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8-5

 ドラシール什隊長の説明は、平時での仕事であれば元気づけようとしてくれたのだと笑顔を返せたのかもしれない。

 けれども戦場では判断を誤れば率いた兵が死に、行動を誤れば自身が死ぬ。失敗には常に犠牲が伴うのだ。そして、振り返るとそこには負傷者と戦死して運ばれている者の姿があった、


 …………私はどうすればよかったの? どうすればいいの?


 後悔、嫌悪、悲嘆。自らの判断がもたらした言い逃れのできない結果がそこにはあった。

 あの時にああしていれば、こうしていればという『もしも』を考えては私が私を責めたてる。


 そんな私は表情に出ていたのかもしれない。ドラシール什隊長は笑みを見せてこういった。


「シルフ様、経験として『もしも』を考えるのは良い事です。ですが悲劇に心酔するためだけに『もしも』と後悔するのはやめなさい。結果はすべてであり現実であり評価です」

「…………」


 何も言えずに顔を俯けると、ドラシール什隊長はため息をついた。


「特別に教示しましょう。今、什隊長たるシルフ様がすべき事は顔を上げて胸を張り、付き従った兵に自信をもって勝利を誇り、讃え、労う事です」

「でも」

「貴方の気持ちなどどうでもいい」


 口調も変わった怒りのこもった鋭い語気に思わず顔をあげると、ドラシール什隊長は再び笑みをみせた。


「貴方の今の立場は何です?」

「……什隊長です」

「今、シルフ什隊長がすべき事は何ですか?」

「…………それは」


 什隊長として。その言葉を心の中で呟き、再び振り返って私たちに続く兵を眺める。そのときに見えたのは、悲劇に溺れていた時とばまた違う感覚であり、感情だった。

 そして、その感覚も感情もドラシール什隊長が言った事がそのものだった。


「おわかりいただけて何よりです。シルフ様はジャンヌ様のように……というのは無理そうですね。ですが、せめて作り笑顔を覚えるのをおすすめします。感情に愚直で健気な姿は時に従う兵を奮い立たせます」

「…………」


 何も言い返せなかった。

 自身の感情に任せて動いていた事は私自身がよく知り、感情に任せている時に周りが見えなくなるのも事実だったから。そして、ドラシールの言葉はそれをただ欠点と否定するのではなく、強みに転換するためのアドバイスだったから。


 同じ什隊長の地位でありながら、こんなにも大きな差がある。


 何も答えられずに黙る私にドラシール什隊長はため息をついた。


「ただ、初めてとあれば気持ちの整理として一つの答えは必要でしょう。これは今回の戦いで私がシルフ様ならどうしていたかです」

 少し間をあけ、考えた様子をみせたドラシール什隊長からの答え。


「私なら最初に指揮権を握って部隊長として率いていました」

「私は什隊長なのですよ?」

「では言葉を追加しましょう」


 ドラシール什隊長がなぜか声を大きくして言葉を続けた。


「ジャンヌ様はこうおっしゃいました。『明日の朝、世話をしていただいたテレイアー、ケーラー、パイスを護衛して確実にウガート城へ送り届けて欲しい。部隊はご令嬢の護衛として連合王国軍の三百を用意する』と。これは貴方に率いて欲しいという意味です」


 その言葉の意味に気づいて驚き、振り返ると顔をそらす二人の什隊長がいた。

 そして、ドラシール什隊長は言葉のトーンを戻す。


「シルフ様、人を信じるのは美徳です。ですが信じる言葉は選び、その意図を汲みなさい。第四騎士団に率いられる事を快く思わない者もいる、第四騎士団でも貴方を快く思わない者もいる。望む望まないに関わらず常に駆け引きと争いは起こっているのです。

 ジャンヌ様はその事を心配して什隊長に任命するにとどめ、什隊長しかいない中からシルフ様が頭角を見越したのでしょう。私には理解できませんが、なぜかジャンヌ様はシルフ様に期待しているようですから」


 …………期待している?


 その言葉の意味がわからず首をかしげるとドラシールはニヤリとした。


「この言葉を信じる信じないは自由です。私も陥れようとするその一人かもしれませんからね。それでは」


 そこまで私に伝えた所でウガート城門前に着き、ドラシールが手をあげると率いる五十名は一斉を動きを変え、ドラシールと共に隊を離脱して北上していった。

 その姿を見送りながら不意に気づく。


 …………あれ? どうしてジャンヌ様の言葉を知っているの?


 間接的に聞いたにしては一言一句同じだった言葉に疑問が残り、その答えはでないまま私たちはウガート城の門をくぐる。




 そして、市街地の広がる大通りぬけ、城門をくぐる。

 その広場には意外にも護衛していた馬車から出て待つテレイアー、ケーラー、パイス、それに側で控えるフランク什隊長以下兵たちが私たちを待っていた。

 私は急いで馬を降りてひざまずく。


「おもてをあげてください」


 テレイアーに言われるままに顔を上げる。

 姿勢正しく立ち、ゆったりとした丁寧さのある言葉遣いは庶民の世話役ではなく、下級貴族かそれらに類する人である事は確信に変わった。

 もっとも、ジャンヌ様の指示で荷馬車に加えて三百の護衛もつけている時点でわかってはいた事だけど。


「おかえりなさい」

「遅ればせながら、ただいま戻りました」


 お怪我はございませんか? という言葉は思いとどまる。

 すぐそばで控えるフランク什隊長がきちんと守っている事は明らかだったから。


「すべて貴方の言ったとおりになりましたね」

「襲い掛かる傭兵団を退けられたのは勇敢に戦った後ろにいる皆のおかげであり、戦いに集中できるようお三方を守ってくれたフランク什隊のおかげです」

「謙虚なのですね」


 心配してこの場に居るという事はドラシール隊を見ていた可能性も高い。

 第四騎士団の救援があったことをあえて触れなかったを言ったのかもしれない。


「ケガもしているようですが、シルフ様はお戻りになるのですか?」

「私は次の任務がございますので、すぐにソルト副団長のもとへ向かうつもりです」

「そのケガでですか? それに……」


 言われて気づく。

 強行軍で負傷した後の応急処置に加えて、今回の戦いで更に傷は増え、元あった傷も傷口が開いて出血している部分もあった事に。加えて、馬にも無理をさせた事で疲れているのは明らかだった。


「それは……」


 替えの馬を頼むべき? いやでも。


 そんな事を考え、言葉に詰まるともっとも歳の若いパイスが前に出た。


「私に少々治療の心得があります。既に日も暮れはじめた事ですし、馬も休めた方がいいでしょうから今晩だけこの城で身体を休めてはどうですか? もちろん、私が明日朝に出発できる事を保証しますし、ソルト副団長の率いる第四騎士団は王国復興軍の主力と共にいるはずですのでその場所も調べておきましょう」


 たしかに、私は王国の地に詳しくないし。急ぐならソルト副団長の部隊がどこにいるのか知っておきたい。

 でも、ただの什隊長個人の護衛に対してそこまで丁寧にしてくれる理由がわからないし、あまりにも願ったりかなったりな言葉は逆にコワい。


 これも駆け引き? 一応、ドラシール什隊長の忠告もあるし。


「ありがたいお話ですが、どうしてそこまで私に?」

「命を懸けて守ってくれた者に敬意をはらうのは当然の事です。それも、国が違いながら最善を尽くそうと指揮していた者であれば尚更に」


 その言葉に周りの様子に聞き耳をたてるけれど、誰も反論はなかった。


 誰も何も言わないのは気になるし先を急ぐ気持ちはあるけれど、ココで断るのも礼に失するか。

 それにソルト副団長が今ドコに居るのかは事前に知ってはおきたいし。


「それではお言葉に甘えさせていただきます」


 そもそも三人の中で最も若い彼女が世話役以外の何者かも知らないので、私自身、言葉遣いが王国相手に正しいのかはわからなかった。

 ただ、前に居る三人は気にする様子もなくパイスを先頭に私を手招きしてついくるようにという仕草をして歩み出す。

 私は立ち上がり、続こうとして立ち止まると振り返る。


「後はお任せしても大丈夫ですか」

「はい」


 ……あれ? 素直?


「ではよろしくお願いします。一緒に戦えてよかった」


 そう笑顔で返してから前を見るとフランク什隊長は変わらず顔でさっさと行けと指示し、既に距離ができていた三人の後を追いかける。

 そうやって辿り着いた場所は、城の片隅にある離れにも思えた屋敷と塔がある場所だった。しかも、そこにはまた門があり、守衛らしき兵のとそれ専用の建物まであった。

 そんな場所に顔だけ見てあっさりと入ると建物に入るなり私はそこで止められ、テレイアー、ケーラーが準備をしだす。そして案内された一室は意外にも簡素な応対用の部屋であった。


「どうぞおかけください」


 一番年少のパイスが三人で地位が一番上?


 そう考えるしかない状況の中で言われるままに席につくと、パイスはふぅっと息をはいて言った。


「こうしてお話するのは初めてですね。私の本当の名前はヘーラ、先代のウガート公の娘であり、現ウガート公を名乗るアンドラダイトとは……そうですね、腹違い姉。と言えば伝わりますか?」


 目の前でパイスと名乗っていた女は、なんと先代ウガート公爵のご令嬢だった。


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