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2-3

 そして、その日の夜。


「お世話になりました」


 悩み迷った末に覚悟を決め、屋敷から抜け出した。


 スクルト兄も無事で両親が私を待っている。

 そんな願いが詰まった夢みたいな話を信じたくて。そして、それが恩を仇で返す事になろうとも、確かめずに悔やむよりはまっしなように思えたから。


 計画もなく城から出る方法は意外なほど簡単だった。

 二人が寝静まったのを見計らい、念のため(?)と用意してもらいながら着る機会がなかった男の服に着替えると平静を装いながら歩くだけ。いつもは目立つ女装で見られていた事もあってか城門の門番は誰も私の事を疑問に思わず、イリス様の命令だと言えばすんなり通してくれた。

 静かな街を歩き続け、さらに街を守る城門の門番にも同じことを告げる。


 こちらは第五やイリス様の名前を出しても首を傾げられたけれど、派手なドレス姿で稽古ししてた姿を見ていたらしい者がそういえばと気づいて通してくれた。


「よし、城から出られた!」


 正直、正面からこうもあっさりと抜け出せた事は驚きで、派手な女装姿も目立っていた事に恥ずかしさもあった。

 けれど、それで城を抜け出せた事には変わりない。


「あとは……、森で獣や魔獣に出会いませんように」


 そう願いながら歩き出す。


 夜道はとても暗く、どれくらいの時間を歩き続けたのだろう。今度は森に入ると獣の叫び声が聞こえてきた。急ぎすぎて丸腰な事を後悔したけれども、スクルト兄や両親と会えると思えば立ち止まる理由も引き返す障害にはならない。

 気味の悪い森をひたすらに歩み続け、足も棒になるほどに疲れたところで森を抜け、ようやく辿り付いた村。


「こ、ココなら少し休憩しても…………でも、ここは?」


 城に向かう行きはずっと森で他の村を通り抜けた記憶はない。

 ならココが目指していた故郷なはずだけれど、その光景は暗がりながらも見知った村ではなかった。いや、そもそも村とも呼べないほどに家が少ない。


 そんな景色の中を見渡しながら歩いていく。そして、ほどなくしてついた見慣れた井戸からの景色で気づいた。


「…………ココが、私の村? もしかして、でも、そんな」


 初めて見る暗闇の景色からはまだわからない。ただ、何度となく見た井戸からの景色は暗闇で景色が変わっても残った道だけはハッキリと私の知る村の道と同じだった。


「ま、まだ……わからない、よね?」


 自分に言い聞かせ、疲れも忘れて駆け出し息を切らしながらたどり着く。

 そこにあったのはその場所は間違いなく私が両親が暮らしていた場所で、その家は。


 ……そこに家は無かった。


 既に誰かが片付けたのか、そこには家があった囲う柵と石垣の跡がわずかに残るのみだった。


「やっぱり、現実だったんだ……」


 希望が幻で、夢は夢だった。そして信じたくない悪夢だけが現実だった。

 涙が溢れ、座り込む。


「母さん、父さん……スクルト兄……私、どうしよう……どうしたら…………」


 ただに信じたい事を信じたかったために。城を抜け出した。

 拾ってくれたイリス様も、クリスの善意も無碍にして。


「これじゃあ私は、私は………………」


 自らの判断の誤りに時は戻らず、願いも叶わず、どれだけ涙を流した所で変わる事はなかった。




 それからどれくらい泣いていただろう。


「これからどうしよう……」


 涙は枯れ、ぼんやりとした意識の中では何も思い浮かばない。

 歩き疲れた身体は重く気だるく、そして眠い。このままココで寝そべり意識を手放してしまおうとした時だった。


「おい、そこで何をしている!」


 突然の声に振り返る。

 暗くて顔はよく見えなかったけれど、そこには大人の男性が二人ほど居るようだった。


「どうしてこんな所に…………いや、お前は……?」


 二人は何やら話した後、一人はどこかへと走っていき、もう一人が私に近づき問いかける。


「見覚えのない顔だな。どこに隠れていた?」


 城を抜け出し逃げてきたのは間違いない。

 けれど兵士にしては格好が粗雑で村の人なら私を知らないのはおかしい……はず。


「まあいい。さあついてこい!」

「……い、嫌!?」


 腕を掴もうとする男の手をとっさに振り払い、私は後ずさり。


「こいつ!!」


 次の瞬間、お腹に強烈な痛みが走ってからやっと気づく。


 違う。この人は村の人でも兵士でもない!


 蹴られたのだとわかった時には受け身もとれず、勢いのまま地面に叩きつけられた後の事。


「ゲホッ……ゲホッ……」


 うまく、息ができない……


 しかも、長い道を歩いて村に戻って来た身体は疲れきっており、この危機的状況に起き上がるのがやっとだった。


 …………ど、どうしたら?


 そう考える時間すら私の敵だった。

 逃げる間もなく松明らしき明かりが見え、逃げ出そうとした時には既に数名の男たちが駆け付け暗闇に消える事もできない状況になっていた。


 その明かりで見えた者たちは剣や斧を持っていて、その誰もが私の知っている村の人たちではなかった。そして、服装からしておそらくは城の兵士でもない事がハッキリとした。


「どうしてココに……?」


 私の言葉に彼らはなぜか嘲笑う。


「理由なんてないさ。奪える相手から奪う。相手が無力ほど楽でいい。だから狙ったまでだ」

「どうして……ひどい……」

「お仲間を見捨てて隠れていた最低な奴が言えるセリフかよ」


 仲間を見捨てた奴。嘲笑う彼らの言葉が私の胸に刺さる。

 スクルト兄を引きとめられず、村を捨て、イリス様やクリスに何も言わずココに来た。最低な奴。そのとおりじゃないか。


 そのことを知ってかしらずか俯く私に男は話を続ける。


「まあ、ちょうどいい。この村ともおさらばしようと思っていたところだ。他の奴と同じ目にあわせてやるよ」

「みんなは、みんなは生きているの?」


 賊たちを睨む。けれども彼らはケラケラと笑いだした。


「安心しろ、今からお前の一緒にしてやるよ。まあ、それが望む結果かどうかは知らないがな」

「どういう事…………?」

「知りないなら一から出来事を教えてやろうか?」


 そうやって自慢げ語りだした。反抗する村の人は殺し、生き残った者も嬲り殺し奴隷として売りさばいていっていた話だった。

 そのあまりにも残酷な話に途中から理解が追い付かず、頭が真っ白で何も考えられない。


 …………私はいなくなったのに、どうして。


「全部、ぜんぶ私のせいなの…………?」

「ああ、そうだな」


 同意する男が私の何を知っているかなんてどうでもよかった。

 ただ、その一言に身体の力が抜けてへたり込む。


 その姿を男達は笑っていた。

 少しずつ近づく一人の男。おそらく捕まったら最後。生きる自由すら失ってしまう事はなんとなくわかる。

 それでも、既に生きる理由すら失った私が生き残ってどうするというのか。


 夢で見たスクルト兄の言葉が脳裏によぎる。


『それはシルフィの望んだ結果とは違ったのかもしれない。後悔もあるかもしれない。でもな、それでも信じて誇るんだ』


 ……何を?


『シルフィ自身を、そして生きる道を選んだ事を。だ』


「……無理だよ」


 そう呟き空を見上げた月はぼやけて白く輝き。スクルト兄の声ももう聞こえなかった。


 私がもっと強ければ、私にもっと勇気があれば。


 泣いている場合じゃない。そうわかっているのに身体は動かない。

 戦わなきゃいけないのに武器すらなく、立ち上がる力もでない。

 

 もし、こうなるとわかっていたら……。わかっていた所で私に何ができたの。


 胸が痛み、頭が真っ白になった私の選択肢はただ…………


⇒謝る事しかできなかった。


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