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妄想は隠せますか? いいえ、隠せません

 ――貴方と結ばれたい

 ――――貴方に看取られたい

 ――――――貴方に…… 



 のどかな田園風景、片田舎と言っていい村。

 小麦を主作としたこの村ではめったに魔物は顕れない。


 だが……


「母さん!! 見てみて!! グシャラボアス!! 罠にかかってたんだ!!」


 魔王領の最奥地であるアビスランドに生息する猪が目の前にある。

 私を母と呼ぶ息子……最愛の息子、アレスが山から引きずってきたのだ。

 その巨体はおよそ400kgで幼い我が最愛の息子にはとても運べそうにない……普通に考えれば。

 だが、我が最愛の息子はただの人間ではない。


 ――勇者なのだ。



「あらあら、今晩は猪のシチューねぇ。よくやったわアレス……おいで」


 私が両手を広げておいでとサインを送れば、アレスは満面の笑みを浮かべて私の胸に飛び込んできてくれる……ぽふん、と私の胸に顔を埋めるアレスに……息子に……私の最愛の息子に……。


「よくじょ……良く山から引きずってきたわね。疲れたでしょ? お母さんとベッドイ……ベッドでお昼寝しましょう?」

「大丈夫だよ。 服汚しちゃったから水浴びしてきていい? 転んじゃった」


 そう言われてよく見れば、膝小僧あたりのズボンの生地が破れている。

 あらやだぺろ……傷の手当しなくちゃ。


「うん、後で傷の手当してあげるから水浴びしてらっしゃい。それともお母さんが洗ってあげようか?」

「いいよ! もう治ったし……いい加減僕一人で水浴びくらいできるから……」

「あら、そう? たまには親子で」

「いいの!! じゃあ僕行くから……後でグシャラボアス解体するね」

「はぁい……」


 スタスタと足早に我が家に戻る息子の背……たくましくなったわぁ……はっ、いけない。

 愛が爆発しそうになった。

 大丈夫よね? 大丈夫だったわよね? 私変なこと口走ってないわよね??

 後7年も私我慢できるのかしら? はあ、アレスがかっこいいから悪いのよね。きっとそう。


「それにしても、やっとこのレベルに到達したのか。長かった……」


 私はグシャラボアスの亡骸に手を添える。

 朝一番に、わざと、あんな単純な罠にかかり、用意しておいた即効性の毒で自決したグシャラボアスに……


「ふふ、これでアレスはもっと強く育つ……いい仕事ね私」


 そう、このグシャラボアスは私。

 

「おいしく調理してあげるわ……アレスのために」

「ねえ母さん? 何してるの?」

「ひゃい!?」


 び、びっくりしたぁ!! いきなりアレスに声をかけられた!? しかも真後ろ!! 聞かれた!? 聞かれたの!?

 脳内音声ダダ漏れじゃなかったわよね!? バレてないよね!?

 自分の心臓の音が聞こえるんじゃないかというほど動揺した私は、努めて平静に……OL時代培った0円スマイルを発動する。


「どうしたの? グシャラボアス撫でて……」

「もう、びっくりしたじゃないの……毛皮でなにか作れないか考えてたのよ」

「そうなの? ヨダレ垂らして笑ってるからおなか空いたのかなーって」

「……うそ?」


 ……やばいやばいやばい。

 声は出してなくても表情に出てたー!?

 しかし、アレスからの答えは私を安堵させる。


「嘘だよ、なにをそんなに動揺してるの?」

「お母さんをからかわないの、アレスこそ上着脱いでどうしたの?」

「水浴びしようと思ったらポンプが壊れちゃって……母さん、魔法で水出して」

「あらあら……困ったわねぇ。明日街まで行って鍛冶屋さんにお願いしなきゃ」


 ふう、最愛の息子が賢くなればなるほど警戒しないとならないとは。

 もうそろそろ魔法も併用して自制に務めなきゃ……いや、そんなことすればこの計画が崩れる可能性も0ではなくなる。

 

「じゃあ僕たらい持ってくるね」


 しかし、最近こう……ぐっと体も引き締まってきてるし。

 男の子っぽくなってきたアレスを見てると自然とよだれが……


「母さん?」


 待て待て私、これから後7年我慢しなくちゃいけないのだ。

 そのために……そのためにわざわざ魔王殺しまでしてこの13年、転生を繰り返す勇者を……捨てられていたアレスを見つけたのではないか!! まだ大丈夫、私クール。


 我慢ができる元魔王軍四天王筆頭『万命のミコト』……後7年よ……。


「母さん!?」


 !?


「ひゃ!?」


 変な声出ちゃった!!

 しまった、思考に没頭しすぎた!!


「本当に大丈夫? 熱でもあるの? 顔赤いよ?」

「大丈夫、大丈夫よ!」


 ――ピト


 息子のひんやりした手のひらが私の額に!!

 ショタバンザイ!! 神様アレスを捨て子に転生してくれてありがとう!!

 ああああ! だめだめ顔がにやける!! 表情に出ちゃうぅぅ!! 


「……ちょっと熱っぽい?」


 ちがいますぅ! 興奮してるんですぅ!! 


「母さん?」


 首かしげ半裸ショタ息子最高!! ごちそうさまです!! 

 ひゃっはー!?

 ああ、私の幸せ時間永遠なれ!!

 いや待て自分……ここで『優しくて頼りがいがあってちょっと過保護な美人のお母さん』を崩してしまうときっと後悔する、私はあと七年後にこの息子にさいっっこうのシュチュレーションで結ばれるのだ。


 その時まで、その時までは脳内ライブラリーに保管したアレスたんのあどけない寝姿や水浴びの絶景シーンで我慢するのよ私!!

 

「母さんってば!?」

「ひゃいっ!?」


 おおう、しまった。袖で口元をこすりながらアレスたんに向き直る。

 もちろん涎や笑みを隠すためである。

 

「やっぱり熱があるんじゃない? 今日の晩御飯僕が作るからお風呂だけおねがい。後寝てていいからさ」

「そ、そうね。ちょっと横になろうかしら。ありがとうねアレスたん」

「たん?」


 …………重苦しい沈黙が物理的な重さを伴ったかのように私の頭にのしかかる。

 やっちまった……やっちまったなぁ!? わたしぃ!!

 鉢巻して餅ついてる場合じゃねぇよ! 杵の代わりに対エイリアンエージョントの持つ記憶を消す『ピカッ』とするやつくれよぉ!?!?


「た、たんが絡んじゃったみたいで。気にしなくていいのよアレス」

「変な母さん、まあいいや。たのんだよー」

「ええ」


 ……今のは危なかった。最近アレスたんと一緒にお風呂入ったり添い寝してなかったから禁断症状が日に日にきつくなっているのかも。

 どうにかしてアレスたん成分を補充して一回賢者タイムに入らないとぼろが出る。

 しかし、どうやればいいのかしら。

 

(一回分体で軟体の魔物になってアレスたんをあまねく隅々までぺろぺろなめなめしてキレイキレイするとか……)


「どんな薄い本だっつーの……」


 それは結ばれた後の番外編でやるべきよね。

 変なトラウマ持っての初夜とか…………それはそれで、じゃなくて。

 

「私が求めるのは真っ当で正道な禁断の愛よ……」


 自分自身で実体験する……前世どころか遠い記憶に残る日本の王道恋愛。

 自分が育てた最高の男性と結ばれて……私はその先の貴方に殺されたい。


「どんな気分がするのかしらぁ……あの子は私に最後どんな言葉をかけてくれるのかしらぁ…………うふ、うふふふふ」


 私はそれからしばらくその場で妄想トリップして気絶していたらしい。

 気が付いたらベッドで鼻に布を突っ込まれて横になっていた。





 ◇◆―――――◇◆―――――◇◆―――――◇◆―――――◇◆





 とりあえず心配になって家の外を見に行ったら案の定鼻血噴出しながらすげぇだらしない笑顔でえへえへ笑ってた母さんを見つけた。

 何言ってるんだろうかと思うが、たまに母さんはこうなる。

 

「ぺろぺろ……」

「どんな夢見てるんだろう。母さん」


 黒髪、黒目で典型的な日本人と言わんばかりの風貌だが、美人だ。

 たとえ服装センスが皆無で地味子と言われても仕方ないほどおとなしいとしても、だ。


 この人に拾われて数年で僕の記憶は蘇った。

 幾度も魔王に挑み、返り討ちにされ、その身を屍に変えても……僕は転生する。

 魔王が消えるその日まで延々と。


「一体どういうつもりなんだろう? 過去最高に鍛えられてるのは間違いないんだけど……意図がわからなすぎるんだよね。何で僕を育ててるんだろう……本気で悩むんだけど」


 そう、何度も勇者としてリトライしていつか魔王を打ち滅ぼすのに今回ばかりは頭を抱えた。

 

「まあ、魔王を倒した後……のんびり親子として余生を過ごすのも悪くないかな」


 優しいのだ。

 打ち捨てられていた僕を拾い、魔王四天王を抜け、母親としていつもそばにいて……

 今まで優しい母親はいた。

 だが、僕が勇者として覚醒すると途端に変わった。

 敬い、恐れ、祭り上げられて……そんなことを何十回繰り返しただろうか?

 この人だけは違ったんだ。

 

「僕が勇者だと分かった時に、だからどうしたの? か。そんなこと言われたの初めてだよ」


 この人を幸せにする。

 同じ元日本人として、そして……元々血のつながった。転生する前に神隠しにあった『美琴』姉さんの弟として。

 

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