者、原初の魔王

 不思議な夢を見た。世界を取り巻く大蛇に斬りかかる、どう見ても似合わない女装をした、小太りの男の姿。辺りにはお酒の匂いが漂っている。弱々しい腕から繰り出された、頼りない斬撃は、しかし大蛇を一撃で殺したらしい。どういうからくりがあるんだろう。


「流石だね、エンジ。見かけではなく、その本質を見抜く慧眼、恐れ入った」

「……正解に辿り着けるように、色々仕込んでいたのはお前だろうが。白々しい。止めてほしかったなら、素直にそう言え」


 どこからともなく、線の細い男が現れた。分かりやすく親しげに話しかける口調からは、二人が気の置けない仲であることが察せられる。

 線の細い男は、朗らかに笑って言った。


「どうだかね。負けたはいいが、それでも僕の目的も、そのための行動も、何も変わらない。僕は、僕自身が生きている限り、この国に生きる害悪どもを、例外なく殺す。眷属なんて、幾らでも作り直せばいい。どうしてもそれを止めたいというなら、僕に止めを刺すしかない」


 柔和な表情と、朗らかな口調とは裏腹に、その言葉には隠すこともない憎悪が満ちている。エンジと呼ばれた男は、悲しそうに言った。


「……どうしても、止めるつもりはないのか」

「しつこいな。無いものは無い。継続も出来ない繁栄を、歪んだ形でどこまでも続けようとした報いだ。虐げられた世界法則自身が、この国を滅ぼしたがっている。僕はそれに同調して、手を貸した。それだけの話だよ」


 事もなげに男は返し、一拍置いて続けた。


「ねえ、エンジ。君はどうしてこの国の害悪どもに味方するんだ? 気に入らないことも沢山あっただろ? 道具のように扱われて、感謝もされず、それが当然だと言われて、蔑まれて、虐げられて。どうしてそんな連中に義理立てする必要があるんだい?」


 その言葉には、深い悲しみと、憐れみが込められている。不遇な目に遭っている、大事な人を守りたい。それ以外は全て必要なく、不当に害されたのならば、それ以上に報復するのも至極当然だと疑わない、真っ直ぐな目だ。


「……それでも、俺は善良な人たちが虐げられるのを、看過できない。大多数の気に食わない連中がいる事実は、そこに混ざった罪のない人たちも、気にせずまとめて殺していい理由だとは考えられない」


 エンジは、決意に満ちた目でそう答えた。それがたとえ大事な友達であったとしても、道を間違ったものは絶対に止めるという、正しい人の目をしている。エンジの回答を聞いて、線の細い男は満足そうに破顔した。


「エンジは本当に格好いいね。君がそれを望むなら、僕の命と引き換えに、君の望みを叶えようじゃないか。その前に、一つ忠告しておこう。この国の害悪どもの性質が変わらない限り、これからも魔王は何度でも生まれてくる。今のままじゃ、その後始末も君や、君の後釜……僕たちの世界から呼び寄せられた、可哀想な誰かの仕事になるだろう。この腐った連鎖だけは、僕は絶対に許容できない。君はこれをどうするつもりだ?」

「……わかったよ、考えりゃいいんだろ。取り敢えず、召喚の技術は必ずこの代で絶やしておく。で、魔王に関しては、この国の奴らが自分たちで対応できるだけの、対抗概念を用意しておく。善良さを力にする『聖剣』とかでいいんじゃねえか。そうやって自浄に任せられるようにしたら、俺は異能(ギフト)を封印して、元の世界に帰る。その後のことは知らん。この国の成り行きに任せりゃいい」


 最後は、完全に投げっ放しだ。でも、確かに世界の行く末に関して、異世界の人が責任を持たなきゃいけない道理はない。それができる力がある事実は、実際にそれをしなきゃいけない理由にはならない。


「いいね。善良な連中も、そうでない連中も、等しく長く苦しませる、なんて最高だね。何だかんだで、腹に据えかねてはいたんじゃないか。じゃ、さっさと殺してくれ」

「……本当に殺さなきゃ駄目なのか」

「エンジ。生きてりゃ良いってものじゃないんだよ。僕の存在は、既に世界法則によって変質している。歪んだ在り方を許容できるほど、書き換えられた僕の本質は甘くない。君が今でも僕のことを友達だと思ってくれてるなら、ちゃんと殺してほしい」


 目を伏せるエンジに、線の細い男は諭すように語りかける。再び顔を上げたエンジの目には、先に見た通り、正義を為すものの、強い決意が溢れていた。


「……分かったよ。じゃあな、()()

「ああ、エンジ。いずれまた会おうな」


 別れの言葉が交わされると、魔王の体は虚空へと(ほぐ)れていった。


----


「……今の、誰?」


 私はリタ。聖剣の勇者。色々とあって落ち込んではいるけど、目覚めだけは無駄に良い感じがする。これが安眠の祈りの効果なんだろうか。

 夢の中で聞いた、エンジって名前には聞き覚えがある。グレンに見せてもらった、イデアルクラウスの伝承にある「異世界の賢者」の名前だっけ。ということは、対峙してたあの人は、一番最初の魔王なのかな。魔王って、もっと禍々しい存在なのかなって思ってたけど。


 とりあえず、聞いたことを考えてみよう。魔王の目的は国を滅ぼすことだけど、それを望んだのは、あくまでも世界法則……つまり(クラウス)で、魔王はそれに同調しただけ、と言っていた。そして、今のままだと魔王は何度も生まれてくる、ということも。


(魔王の主張を鵜呑みにしていいかはわかんないけど、元々の動機は、魔王個人にあったわけじゃないんだね。魔王が何度も繰り返し同じ目的で、世界を滅ぼそうとしてるのは、その根源が同じだったからなんだ)


 聖剣の成り立ち、存在意義は、認識の通りで問題ないらしい。全く無関係の異世界の賢者に対応の責任を負わせる、というよりは間違いなく健全だろうけど、善良な人もまた、魔王の存在に対して責任があるわけじゃないんじゃないかな。誰かがやらなきゃいけない、ってのはそうなんだけど。


(召喚の技術は、意図的に絶やされてたんだ。残念ってわけじゃないけど、どうせなら話くらいは聞いてみたかったかも)


 そして、魔王自身は世界法則によって本質を書き換えられている、といった。それってつまり、魔王が世界を滅ぼすために式を使役しているんじゃなくて。


(つまり、逆に()()()()()()()使()()()()()()……ってこと?)


 ――意思あるものなら、話しても何ら不思議はないな。

 グレンは、喋る聖剣に対して、さも当たり前のように、こう言っていた。式に意思があるなら、式が自発的に動くことも有り得るだろうか。


(そう考えると、式の技術って不安定すぎない?)


 普通の魔法技術は、定型の呪文詠唱とか、儀式的手段を厳密に辿らないと発動しない。融通はきかないけど、非常に安定している。少なくとも、勝手に発動することは有り得ない。それに比べて、式の技術は、細かいことを知らなくても、勝手に都合よく動いてくれる……と言えば聞こえはいいけど、制御できなくなったら、もう手が付けられないんじゃないかな。


(それを恐れて、昔の人は研究都市と、アドリスの町に分かれて生きるようになった。でも、式の暴走をなんとか宥められるように、技術を磨こうとした研究都市は、もうなくなっている)


 予想以上にどうしようもない、イデアルクラウスの現実に、頭を抱えてしまう。それでも、呪いがもたらした歪みを直す方法だけは、アドリスの町にも残っているらしい。だったら、それに縋るしかない。酷い言い方にはなるけど、イデアルクラウスの行く末は、大幻晶王国(アルステラクリス)の私には関係ない。憐れんで、共倒れになる必要もないはずだ。


「邪魔するよ。おはようさん、聖剣の勇者さん」


 しばらく思考に耽っていると、当然窓から昨日のおばさんが部屋に入ってきた。ノックを忘れたとかいう次元じゃない、あまりにも唐突な訪れに、頭が真っ白になった。かろうじて、挨拶だけは返せた。


「……はい、おはようございます。……バルナベリアさん、でよかったですか?」

「グレンゼルムから名前を聞いたか。悪いけど、アタシはあんたの名前を知りたいわけじゃないし、教えられても憶えない。あんたがアタシの名前を呼ぶのは好きにすりゃいいが、名前を呼ばれることは期待するんじゃないよ、勇者さん」


 グレン相手なら文句の一つでも言うところだけど、色々とやらかしている自覚がある手前、どうしても下手(したて)に出ざるを得ない。あと、仮にやらかしてなくても、このおばさん相手に生意気なことを言うと、良くない展開になりそう。完全に偏見だけど。


「もちろん、それで構いません。短い間になるとは思いますが、お世話になります。バルナベリアさん」

「……全く、調子が狂うね。名前なんぞ、知られるべきじゃなかったか。まぁいい。ここに来たのは、あんたへの忠告が目的だ。一晩明けて頭が冷えたから、町の人はあんたに悪い態度を取ることはないだろう。だけど、内心であんたに良い感情を持ってるヤツはいない。だからこそ、アタシだけは取り繕わない。隠さない本心で、あんたと付き合ってやる。感謝しなよ」


 嫌われている事実を自覚しろ、ということか。敢えて言われるまでもなく、あの時一瞬だけ感じた敵意は、忘れようがない。


「ありがとうございます、バルナベリアさん。私が嫌われている理由は、やっぱりグレン……魔王を討つことを目的に、ここを訪れていたからでしょうか?」

「……知らないのか。あんたがそれを知らないのは、()()()()()。……ありがとうよ、聞いてくれて。他の奴がそうと知っていたら、あんたは殺されていてもおかしくなかっただろう。グレンゼルムはどうだか知らないが、アタシはあんたに配慮しない。仮に耳を塞いだって、ちゃんと理解するまで、何度でも教えてやる」


 私が嫌われている理由は、グレンを討とうとしていたから、というだけではないようだ。この言い方では、そんなことよりもっと重大な要因があるのだろう。


「お願いします。教えて下さい」

「言われるまでもない。……アドリスの民が、大幻晶王国(アルステラクリス)のものを憎むのは、イデアルクラウスが大幻晶王国(アルステラクリス)の大規模魔術による大爆撃で攻撃されたからさ。アドリスの民の片割れ、ミドガルゾルムの連中は、例外なく死んだ。何の罪もない、アタシたちの贖罪の同志は、道半ばでことごとく死んだ。……あんたたちのいう、魔王の呪いを断つためって名目でね。その時には、魔王ガレンゾオルは既にグレンゼルムに討たれていたってのに」

「え……?」


 ――ある意味ではそうだな。魔王絡みの動向である、というのは間違いない。


「もちろん、大爆撃に関しては、あんた個人に責任があるわけじゃない。それはみんな知ってる。だけど、それで感情まで納得するようなヤツはいない。知らないで、のうのうと生きていることだけは許されない。アタシたちの本音は、あんたがせいぜい罪悪感に苦しみながら、死ぬまで聖剣の勇者の責務を果たし続ければいい、というものだ。あんたの境遇に対する同情よりも、そっちのほうが遥かに強い」


 ――そうだよ、リタ。バルナベリアのいうとおり、ミドガルゾルムがこわれちゃったのは、べつにリタがわるいわけじゃないし、かんけいない。世界をなおすほうが、ずっとだいじ。()()()()()()()()()()んだよ?

 ……そんなわけない。私が悪いんじゃなくても、大幻晶王国(アルステラクリス)には明確に非がある。全然、無関係なんかじゃなかった。それなら、私は償わなきゃいけない。

 真っ白な頭に、グレンの声が飛び込んできた。


「バルナベリア、そこで何をしている? アドリスでは、人の家に入る際、扉から入る習慣もなくなっているのか?」

「やば、見つかっちまったよ。……でも、やましいことはしてないよ? アタシはただ、世間知らずの勇者様に、あの大爆撃の詳細を教えてあげただけさ」

「……話してしまったか。知ってしまったなら仕方あるまい。私が隠していたのは、つまりそういうことだ」


 ――お前の所属が分からん以上、具体的にどこの誰がやったとかは言わん。無駄に同情や後悔などされて、お前の戦意を削ぐことは本意ではないからな。


「グレンゼルム、隠しておくのは優しさじゃないよ。……いや、あんたは最初から打算でやってたのかね。何にしろ、目的はもう一つある。アドリス様へのお目通りの方法に関してだ。口で説明するのも面倒だし、残ってた文書の写しをやるよ」

「本題はそれか。感謝する」

「いいんだよ。……無責任で悪いけど、勇者のケツを叩くのはあんたの仕事だからね。もし使い物にならないようなら、始末することも考えな。堪えかねるようなら、殺してあげるのも優しさだ。聖剣の勇者は、基本的にゃ一人しかなれないんだから」

「ふむ。奮起させろということだな。やってみよう」


 バルナベリアさんは帰っていった。頭がうまく働かない。そんな私に、グレンはいつもの調子で話しかけてくる。


「まぁ、何だ。気にしなくていいぞ」

「……そんなわけない。私たちは、ただの加害者だった。私たちに、正しさなんてなかった」


 気にしないわけがない。事実誤認のもと、本来傷付けるべきでない、罪のない人々を傷付けた。未来に繋がる可能性すら、どうしようもなく壊してしまった。到底許されることではない。


「そうだろうか。正しさがない、とまで断言するにはまだ早かろう。もちろん、大爆撃に正当性があったとは思わんが、それは勇者の責任ではない」

「私に責任がない、とかじゃないよ。私たちが許されないことをした、って事実は変わらない」

「そうだな。そう思うならば、そうなのだろう。だが、それで()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前の望みが厳密に何なのかまでは知らんが、既に起きてしまった過去はどうしようもなくても、未来を良くすることは出来る。それこそが、お前の言う正しさのはずだ」


 ……確かに、その通りだ。悪いことをした自覚があるなら、なおのこと、ちゃんと償わなきゃいけない。私の望みは、これ以上罪のない人が、不必要に傷付くことがないようにすること。人々の幸福のため、私がやらなきゃいけないことは、何も変わらない。


「ならば、そこに罪の意識を感じようが感じまいが、どちらにせよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだ。最も望ましくないのは、ここで立ち止まり、責務を投げ出すことだろう。罪の意識が足を(すく)ませるだけならば、いっそ最初から気にしない方が良い。そもそも、お前に責任があるわけではないのだからな」

「……罪の分だけ、いつまでも苦しむのが似合いってことね。確かに、その通りだわ。ありがとう、グレン」


 本当に、この人はただひたすら真っ直ぐなんだね。最後に、一つだけ聞かせてほしい。


「グレンも、やっぱり私のことが憎い?」

「大爆撃に関してか? 大幻晶王国に対して思うところは無くもないが、とはいえ勇者を憎む理由は特になかろう。お前は大幻晶王国ではないのだからな」


 当然だ。感情にわだかまりがないはずはない。それでも、グレンは私を憎んではいない、という。他の人の発言なら信じるわけないけど、この人は恐らく、本当に本心からそう考えているんだろう。憎んだほうが、遥かに楽になるだろうに。


「そう。……もしよかったら、一つお願い。私が私自身の責任から逃げることがないように、見張っていて。私と、私の責任を繋ぎ止めて」

「ふむ。言いたいことはよくわからんが、了承した。お前がそう望むなら、私はお前が責任を果たすのを見届けるとしよう」



 過酷な贖罪でも、償うべき大切な人が隣にいるなら、頑張れるかもしれないから。

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