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「あ……。えっ?」
こうしゃくって…………どれくらい偉いのだっけ?
固まること数秒、いや、数十秒だったかわからないけれど、初めてこの城に訪れてジャンヌ様と行動を共にした時に王家の縁戚だと言っていた事を思い出した。
「し、失礼いたしました!」
そう言った直後に座っている事すら既に失礼だと気づいて慌てて立ち上がろうとして、苦笑いしたヘーラが手で止める。
「私がお願いしたのですから、そのままお座りになってください」
「しかしそれでは」
「それではこうしましょう。シルフ様なりの敬意で椅子に座ってお話しください。礼儀とは本来、気配りや敬意を示すためのものです。礼儀を気にして気配りや敬意が疎かになっては意味がありませんから」
畏まるべき相手にそう言われてしまっては大人しく座るしかなかった。
もっとも、側に控えていたテレイアーは私を睨んで不服そうではあったけれど、この状況では当然の反応かもしれない。
いや、よくよく考えれば護衛の数、傭兵団の襲撃、ドラシールの援護、城内での対応。察しの良い人であれば気づく場面はいくらでもあったし、私もどこかの令嬢かもとは察していた。とはいえ、まさか公爵家とは……
目が合ってもニコリとほほ笑むヘーラ様が何を考えているのかまったくわからないし、ご令嬢に対する礼儀なんて知らない私は笑顔を返すので精一杯だった。
そうこうしているうちにケーラーが手当の道具を持って戻ってきた。そして、テレイアーがケーラーに何かを囁いた後にヘーラ様へお茶をもってきますと言って退出したかと思うとすぐ戻ってきた。
その二人は私に見えるように帯剣をしており、その姿をみて自分が帯剣しているからだと気づいた。
あぁ、うん。先ほどの言葉は私だけじゃなくて、この二人を説得する意味も含めての機転をきかせた言葉だったんだろうなぁ。
「それでは、まずは傷の手当からですね」
そうだった!
けれども身分差を知っておきながらお願いしますと言えるほどに厚かましくはない。
立ち上がろうとしたヘーラ様に慌てて言葉を返す。
「いえ、それはあまりに畏れ多いので」
「お気になさらずに……とはいかなさそうですね」
さすがいろいろと察してくれたらしい。
「ではテレイアーにお願いしましょうか」
「なぜ私が!? ……いえ、かしこましりました」
テレイアーが渋々ながらも汚れを落とし手当を始める。そのきちんと傷の手当をしている様子を確認してからヘーラ様は話し始めた。
「せっかくの機会ではあるのですが、時間もありませんので本題に入りましょう。もし、ジャンヌ様をお守りしたいのであれば、急いで戻られる事をおすすめします」
「それは、そ、その、どういう事ですか?」
「ジャンヌ様は死ぬ気でいらっしゃいます」
突然の言葉に「そんなまさか」と言いそうになる言葉を飲み込み、……次の言葉が思い浮かばない。ましてやそんな警告をしておきながらなぜこうして引き留めているのか。、
傷の手当を受けながらというのもあってか思考がまとまらない。
「えっと。……理由をお聞かせ願えませんか?」
「お話する事はかまいませんし、助けられる道すじも示せます。ですが、そのお話をする前に私の願いを一つ叶える約束をしていただけませんか?」
こうしてココに呼んだ理由はそれか!
ただ、ジャンヌ様は死ぬ気でいるなんて言葉を聞いて躊躇う理由なんてない。
「私にできる事であればお約束します。ですから話を聞かせてください」
「…………即決なのですね」
「その話が事実だったとして、それで非力な私がジャンヌ様を助けられるかもしれない。なら迷う理由はございませんから」
自信をもって答えた。
ヘーラ様のふぅっとため息をつく姿に安直に答えすぎたかと思ったけれど、私を見てほほ笑む。
「シルフ様との駆け引きには勝てそうにありませんね」
「???」
首をかしげる私を見てヘーラ様はまたほほ笑む。
「お話しましょう。シルフ様、ソルト副団長のもとへと向かうとおっしゃっていたましたね?」
「はい」
「その内容はジャンヌ様ではなくリナ様がお渡ししたのではありませんか?」
「どうしてそれを?」
「……その内容はおそらくソルト副団長に救援を求めるものです。そしてリナ様は指揮権を剥奪されたとみて間違いないでしょう」
その言葉には説得力があった。
今回の戦いでリナ衛長の作戦はうまくいっていない。それが実は最善であったとしても、結果論から不満を述べ、批判する者が少なからずいると考えるほうが自然だ。
「そんな中、今、あなたすべき事は身体を休めて傷を癒し、覚悟を決め、私からの報告を待つ事です」
「ですが、それなら尚の事急いだほうが」
「現状、南部の奪回は、王国復興軍と共に行軍するソルト副団長が主要に二拠点に対して二手に分かれ、攻撃、包囲をしているところでしょう。問題は急ぐとしてソルト副団長がそのそのどちらに居るのかなのです。
今すぐに出発したとしても二拠点へは二日以上必要で、さらに二つの拠点は馬でも一日分の距離があります。つまり、一晩を埋めようと間違えた時に一夜どころか一日分を失います。そして、そんな中からそこからジャンヌ様の向かう先を考え捜さなければなりません。馬は私たちがかわりを用意するとして、その傷、体力でその後の更に急いでドコにいるかもわからないジャンヌ様の救援に行く。それが現実的な手段と思いますか?」
何も言い返せなかった。感情を優先した私に対して、ヘーラ様は先をみていたから。
ただ、だからこそ確かめなければならない。
「その、失礼かもしれませんがヘーラ様はその両方を調べられる。という事ですか?」
「日が昇る前には。それに、それだけではありません。
共和国連邦の神、神々とされる彼らは魔法という特別な力と異世界と呼ばれるこの世界にはない特別な知識があるだけで、人望も身体、知力も凡庸な人である事も知っています」
それは凡庸なの?
という真剣な話しに野暮や問いはやめる。
「つまりは力と技量によって上回るか、不意をつけば倒せるのです。
もともと彼らの存在は東から侵略する魔獣への切り札ともいうべき存在。ですがこちらの身勝手な都合で呼び出しせいもあって、気まぐれな正義感と私たちとは違う価値観で動く彼らは、連合王国と共和国連邦がいくつの国にも分裂させ、今も戦い争いあう事になった諸悪の根源でもありますから」
そういえば、シャーロット様もそれと似た話をしていた。
そして、その話はシャーロット様の話にあった不安を神々は倒せると払拭するものであった。
「その、どうして神々について知っているのです?」
「元々はガーネット王国の王子との婚約者で、そのための教養も受けた身でしたから」
「でした?」
「そういう事です。ウガート公の地位を快く思わない者、私を妬む者によって私の名は地に落ち穢れ、今は何の希望もなくウガート城で静かな余生を暮らす身なのです。
ですが、今や王子は亡くなり、私を陥れた者たちの多くも亡くなるか地に落ちました。
これでも貴族間の社交とその地位を失ってからは領内の政について留守を預かる身だったのですよ。そして、そんな私にとっては話術と情報収集が力なのです」
貴族社会がどんなものかは知らない。私にも伝わるように簡潔に話してくれているのも理解した。
そして、淀みなく話しまっすぐ私を見る目には嘘をついているとは思わなかった。
ただ、そのどれもが私を助ける利点があるようには思えない。
善意と信じる事もできたけれど、ドラシールの話の後で聞かないのもよくない。
「その、ヘーラ様がどうして私に協力してくださるのかわからないのですが」
「まだ穢れを知らないのですね」
ヘーラ様はなぜか寂しげに微笑み言葉を続けた。
「みんな地に落ちました。そして、私の義弟が王国復興軍として最前線の総大将として戦っている。では、王国復興を成し遂げたとき、もっとも邪魔になるは誰だと思いますか?」
「…………わかりません」
「では、表で出られたら困る相手は?」
「…………」
二つ目の問いはおそらくヘーラ様を妬み陥れた者だと気づいたとき、前者の問いが義弟とそれを支える貴族が王国をまとめる時に足枷になると言いたい事に気づいた。
そして、そこまでいったときにジャンヌ様率いる第四騎士団に同行した世話役という意味にも気づく。
「そう、この王国のみんなが私を殺したがっている」
「そんなはずが」
ない。なんて無責任な事は言えなかった。
「そこで約束の話になります。シルフ様がジャンヌ様を助ける事ができたなら、私をこのウガート城から救い出してください」
そのあまりにも理解が難しく、切実な願いはテレイアーとケーラーの無言によって肯定されていた。
そんな三人に対してできる精一杯に答えを返す
「ジャンヌ様を助けられたその時には全力を尽くします」
「シルフ様なら大丈夫です。だってシルフ様には幸運という加護があるのですから」
* * *
「それではお休みください。お休みする場所の案内役の紹介はケーラーに、それと馬を休める指示もだしておきます」
ヘーラは大きく息を吐き、冷めてしまった生ぬるいお茶を飲む。
シルフを休ませた今、側に私に不安と言いたげな視線を向けるテレイアーの気持ちを察する番なのはわかっていた。そして、言葉の順番を選ばなければならない事も。
だからこそケーラーが戻ってきたところで話を切り出す。
「テレイアー。シルフは男でしたか?」
「はい。ヘーラ様の予想どおりでした」
よかった。直感を信じた事に安堵し、残念な事実にため息がでる。。
「今なら言いたい事を言ってものいいのよ?」
「それでは私が」
ふぅっと息を吐き、ケーラーは言葉を続ける
「シルフなる男は信用できるのでしょうか?」
「彼は本気でジャンヌ様を助けようとしている。主を助けようとする気持ちはケーラーにもわかるでしょ。そして、そういう者は義理堅い。きっと約束を守る努力をしてくれる」
「ですが、彼に神を倒すほどの力量があるとは思えませんが」
「それを覆すかもしれない『幸運』がある。その話を聞いたのはケーラーじゃなかったかしら?」
ケーラーは余計な希望を私に持たせないために、私のためを思ってシルフを否定する答えを探している。
それくらい貴族の社交界もわかりやすければ、私がそれだけの力があれば、こうして王国から逃げる必要もなかったのかもしれないと思うと自らの力不足に心が折れそうになる。
今の姿はきっとジャンヌ様によく似ているに違いない。そして、シルフを私の護衛につけたのもきっと彼を生かして帝国に帰すつもりだったのだろうから。
それを私は救われたい気持ちを優先して、ジャンヌ様を救う事で私自身に救われる理由を作ろうとしている。
…………助かりたい
そう願ってしまったのはきっと私がジャンヌ様に生かされてしまったからに違いない。
「たしかにある意味では光源の聖女様なのかも」
「ヘーラ様?」
心配そうに私を見たテレイアーに微笑み返す。
「私たちは手を尽くした。なら信じましょう。そして、いつものように静かに暮らしましょう。その時まで」




