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2-1 慈悲と無慈悲

「あの、どうやって乗れば……?」

「あら、乗るのは初めて?」


 初めて村を離れ、手を引っ張ってもらいながら初めての馬に乗る。


「日が暮れると面倒なの。だから急ぐわよ」


 走りだした馬の慣れない揺れと高さにイリスにつかまり……というかコワくてほぼ抱き着く形になったのは男ながらに情けない話だとは思う。


 そうやって森を一つ抜けて、乗り心地の悪さにお尻も痛くなりかけたところで到着した場所。そこは村からは遥か遠くに見えた麓から丘の上にかけて見える城だった。

 クリスが仮面をつけると門番に話しかけに行く。


「仮面、わざわざ付けるんだ」

「いつもの事よ。それよりこの城はね。北方諸国に対応するために要所に作られた拠点のひとつで今は伯爵家の居城でもあるの。北方諸国の名前はどれくらい知っている?」

「ほとんど知らないです」

「なら少しだけ。諸国だから大小あるんだけど、大きな国としてはココから北西部のオース国、北東部のへラリア国、更にその奥地のスオ国が有名ね。そして、ココからほぼ北にある大きな内海を使った船の交易が活発らしいわ。統治者は帝国が皇帝なのに対して北方諸国は国王と呼ばれ、聖霊と呼ばれる存在を崇めている聖者でもあるそうよ。あ、聖者とはこの国での神司の事ね。

 あと、別名といえば騎士は彼らの間では戦士と呼ばれて……あら、手続きが終わったようね」


 北側の小さな門をくぐると、そこは意外にも痛んだ建物や建てかけな建物ばかりだった。


「ココは西区で以前にオース国から攻められた際に西側の城門を破られたときに街も壊されたの。城壁で北区、東区と区切られていたから他は無事なんだけれどね。各区はそれぞれ東西南北に門があり、南側が城に通じている。東西の城門から続く真ん中の通りは北西のオース国と帝都を繋ぐ交易路でもあり賑わっている場所でもあるわ」


 そう説明されながら進むと馬車が四台横に並んでも余裕で通れそうなほど大きな通りにでた。

 そこには馬車が行き交う姿が見られ、私たちはそのとおりをそのまま横切り進んでいく。


「そして私たちが進んでいるのが南側にあるあの丘の城。まぁ、正確にはその建物のひとつなんだけれどね」


 そのまま真直ぐ進み、クリスが門番とやりとりをし先ほどよりも大きな南城門をくぐる。

 そこには丘を渦巻くように大きな建物が並び、丘の上に続く最短の階段を登……らずにぐるりと丘を周るように一周し、中腹で見えた大きな屋敷三つの屋敷のひとつの前で馬から降りる。そして建物の中をついて行き部屋に入った。

 そこでようやくクリスが仮面を外す。


「服も汚れたし。とりあえずそれは湯浴みでもしようか。イリス」


「ん? うーん……そうね!」


 クリスの提案に少し考えたらしいイリスは陽気な笑顔で頷く。


「じゃあ、準備するからちょっと待ってて」


 クリスはにこりと微笑むと部屋を出て行った。

 母から聞いた話では、お城の雑務は様々な内容があってそれぞれの使用人がしていると聞いた事がある。騎士のクリスがする仕事には思えない。

 その事に首を傾げていると、イリスが部屋の窓辺に手招きした。


「そんな事よりこっちにいらっしゃい」

「はい」


 言われるままに窓辺に向かう。

 そして、外を見ると沈みかけの夕焼けと共に広がる各地区の景色が見えた。村の風景しか知らなかった私には初めて見るその賑やかで村がいくつも入りそうな光景に見惚れ感動し、驚きに思わずイリスの方を見る。


「どう、面白い?」

「とっても!」

「ならよかった。準備はもう少し時間がかかるだろうから、景色でも眺めてるかソファで大人しくしていてね」


 そういうとイリスは机の方へと向うと椅子に座って紙らしきものに手をとる。

 何をしているのかと近くのソファに座って眺めると目が合った。


「……言い忘れていたわ。眺めるのは私以外でお願いね。それとも私に興味ある?」

「あ、いえ」


 慌てて視線を逸らす。

 その反応を笑われ顔が赤くなった気がした。ただ、見るなと言われ意識するとそれはそれで見たくなるもので……

 もう一度だけ。そうおそるおそる見ると、イリスが待ち構えていたようにまた目が合いほほ笑む。


「冗談よ。大人しくしていてね」

「……はい」


 からかわれてしまった……


 村の時と違って優しい声で話すイリスにあの時の殺気はなく見た目どおりの少女にしか見えなかった。

 特にする事もなく大人しく待ち、イリスが羽ペンを置き、背伸びをしたときだった。


「お待たせ」


 少し疲れた様子でクリスが戻ってきた。


「ご苦労様」


 イリスは立ち上がると準備を済ませ、さっさと歩き出す。


「シルフィも行こう。用意はしてあるから大丈夫」


 男女別にあるという事なんだろうか。そう思いながら辿り付いた先は小さなな脱衣所だった。少し薄暗いながらもちゃんと灯りもありドアは鍵をかけられるようになっていて、清潔だった。けれどもだ。


ガチャっ!


 クリスが鍵を閉めるなり、二人は躊躇なく脱衣していく姿で気づく。


 え? いや、別じゃないの!? もしかして、もしかしなくても私、女の子と思われてる!?


「あ、あの!」

「ん? どうしたの? ほら、シルフィもさっさと脱ぎなよ」


 そう言いながら、既に服を脱ぎ終えたクリスが私の服を脱がそうとし抵抗し、助けを求めたときだった。

 全裸で堂々と仁王立ちしながらなぜか目を輝かせるイリス。


 違う! 気づいてる!


 その一瞬の気がそれた隙をクリスがつき、私の服を脱がした。


「…………あ」


 目の前に男である事の証明を見たクリスは沈黙し、私はいたたまれなさに悲鳴を上げた。




 * * *




「うぅ……私、もうお嫁にいけない」

「そう、シルフィは元からお嫁さんになる事はないから大丈夫そうね。安心したわ」


 私の嫌味を正論で返すイリス。

 あの後、硬直した二人にイリスの「そんな事くらい」でなぜか三人で入浴する事になっていた。


「お互い様でしょ。減るものじゃないし」


 いや、含羞がんしゅうは大事だよ。

 睨む視線もイリスにはどこ吹く風で、諦めて見渡す。


 建物の屋上部分に作られたその入浴場は、各見張り塔の視界を巧みに隠すよう作られていているようだった。それでいて灯りはちゃんとあり夕暮れでも暗くない。

 どうやって湯を運んできたのかはまったくわからなかったけれど。温かい湯は今日の出来事を流そうとするかのように肩の力を抜いていってくれる。


――生き返る。


 一言で言えば心が温かくなっていくような感覚だった。


「ご、ごめんね。男のコと気づかなくて」

「いえ、私の方こそすみません。性別を伝えてなくて……」


 名前も髪型も顔も女の子みたいで、華奢で身長も低い。村でもその事をよくからかわれていた。

 なら、気づいていない事を考慮しておくべきだったんだと思う。まぁ、そう考える余裕もなかったんだけど。


 ……あれ、そもそも湯浴みが男女一緒に入浴していいものなの? 今さら聞けない!


「そういえば、現状はどうなっているの?」


 一息ついたイリスがクリスに尋ね、私をちらりと見て答えた。


「北方諸国で不穏な動きが目立つ。おそらく私達は当面この城を拠点としてオース国の警戒となるかもしれない」

「増援は?」

「ない、らしい。帝国が最も警戒しているのは東方で連合王国と共和国連邦の争う動きを見せていているからアゼイリア騎士団に加えてハイドレンジア騎士団も向かったそうだ。南方はプラム騎士団がガイア帝国が小競り合い中。そして中央では応対し皇太子派と公爵派に分かれた貴族派閥の対立が商工会、教会、クリサンセマム騎士団を巻き込みつつある」

「そう。で、なんでわざわざ長ったらしい騎士団の呼び方をしたの」

「シルフィもいるしね。いつもどおりクリサンセマムを第一、プラムを第二、アゼイリアを第三、ハイドレンジアを第四と呼べばいい?」

「はいはい。説明ご苦労様。団長が変われば名前も変わるのだから最初から序列と役割を指す番号でいいわよ。あ、シルフィは知らなかったなら今の情勢と騎士団名を覚えておくといいわ」

「え? えっと……」

「…………言うのが遅かったみたいね。騎士団はわかる?」

「それくらいなら」

「そこがわかればいいわ」


 騎士団。帝国の皇帝直属の精鋭部隊。公、侯、伯の貴族の爵位とは別に栄誉称号として士爵を受けた者のみが団長と副団長を務め、兵は能力を重視した者で士爵の有無は騎士団によるとされている。騎士は騎乗して指揮する士爵の姿から呼ばれ、その者が集めた集団として騎士団とつけられたらしい。その特徴として、攻守共に遠征に対応できるよう特化されている。


 なお、士爵の有無と言ったように兵は士爵を持つ兵と士爵を持たない兵で区別される。

 そもそも士爵ができたのは王族や貴族が常にソバで守る者に相応の身分と信用を求めたため。

 そのため士爵を持つ者が平時も含む王族や貴族の身辺護衛や城の守りなどを日常的に行い、士爵でない兵士は戦時のみ雇われる存在として普段は傭兵や農家や町民として働いている。

 

 領地を持つ武人貴族に出世するには傭兵から騎士団の兵士、そこで士爵の称号を賜り士爵へ、そして領地を持つ伯爵へという流れらしい。

 ただ、それを一代で実現できるのは長期の内乱や隣国との泥沼な戦争くらいで、その時に備えて有能な人材を取りこむ道筋を用意している事の方が重要なのだとか。


 覚える必要もないと思っていた母から教わった事を思いだした所でイリスがため息をついた。


「……で、ココの備えは大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないから私たちが居るんだよ。まぁ、できる事をするだけだ」

「それもそうね」


 二人のそんな会話を聞き、イリスとクリスがただのお嬢様とその護衛の騎士ではないらしい事くらいはわかる。


「あ、あの……二人は何者なんですか?」

 シルフィの問いにクリスとイリスは一瞬キョトンとした顔をしていたものの、なぜか笑い始めた。


 ……どうして笑っているんだろう。


「そういえば、まだ名前しか言ってなかったわね。私はサクラ騎士団の団長。そしてクリスが副団長。ちなみに騎士団の番号は第五よ。ココ重要」


 団長と副団長、本当に?


「あ、今疑ったでしょ!」


 図星を突かれて慌てて首を横に振った。

 イリスは特に気にする様子もない。


「あ、あの……お二人が騎士団ということはご両親が貴族とか?」

「ただの神様です」

「ただの村娘です」

「騎士団なんだよね!?」


 反射的にツッコミを入れたが慌てて口を塞ぐ。いやでも神様って…………


「まぁ、それが普通の反応ね」


 私の反応を見たイリスは怒るどころは笑うばかりだった。

 そして、入浴も終え、いざ服を着ようとしたところで気づく。


「……何、これ?」

「あなたの服よ」

「あ、あの。どうやって?」


 助けを求めると入って来るイリス。そして私の様子を見て頷く。


「ああ、こういう服は初めてなのね。これはこれとあれを合わせて着るのよ。……と言ってもわからないか」


 そしてイリスのされるがままに服を着せられた。そして、当たり前というべきかクリスは驚いたように私を見る。


「これほど着こなして似合う男のコも珍しい。裕福な商家の娘みたい」


 褒めているのか褒めていないのか。いや、褒められてても嬉しくないけど。

 クリスの評価にイリスはなぜか満足げに頷いていた。


「あ、あの。これで歩くんですか」

「大丈夫よ。ちゃんと女の子にしか見えないから」

「できれば前の服のを……」

「それはダメ。血がついているから歩けば大騒ぎになるし、私たちが屋敷に男を連れ込み一緒に湯浴みしていたとみられるとそれはそれでまずいの」


 いや、前半はともかく後半はただの事実だからね。


「ううぅ……」


 結局、村を出ても女の子の扱いは変わらないらしい。むしろ悪化したような気すらする。

 逆らえるはずもなく、こうして長い長い一日がようやく終わりを告げたのだった。


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