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「今のジャンヌ様に私のお気持ちを伝えししても、きっと困らせてしまうだけなのでしょう。だから私はこう申し上げます。
私は第四騎士団の設立当初から自らの意志でジャンヌ様のもとで仕え、望んでジャンヌ様に唯一の忠誠を誓い、個の命を捧げた身です。そして私にも矜持がございます。
もし、ジャンヌ様のお言葉の続きが私に去れという事でしたらこの剣で私をお斬りください」
リナはそういうと私にひざまずき、迷いもなく剣を差し出した。
……どうして?
リナの言うとおり、私は困惑するばかりでリナの気持ちが理解できなかった。
けれど、忠臣は二君に事つかえず、貞女は二夫を更あらためず、という言葉を私は知ってる。もしこの世界の騎士にも似たような考えがあるのだとしたら矜持とはその事を指しているのかもしれない。
「さぁ、ご意思を」
私自身、確かめる事から逃げている自覚はあった。
けれどもそれを確かめてしまえば最後、二度と今の関係は維持できなくなるかもしれない。何より、万に一つでも否定されてしまう事があれば私自身の心が二度と立ち直れない。
そして、仮に確かめて望んだ答えを得られたとしても、いろんな顔で立ち回れる優秀なリナが私の望む答えを言っただけだと信じる事ができないとわかっていた。
「リナの気持ちはわかった」
そして、リナのこの行為さえもならわしで片付けようとしている。そんな自分に吐き気がする。
私はこの世界の騎士のならわしに従い、剣を受け取り、くりりと返してリナに剣を返す。
今の関係をただ続けるための形式的なものとして。
「これでいい?」
「はい。ありがたき幸せ」
私が渡したのは今を生きただけの死刑宣告で、その先に幸せなんてないのに。
そんな私にリナは立ち上がるとニコリとほほ笑む。
「世界とは残酷なものです。理想を描いて行動しても、叶った現実は理想と程遠い事なんて当たり前にあります。
この第四騎士団を率いても、その勝利とその理想を得るための代償を避ける事ができません。ですが、それは戦争でも政でも変わらぬ事です。
そして、それは時に己が覚悟を持って相手を殺す戦争よりも、自覚もなく殺す政が残酷な時もある。
前者は自覚があり背負うべき覚悟が必要であり、後者は自らの手を汚さない故にその愚鈍な理想の為に民を殺している事さえ気づく事さえないから。
だからこそ、私たちは常に勝ち続けなければならないのです。
自らの行いを正当化するため。私が秘策をもって必ずやこの戦いでの勝利をつかんでみせましょう」
私はどう答えたらいいのかわからなかった。
実際に第四騎士団の作戦を立案し、指揮を行ってきたのがリナだったから。私が私自身にすら負け続けている間、リナは戦い続け、そしてこれまで勝ち続けてきた。
それだけ聞けばきっと普通の人であればリナを頼もしい存在と思え、信任できたのだろう。けれど、私には。
…………何を恐れているの?
負けを認める事を恐れている。そう映った。
だから私はこう答える。
「リナ、これより指揮は私がとります。あなたはその指示が円滑に行われるように補佐に努めない」
「しかし!」
「これは命令です」
私は負ける事には慣れている。罵られる事になれている。虐げられて当たり前の存在。
そんな私が負け戦で自ら指揮をとり、その責任をとって死ぬ。
私にとって生きてきた意味があるのすれば、このためだったのかもしれない。
どうせ人に嫌われ続けるつまらない人生。なら、リナの真意を知らないまま死ぬのも悪くない。それに。
「これより全軍で北上し、共和国連邦ビヘッジ国の国境を目指す」
「作戦の詳細をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ない。けれど、そこで彼らはそこで集まり私に一騎打ちを挑んでくる」
「どうしてそう思うのか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「被害を最小限にし、犠牲を嫌って大衆の前で目立つ。それが転生者の宿命だから」
リナはバカを見るような疑いの目で私を見ていた。
その気持ちはよくわかる。最前線で戦うなど、猪武者のする事。ましてや犠牲を減らすような立場の者はその為に後ろで指揮するのだ。一人では大勢に手なし。それを常識とするリナからすれば、魔王城を勇者一行だけ乗り込む物語ほどに私の言葉は理解できないに違いない。
そして、そんな呆れるリナに言葉を続ける。
「続いて命令を出すから、シルフィを呼んできて」
私はリナを生かす作戦を実行する。