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8-2

 夕暮れ時。

 進軍と違って足取りの軽い行軍は順調で、少し無理をして日暮れにはウガート城に戻れる。そんな、部隊長の朗報とも言える判断のもとで兵たちも軽快に足を進めて遠くからウガート城がようやく見えた時だった。


「後方より不明の集団を視認!」


 そんな緊張が走る叫びが後方から聞こえ、振り返る。

 馬上から見えた平原の先には馬に乗った集団らしき姿が遠くに見え、こちらへ向かっているようにみえた。


「何事ですか?」

「不明の集団が見えたとの事です」

「それって……」

「ご安心ください。この程度の数なら問題なく撃退できます」


 そう伝え、周りを見渡す。けれども城を目前にした襲撃に動揺し、戦闘の構えをしくどころかまったく身動きがとれていない。


 無理をした行軍の疲れ? それでも統率があまりにとれていない。


「部隊長は何を?」


 素早い判断を期待した声もない。


 待つべき?

 動くべき?

⇒ちょっと待って


 今すぐ行動すべきではある。けれどもこの部隊の大将は王国復興軍の部隊長なのだ。

 出過ぎた真似をすれば後々で揉め事の原因となるのは確実。ましてや、指示を待つべき什隊長の私が指示を受ける前から動く事は軍としても部隊長の面目を潰す事になる。

 それは、結果的に正しい行動であったとしても他に手段がなかった場合に限らないといけない。


「今、私がする事」


 ちらりと不安そうにする三人を見て、動揺する周りを見渡し決断する。


「馬車を守れ!」


 はっとしたように私を見る兵たちに言葉を続ける。


「戦う体制を整え、続く部隊長の指示を待て!」


 その言葉に続いて、馬車の周囲の守りを固め、部隊長からの指示を待つ兵たち。

 が、一人の馬に乗った兵が焦った様子で私の元へきて、次の瞬間に信じられない言葉を告げる。


「部隊長が……その、退却しました」


 退却? 退却しろという命令か。


 そう思ったけれども、その何とも言えない表情から指示とは違うように見えた。


「それは……いや、なんでもない」


 本能的に嫌な予感がして言葉を止める。

 馬車より先の光景を見れば、言葉にするまでもなくわかる事。そして、それを目にしてしまった以上に周りの兵に動揺が見て取れ、言葉にすれば瓦解するであろう先の展開は考えなくても想像がついたから。


「名前は?」

「什隊長のフランクです。家系は」

「申し訳ないが家柄の話までしている時間はない。フランク什隊長が兵と共にこの馬車を護衛し、無事に城まで退却してもらえないか?」

「シルフ様はいかがなさいますか?」

「私は後方の什隊長とその兵で足止めを試みてみる」

「無理です!そんな見た……」


 見た目で。そう言いたかったのはわかった。

 けれども怒っている場合などではなく、誰かが足止めしなければ城に辿り着く前に馬車の足では襲撃を受ける。そして、後退しながら戦うというのはよほどの兵の士気がなければ不可能に近い。王国再興軍を力を信じない訳ではないけれど、空気は既に私の先に退却してという言葉に目を輝かせるほどに危ういものであった。


「そんな答えは聞いていない。できるの、できないの?」

「……できる。我が家の誇りにかけて」


 彼を命令する立場ではない。兵を指揮できるほどの信頼関係もない。

 少なくとも、逃げずにこうして伝えにきたこの什隊長の言葉であれば私よりも上手く護衛できるように思えた。


「ならお願いします」


 頷き、兵たちに退却の指示を始めた彼の様子に「もう大丈夫です」と不安げに様子を見守っていた三人に笑顔を見せ、私は後方の什隊長のもとへと向かう。


「さて、どうしよう」


 問題はここから。見た目を指摘した彼も含めて、撃退しようと説得した所で誰もついてきてくれないだろう。

 単身で突撃してすべて倒せると思うのは傲慢で現実的じゃない。


「まずは敵かの判断が先だけれど」


 北側は共和国連邦。そこから来る援軍などあるとは考えにくく、声が聞こえ始めたことで、襲撃を意図している事はあきらか。

 唯一の救いは、指示を受けていない後方は什隊長の独断によってか縦列二段で戦う構えをしていた事だった。その中で指揮している年上の青年を見つけ、話しかける。


「私の名前はシルフ。これから目の前の集団に突撃をしかけたいのです。協力してもらえませんか」


 私の言葉に什隊長は目を向けて。


「お前は? あぁ、そういえば……」


 その言葉に第四騎士団から三人の護衛として現れた顔だと気づいてくれたらしい。


「それが部隊長の命令でないなら断る」


 断っている場合じゃないのだけれど。


 そう言葉に詰まっていると、前よりもう一人の什隊長らしき姿が見えた。


「部隊長からの命令か?」

「……いいえ。ですが私と」

「違うなら話は聞けない」


 そうです。と言えばよかった。


 話を聞いてくれるかもと持った期待はあっさりと潰え、嫌な予感の先に起こる事は現実へと変わっていく。

 馬車の護衛を任せたフランクの隊が城への後退を始めた事でそれに気づいた兵たちから動揺が出始めたのだ。


「な、戦わずに後退するのか!? 何を考えているんだ!」


 ココで話がまとまるまで馬車を待機させて守らせておくべきだったかも。


 判断の失敗を後悔したところで結果論だった。今さら部隊長が先に逃げましたと素直に説明しても什隊長の命令より先に兵が逃げてしまうような気もする。


 どうすれば? どうすれば……


 苛立った二人の什隊長を見て、第五騎士団でエースが新参の私にやたらつっかかっていた事を思い出し、彼らの冷たい対応も私のこの見た目と王国出身者でない事を蔑視しての事だと気づいた。そして、感情的に余裕がなく苛立っている。


 なら。


「失礼しました。王国軍の兵も武人の貴族も腰抜けばかりなのですね」

「なんだと!」

「第四騎士団の誇りにかけて私は一人でも戦いますし、生き残る事でしょう臆病者はどうぞ部隊長とご一緒にお逃げください。私の武勇伝としてよい話のネタとなりそうです」


 私は余裕の笑みを作り、単騎で前へと駆け出す。


 どうせ待ち構えた所でこの士気と数では崩壊するのだ。それなら挑発してでも士気を上げるしかない。加えて今の説明で部隊長だけ先に逃げたという報告も済んだ。

 そう清々したと後悔しながら進み、隊から前へ出た直後だった。


「バカにするな! 全隊前へ」

「全隊前へ! あの生いき小娘にバカにされたままでいいのか!」


 二人の部隊長が私の後ろに続く。

 きっと、私の小手先じみた挑発などわかったうえでの行動なのだろう。けれども、後方の百が立ち向かう決意をもった。


 目の前で馬に乗りながら剣を抜き、弩をかまえる敵へと突撃するには十分な数ではあった。


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