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翌日から、私は二人に仕えることになった。……らしい。
でも仕事はほぼない。というか何をしていいのかもわからない。
そんな私が尋ねてイリスが命じた事。
「何をすればって? 私の後ろに立っていればいいのよ。あと、私の命令は絶対ね。それとこれからはイリス様かお姉さまと呼びなさい」
その言葉に従い始まってすぐにわかったのは、掃除、料理、その他等々は何から何まで別の人がしてくれる事だった。
ただ、何もせずずっと立って眺めているというのもなかなかに苦痛で、手伝うべきかと尋ねてみて言われた事。
「別にいいわよ。で、この使用人を辞めさせたいの?」
村では協力するものだったけれど、屋敷の仕事は分担らしい。
たまたまその場に居た使用人がビクッと反応し、私が慌てて取り消した後は必死に働く姿を申し訳なく思いながら見守るしかできなかった。
こうしてただ立つから始まった初めての生活。ただ、ただ立つだけの苦痛をわかっていたのかイリス様からの仕事は増えていった。
まず最初に増えたのは雑務。部屋で何やら考えたり作業をしているイリス様の後ろで立ち、時おりやってくる人たちに指示を出す姿をただ見て、指示に従いこなす。
お茶出しや、モノを取る、椅子に座る時のエスコートやイリス様のフリに答えるなど。
「無能だけど、いないよりはまっしね」
そんな辛辣な評価で次に追加されたのは、イリスを起こして着替えさせる事。全裸で寝ていた姿に最初こそ戸惑ったけれど、寝ぼけまったく恥ずかしがらない様子にすぐに慣れた。
そしてさらに、イリス様が暇になった時にはおもちゃとしてこれまでの女装に加えて、髪型や化粧までして遊ばれるようになり、そのまま側で仕えさせられる事も増えた。
そして更に数日。
今度はクリスの提案で朝の出掛る先についていくようになり、イリス様が騎士団の訓練をしている合間に女装のままクリスから護身と乗馬の訓練をしてもらうようになった。なぜか訓練中も漆黒の鎧と仮面をつけたクリスに……
そのようやくそれらしい仕事。は。
「うん。やっぱり基礎ができている。足りないのは実戦経験だね」
クリスの一言で訓練はそれほど時間はもらえなかった。
そんな慣れた頃に増える仕事に村の頃のようなゆるやかな雰囲気はなく、勉強したりただ景色を眺めたりできるような自由な時間もない。
それでも村に残るよりはかなり恵まれていた。そして、その忙しさが考える時間を阻んでくれて嬉しかった。
仕事の終わった一人の夜はいつも両親やスクルト兄の事を思い出し、村があった方角を眺めは生活が恋しくなるから。
部屋の窓辺から夜空を眺め、部屋でここ数日、いや、数十日の出来事を振り返ってもため息がでるのはきっとこれから夢で見るであろう消えない事実という悪夢のせい。
もし、あの頃に戻れたら、やり直せたら…………。あの日常が恋しくなる事なんて今までなかったのに。
村では禁止されていた綺麗な月を眺めながら思う。
私は…………罰を望んでいるのかもしれない。
それは、そんな事を考え始めたある日のことだった。
イリス様に用意された訓練とは明らかに不釣合いな服を着て訓練を始める。貴族みたいなドレスを汚してしまうのは気が引けたけれど、どんな状況でも戦えるようにとの意味のわからない指示からだった。
「今日の練習はこれまでにしようか。少し休憩してから屋敷に戻るといいよ」
「はい、ありがとうございました」
シルフィはクリスに頭を下げ、クリスを見送り終えると気分転換に少し周りを歩いてみることにした。
でも、それは失敗だった。服装のせいで大きな兵士たちから声をかけられ慌てて逃げ出して迷った矢先。どこからともなくイリス様と名前の事を話す声が聞こえた。
「それにしても、第五のクリス様とイリス様て謎が多いよな」
「ああ、それな。確か第五はいつ出来たのも知られていないしな」
どうやら休憩中らしき二人の兵士が何やら話しをしていた。
「ちょっとだけなら……いいよね?」
その話が気になって隠れてこっそりと兵士達の話に聞き耳をたてる。
「へえ、お前詳しいのか。もしかして帝都から配属されたとか」
「まあな。しかも驚くところはそれだけじゃないんだ。あの二人の異名を知っているか?」
「いいや。漆黒の鎧とか?」
「いやそれ副団長だけだろ……。あの二人はな、『双璧の魔女』と言われているんだよ」
「魔女? どうして?」
「俺も噂しか聞いたことが無いんだけどな。なんでも、魔法を使って数々の死戦を乗り越え勝利を収めてきたらしい」
……魔法?
聞きなれない言葉に興味を引かれ、いけないと思いつつも更に聞き耳をたてる。
「長い黒髪の女の方は、単騎で数千の兵士の行く手を阻み、駆け抜ければ彼女の通り過ぎた後は血の道が出来上がる。顔を隠し、黒い鎧姿から漆黒の魔女。
もう一人の少女は、見た目に反して機嫌を損ねさせた相手は敵味方も老若男女も関係なく容赦せず、たった一人で服に血の汚れひとつつけずに城ひとつ消滅させた事もあるとか。その常識外れな力と残忍さと純白の服を来た見た目から白銀の魔女。
そして、その二人が共に行動しているから双璧の魔女」
「…………魔女と関係なくね?」
「ちげーよ。常人では考えられない出来事を起こしているから魔の存在と契約した者に呼ばれる魔女と呼ばれているんだよ。よく考えてみろよ。あんなちっこい女と華奢な女なんだぜ。嘘でそんな噂が飛び交い騎士団の団長と副団長になれると思うか。どう考えても二人とも人が持ちえない力を使わなくちゃできないだろ」
「ああ、なるほど。それで双璧の魔女ってことか。てことは光源の聖女がいる第四の騎士団よりも強いのか?」
「さあな。人ならざる力だから、もしかしたら聖女様より強いかもよ。本当に剣を自由に操ったり、灼熱の炎を繰り出したり、幻を見せたりしてさ。それに、先日連れて来られた女も幻を見せて誘拐したって噂もあるじゃないか。たしか生け贄に使うとか。よく聞くだろ、魔女が若く居続けるためには若い女の心臓や生き血が必要とか」
「うわ、こえーな」
「ああ、実際、双璧の魔女が戦場先で連れて帰った子が居なくなることは有名だし、その子に手をだして殺された者もいるらしいしな。だから迂闊に手を出したり近づいたりするんじゃないぞ。触らぬ魔女に祟りなし」
私はそこまで聞いて息を呑むと、そこから先の彼ら笑い声から先の話を聞く気にはなれず、急いでその場を離れる。
「魔女?生け贄?幻?……私、幻を見ていたの?」
魔女。古の時代では神々と対峙する魔の存在と契約し、人々に害を及ぼしてきた人たちの事。母からはそう教わった。
思い返してみれば、村の人たちの仕打ちに対して二人は私に対して異常に思えるほど優しかった。
普通、見ず知らずの男のコを使用人としてそばに置かない。それに、大きな屋敷だというのに私以外でも二人のそばで仕える人たちも見当たらなかった。
護身や乗馬の稽古で私だけ別なのは、あの屋敷はまるで隔離されているかのようだったし。それもこれも二人が魔女で私が生贄なら納得できる。
世の中はそんなに甘くない。ただの使えない子に優しく接してくれる事を不思議に思うべきだったのかも。
私は聞いてしまった話に愕然とし、震える身体を堪えようと深呼吸した。
今すぐ逃げるべき? ……いや、ダメ。
自身の服を見て立ち止まる。今着ているのは貴族の令嬢みたいな派手なドレス姿。
……さすがにこの恰好は逃げるにも目立ちすぎる。
夜に着替えてから行動する事に考え直し、今はとりあえずばれないよう普段の様子を装って部屋に戻る。
部屋にはイリス様がいて、目が合い思わず固まった。
「あ、シルフィ。やっと戻ってきたのね。うん、乱れても似合う私の見立てはばっちりね」
「あの、服を……」
「もしかして汚れちゃった? 指示したのは私だから気にしなくてもいいわ」
「そうなんですか……?」
イリス様は楽しそうに鼻歌を歌いながらクローゼットをあさりなにやら服を確かめている。
「やっぱりこの城にはろくな服がないわね」
「……はい」
「はい?」
どうしよう。私、普段てどう答えていたっけ。
「どうしたの。顔色がすぐれないようだけど」
イリス様が顔を覗き込み、私は思わず視線をそらす。
「いえ。その、ちょっと体調が……」
「それはいけない! 慣れない生活に疲れたのね。今日はもういいからベッドで寝ていなさい」
「いえでも……はい。ありがとうございます」
下手に断れば余計に怪しいかも……
イリス様に付き添われて私は部屋を移動してベッドに横になる。
そしてまた目が合う。不安そうに私を見るイリス様は優しくて、とても魔女と呼ばれるような人には思えなかった。
⇒勇気をだして尋ねる
無理だと尋ねない。
「あの……イリス様」
「ん? 何?」
バカなの! 何で本人に聞こうとしているの。
「いえ、何も……」
「???」
心配そうに私を見て首を傾げるイリス様に聞くことはできなかった。
また、村の人たちの時のように信じてきた姿が崩れていくのが怖かったから。そして、尋ねて話が嘘だったとしてもイリス様の悲しむ表情をみるのがコワかったから…………
何を信じれば? 何が正しいの?
両親を失い、スクルト兄を失い、故郷も失ったはずだった。
そのすべて覆す話を前に私は…………
⇒………………!
………………?
………………。