10-1 それぞれの道
ジャンヌ様とソルト副団長とのお茶会は、そのままジャンヌ様への離任式となった。
ジャンヌ様とリナ様は旅立つ仕度として着替えを終えると平民の着る身軽な姿となっており、二人が二頭の馬に乗ってしまえばもう。
そんな中、第四騎士団の騎士を代表してシャーロット衛長が前に出る。
「ジャンヌ様……。どうかご無事で」
「シャーロット。迷惑をかけてごめんなさい」
シャーロット衛長はひざまずき、ジャンヌ様を見上ると意を決して言う。
「どうかお願いです。またお会いできるとお約束ください」
「…………」
国外追放。その意味をまだ知らない私にはその言葉が何をさし、答えない理由も理解できなかった。
そんなジャンヌ様の無言にシャーロット衛長は言葉を続ける。
「では、せめて私に触れていただけませんか。どうか私に希望を……」
「…………そう」
ジャンヌ様は沈黙して何も答えない。その事に察したシャーロット衛長は顔を俯けたその時だった。
ジャンヌ様がシャーロット衛長の頭に添えるように触れたのは。それはほんの数秒もない出来事で、ジャンヌ様が触れるのを止めるとシャーロット衛長は驚いた表情をしながら顔を上げ、一言伝える。
「大丈夫。シャーロットならできるから。……だから私を意識せず、シャーロットとして正しいと思った事をなさい。他人の評価も噂も関係ない。私はシャーロットを信頼して一任してきた。その成果をもってイリスはあなたを団長に任命した。そうして築いてきた過去の実績はすべて真実だから」
そう言ってほほ笑むジャンヌ様の表情は優しさ呼ぶにはあわれみが強すぎる慈悲のような表情だった。
そして、ジャンヌ様は馬に乗り、続いてリナも馬にのる。
「約束、よろしかったのですか?」
「イリスがタダで解放するわけないでしょ。私は安易な約束をして騙す事はしない」
「……そうでしたね」
その問いはリナの配慮だったのかもしれない。
シャーロット団長は二人が遠くになっても見送り続け、吹っ切れたように第四騎士団に指示をだして帝国領となる関所内へと入った。
関所内にくぐると、そこに待っていたのは騎乗したイリス様とクリスだった。
「シャーロット、速やかに帝都に戻り、正式な任命と編成を終え、次の命令を受けてきなさい。補給は本日はココ関所で行い、翌日からは想定される行軍中の城にも用意してある」
「はい。ありがとうございます」
「それとシルフィ。あなたは私たちについてきなさい」
「え?」
シャーロットと目を合わせ、「行きなさい」という指示に従いイリス様の元へと行き、それほど離れていない関所内にある建物まで移動すると、二人は馬を降りて建物に入り、その一室へと入る。
第五騎士団らしき兵はドコにもおらずイリス様とクリスの二人だけでココまで来ていたらしい。イリス様が執務室らしき部屋の椅子に座った所で、我慢しきれず尋ねrう
「…………あの、どうしてジャンヌを追放なさったのですか?」
「え? あぁ、そんな事ね」
そんな事。まるで大事を小事と見ている物言いだった。
けれども、その理由はすぐにわかった。
「ジャンヌは団長を辞めたいと望んでいた。だから叶えただけ」
「だけって……どういう事ですか?」
「ジャンヌは敵を殺すのも、仲間が殺されるのも嫌いなの。そして出世にも戦いの勝敗にも興味がなかった。
それは幸か不幸か穏便かつ最少被害で求められた目的のみを達成してくれるという事で、これまで帝国にとっても損耗が少なく、派閥や身分も気にする必要もなく、現地で事も荒立てない使い勝手の良い存在だったの。
特に、苦戦必至の戦場や、治安が悪く不満の燻る地域、勝っても得るモノが少ない遠くの荒野や山間部の蛮族相手の場合にはね」
「それって」
「気づいた? 第三騎士団から第五騎士団まではその為の騎士団なの」
説明は頷けるものだった。けれどもそれだと疑問が残る。
「その、仮にジャンヌ様が望んでいたとして、どうして国外追放したのですか?」
「確かにその説明は必要ね。結論から先にいえば、今後はジャンルが共和国連邦に居た偽りの神に狙われるから。今回の戦いで、帝国は連合王国と接近し、しかもジャンヌは時を操る偽りの神を殺した。加えて、シャーロットの手により矢でも殺せる事も証明した。
これを受けて必勝と思われた絶対的な戦力をあっさり否定された共和国連邦の政府はどう考えるか。二方面では戦えない、負けを認めれば政府の者は民衆に殺される。そこで穏便に講和を模索するわけだけど、帝国からの要求はこれまで通りに南セトラ山まで偽りの神の処刑か追放を求める事になっていて、既に戦費で財産が逼迫しはじめている共和国連邦はそれを飲むしかない。
そこで偽りの神にすべての責任を押し付けて、共和国連邦は連合王国とも講和を模索する。連合王国も国力が落ちていて帝国が出てこないなら泥沼化は避けようと領土返還とその条件をもって応じる。
東方から締め出され、悪者にされた偽りの神はどう思うか? ジャンヌが第四騎士団の団長のままでは、帝国に侵入して命を狙うでしょうね」
「…………」
私の知らない身分の人たちの駆け引きが展開されていた。
そして、追放の理由も名前を変えるように言った理由も、東へ向かうように言った理由までイリス様が展開を予測して言っていた忠告である事が明らかな事だけはわかった。
呆然とする私にイリス様はため息をつく。
「他人の心配より、まずは自身の心配をなさい」
「……どういう事です?」
戦いが終わった今、心配をする理由がわからない。
「シルフィ。あなたはどれくらい出世したの?」
「什隊長になりました」
「そう。それで何を学んだ?」
意図はわからない。失敗を多く経験しろ。旅の途中の手紙にあった内容に合わせて答える。
「多くの経験をしました。旅路、民部ので暮らし、兵として命を懸けた戦い、什隊長として兵を率いる難しさ。それらをすべて語れば長くなりますが、一番鮮明に覚えているのは神との」「偽りの神、ね」
偽りの神。魔のモノと呼ばれた者と同じ力を持つ人たちなのだから確かにその例えが正しいのかもしれない。
それか、イリス様は自分とは違うと強調したいのかも。
「えっと、偽りの神との戦いで、失敗をすれば大事なものを失い、傷つき、悔しい思いをする。でも、生きているうちは立ち向かわないといけない。たとえそれが勇気と努力だけではどうにもならない相手だったとしても、そうしないとさらに先に待つ未来を失う事です」
ふと振り返ると、挫折しそうになった大きな失敗も数えるほどあった。
命を失いそうになったり諦めかけた時もあった。そして、何もできずに見殺しにした事もあった。でも、だからなのかもしれない。その悔しさが第四騎士団を続けていく力になる気がした。
「そう」
けれども、イリス様は拳を握りしめた私に気づく様子もなければ興味も示さなかった。
「それで、どうしてシルフィは兵を一人も率いていないの? なぜシャーロットのソバにいたの?」
「それは……今回の戦いの最中でついたばかりで、そばにいたのは成り行きです」
イリス様はなぜかため息をつき、クリスは……仮面でよくわからなかった。
「シルフィ、あなたは第四騎士団を辞めなさい。第四騎士団はジャンヌ、リナ、ソルトを失った今、シャーロットにすべての重責が待っている。そこでシルフィは邪魔になる」
「なぜ! ……すみません。理由を聞かせてもらえませんか?」
「シャーロットはシルフィに依存している。それも当人も気づかずそばに置いてしまうほどにね。でもシルフィにはシャーロットを支える事ができない。あなたは強そうに見えないから、あなたは男に見えないから。あなたは男だから」
「そんな……外見はそんなに大事なのですか!」
「外見じゃない。印象が大事、という事よ。それにシルフィはまだ新米で民部での実績もない、偽りの神も一人として殺せていない、貴方を信じて支える配下の兵もいない。人を動かす力もなく、成果も出せない力は無能と変わらないの」
「……無能」
それは一番自覚している事だった。だからこそ偽りの神を倒そうと必死になり、結果を一つもだせなかった。事実が私に刺さる。
「私は……」
「言い訳はいらない」
「イリス!」
クリスの一言が私をさらに惨めに感じさせ、そんな私を見てイリス様がため息をついた。
「言い方が悪くなったけれど、つまりは周囲の嫉妬と敵意が問題なの。これはジャンヌもリナも経験している。そして、シルフィの支えたいという純粋な願いは嫉妬する者からは媚びを売っていると解釈される」
「でも……」
「シャーロットを助けたいの? それとも自らの力を示したいの?」
「助けたいです」
「なら、守りたい人を助けるための動きをなさい」
助けたいの? その言葉の問いを言われたとき、尋ねるなら今しかないと気づいた。
「諦めなさい。そして空気を変えましょ。何か質問は?」
「では、守りたい人を守るために動いてもいいでしょうか」
「どういう事?」
首をかしげたイリス様に答える。
「今回、ジャンヌ様の元へ向かうにあたって手助けした人と約束したのです。戦いの後、助けに向かうと。私は第四騎士団を辞めるしかない。なら、約束のために助けに向かう事に何の問題もありませんよね?」
私の強引とも思える問いにイリス様はニヤリとした。
「少しは学んでいたようね。
認めましょう。道中に傭兵団もいるでしょうから精鋭の兵も貸してあげる。クリス!」
「いいのかい?」
「ダメと言った所でシルフィは向かうでしょ。それに約束は守るだめにあるのでしょ」
「わかったよ」
クリスは頷くと、建物を出てどこかへむかった。
そして、イリス様は言う。
「さて、最後の任務を完遂させてきなさい。シャーロットには私から伝えておくから」