9-2
戦いの終わりは急激に熱を冷まし、帰路は戦った事の意義を欲しがらせるものなのかもしれない。
南セトラ山の麓を通ってかつて滞在した村へと戻ると、村を囲むように広がっていた田畑は荒れ、家々のほとんどが黒と灰色に焼け落ち、壊され、人も誰も住んでいない廃墟となっていた。
そんなかつての見る影もなくなった大通りを進んでいる中、廃墟となった故郷の光景を思い出して呟く。
「私たちは、勝ったのでしょうか?」
「…………」
ジャンヌ様は振り向かず答えない。そして周囲が私を睨む。
いや、そもそも新人の什隊長という身分でありながらジャンヌ様の側に居るだけで特別な扱いを受けているのだから、空気を読まない一言の反応はもっともなのかもしれない。
「シルフィ。黙りなさい」
空気を読んだリナ衛長が鋭く静かな声で私を叱ったのは、この場をおさめる為の優しさだとはすぐにわかった。
「すみませんでした」
だから私はすぐに謝る。
これまでの出来事を思えばジャンヌ様が答えない事にもそれが普通だと思っていたから。だからこそ意外だった。
「シルフィ。あなたが守ろうとしていたのは人なの? それともこの村なの?」
ジャンヌ様の言葉で静まり返る中、私は驚きながらも必死に考えて答えをだす。
「すべてです」
「正直なのね」
クスリと笑うジャンヌ様の姿に周囲がリナ衛長が動揺しているようだった理由はわからない。
けれども、確かに扇子で隠す事もないその笑顔は団長という威厳に満ちたものではなく一人の乙女が堪えきれずに笑っている姿ではあった。
「そうね。それが目的なら戦いが始まった時から私たちは負けになるかな。戦争が始まれば人は死ぬ。知っている人も、知らない人も、敵も、仲間も。
それはすべてを守りたい私にとって敗北に他ならない。そして私は私を信じるみんなに死ねと命令した身だから」
私。ココで使われた私でジャンヌ様をすべて守ろうとしている人だったのだと初めて知った。
そして、振り合えって私を見たジャンヌ様の表情はとても悲し気だった。
「それでもね。いえ、だからこそかな。それでも私たちは戦うの。帝国の民のため、帝国の暮らしのため、そして帝国の信頼のために。なぜなら第四騎士団たる私たちはその力を持っているから」
「…………」
矛盾している。そう感じながらも私は何も言い返す事ができないまま後悔した。
すべて。そう答えた私自身が一番矛盾している事を実感していたから。そして、すべての仲間を守りたいという願いは橋の上でのジャンヌ様の行動を賛同するものであり、戦わすにこうして引き返している事への肯定でしかなかったから。
それは同時に守れなかった黒と灰に染まった村を見て、何もできなかった憤りをドコにも向けることができない事も意味していたから。
「リナは、どうなの?」
「え? あ、はい」
我に返ったリナ衛長。けれどもさすがずっと近くで仕えてきた人らしく聞き返す事もなく答える。
「ジャンヌ様の求める結果のために動くまでです。私は東方の血が流れる身。優秀な成果を上げた所で偏見と嫉妬を受けるだけです。加えてその座を奪われる事を恐れた者から悪意を向けられますから」
「……そう、知らなかった。でもそれはココも同じでしょ」
「ジャンヌ様、下の者なら結果で黙らせればいいのです。ですが私の申し上げている相手は上の者です」
「私よりも優秀な者はたくさんいるでしょ」
「清濁併せ呑む事ができ、団長の座を奪われる事も恐れずに任せ、その功績を隠さず部下の手柄とできる者はそうはいません。ですよねソルト副団長」
「はい。その通りです」
「…………」
沈黙で返すジャンヌ様の気持ちはわからないけれど、すごい人という事はリナ衛長とソルト副団長の反応から見ても明らかだった。そんな私の暗い話からジャンヌ様によって話題が変わり、リナ衛長によって空気が和やかなものへと変わりはじめたときだった。
「ジャンヌ様!」
突撃のソルト副団長の叫びと庇う動きの直後、ソルト副団長に何かが刺さった。
それはほんの一瞬の出来事であり、ソルト副団長の叫びの意図を察する事ができなかった誰もが反応できず叫びの驚きで身動きすらできなかった。
「敵襲!総員警戒!」
それでも真っ先に状況を理解したリナ衛長が叫び、それに合わせて
我に返って周囲もソルト副団長とジャンヌ様を取り囲んで守り、私もそれに加わる。けれども廃墟となったとはいえ隠れる場所も多いこの場所からではドコに隠れているのかまではすぐにはわからなかった。
「私はジャンヌ様とソルト副団長と関所まで退避する! シルフ什隊長は数名と共に犯人を!」
その言葉に頷き後ろに声をかける。
「襲撃者を捕える! 我こそはと力に自信があるついて来て! それ以外はジャンヌ様の元へ!」
退避を始めるリナ衛長率いる集団とは離れ、後ろから数十名の声と共にジャンヌ様と庇ったソルト副団長の一から計算してその場所を探すけれども見つからない。
「二人一組で分かれて探そう!」
見つからないという事はおそらく単独。そう考えての敵戦力もわからない場当たり的な判断は悪手だった。
大通りでのジャンヌ様の元へと向かう部隊の足音と声が慌ただしく気配も感じにくい。そして、探す者の中から悲鳴が聞こえた。
「どこだ!?」
「あちらからのようです」
急いで向かった先には逃げる女の姿と追いかける味方の兵の姿があった。けれども、その女はただの暗殺者ではなかった。
身構えるとすぐさまに放たれる炎の矢は勢いのまま誘導されるように味方の兵を貫いた。それは放つのが一撃ずつではあったものの、狙った位置へ必ず命中するとなれば兵が追いかけるのも物陰に隠れたり瓦礫を盾にしながらの前進となり距離を詰められない。
急いで駆け付けた私も、その直後に馬を狙われて歩いて追いかけるしかなくなっていた。
「これでは」
廃墟を出てしまえば平原が広がっている。そうなれば身を隠す場所もなく追いかけるのも難しい。けれども焦って動いて仲間を死なせるわけはいかないし、自身で突撃するにはあまりにも無謀だった。
そんな焦りも虚しくその女が南の小門から平原へと出た直後だった。
「はなて!」
遥か遠くから聞こえた声と共に門へと降り注ぐ矢の雨が彼女を貫いたのは。
その、強力な力に反してあまりにも呆気ない最後に驚き呆然としていると、矢を放った千ほどの兵を率いる一団が近づき、その先頭を進む騎馬にのった者の姿に思わず安堵した。
「無事のようだね。シルフ什隊長」
部隊を率い、その一言をかけたのはシャーロット衛長だった。