7-7
「クリスだったら……」
今の私じゃ倒せない。その悔しさに歯を食いしばる。
気合、勇気、技術。ココまでたどり着いた私は間違いなく目の前の相手よりも勝っていたはずだった。それなのに、相手は特別な魔法を使い、特別なオートスキルという何一つ意味のわからない技によって倒す事ができない。
私にも神技があれば……
ズルい。その言葉で溢れそうな憤りは傲慢だと言い聞かせ、ココで感情に流されたら死ぬと気持ちを堪える。
そして体勢を立て直すと周囲を見渡し、城門が崩れた音で建物に潜んでいたらしい百余名ほどの兵の数を確認する。
「これは…………うん」
もはや前に向かって戦う事はただの自殺行為でしかない。
完全に手詰まりとなり、ただの一兵として何の価値もない立場で降伏するしかない。そう諦めかけた時だった。
「コロス」
人間離れした跳躍力で上から斬りかかる濃い紫色の鎧の男。
「なっ!?」
反射的に全身を使ってかわせたのは訓練の賜物だった。
濃い紫色の鎧の男は私に斬りかかろうとした味方であるはずの共和国連邦兵を斬り、その悲鳴を気にする様子もなく私の前に立った。そして、続けて振り回す一撃をかわして城門上から飛び降りる。
降りる視界からは映らなかったけれど、また起きた悲鳴からは何が起こっているかは容易に想像ついた。
「…………もしかして、周りが見えてない?」
普通に考えてたどり着いた結論。だから私はこのまま逃げても追いかけてくるであろう濃い紫色の鎧の男の動きを察し、あえて共和国連邦兵に向かって突っ込んだ。
「バカ! 来るな!」
その、恐怖に顔をゆがませながら罵る姿は私を倒す考えもないほど完全に浮足立ち、後ろから追いかけてくる鎧を確認しても問題ないほどだった。
もっとも、ずっと濃い紫色の鎧の男を見ていても感情が乱れるので、避ける事を最優先として逃げつつ動くこの行動は私にとってはむしろ好都合。
共和国連邦兵に紛れて姿が見えなくなれば攻撃も止むはず。元の姿に戻った時に反撃しよう。
そう考えた直後に、剣で薙ぎ払い私は転がり寸でかわし、事態がわからずに混乱して逃げ惑う共和国連邦兵に紛れてうまく建物の影に隠れた。そう思った直後だった。
今度は爆発音があちこちで鳴り響く。
「これは…………あれ? これはこれで……」
再び見渡せば武器すら捨てて外へ外へと逃げる共和国連邦兵。あちこちで破壊されていく出城。
成り行きとはいえ、単身突っ込んだ身としては十分というべき戦果ではあった。……私自身は何もしていない事を除けば。
「どうしよう」
もうココで逃げるべきか、無謀にも戦うべきか。
男として戦い、そう剣を強く握った時だった。
「死にに行くのかい?」
聞き覚えのある声に驚き振り返ると、そこに居たのはチャールズ部隊長だった。
しかも、単身でやってきたらしい彼は私を見て笑顔を向けていた。
「勝てないと知りながら、自分を騙して華々しく散る。それもまた男だね」
勝てない。その一言になけなしの意気込みは驚くほどあっさり霧散した。
「やっと気づいた。いや、気づいてはいた。かな? リナからの伝言だ。『どうせ死ぬ気でしょうから、生きていたらそれを止めて連れて帰ってきなさい』」
「…………え? あ、はい」
それ、私じゃなくてチャールズ部隊長に対してだよね。しかも立場的にはチャールズ部隊長の方が上なはずだよね。
「うん。命令の了承いただきました。二言はなしね」
「あ」
思わず呆気にとられた返事をして、承諾していた事に気づく。
「じゃあついて来て。これは命令だ」
言われるままに器用に瓦礫の中を隠れて走り抜け、壊れた城壁から場外へとスラスラと迷いなく出ると一緒に馬に乗ると走り出した。
そして、走り出す馬に乗りながら、先ほどまでいた出城を眺めると、そこからはさらに激しさを増した弾幕の光が見え、爆発音が響いた。
「……また失敗した」
「失敗? あ、倒せなかったって事か。いやぁ、よくあんな場所で生きていられたねぇ」
「どうして部隊長自ら助けに来てくれたのですか?」
「そりゃ、見た事もない光と爆発音。何が起こっているのか見たくもなるものだろ。まぁ、こんな性格が災いして部隊を率いるのは奇策で部隊長自ら先頭で戦うような戦いばかりだけどね」
その身の危険に晒してまで?
そんな私の見方とは違う次元の話をしているような気がした。
「じゃあ、この状況も?」
「もとより想定済みだしその為にリナが居て統率をとっている。ついでにいえば、もう一つの出城は燻したよ」
「燻した?」
その言葉が気になり見渡して見ると、北辺り方向から煙があがっていた。
そして、そちらの方からやって来る一隊の先頭にはリナ衛長がいて、打ち合わせたかのように合流して一言。
「さて、ここから本作戦の正念場です」
そうさらりと言ってのけた。