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7-3

 嫌な予感。

 もしそれが経験則なのだとしたら、南セトラ山でのアレク什隊長の予感が的中するのを目の当たりにし、今回はシャーロット衛長の神々についての話に続いてリナ衛長から策にはまったという話を聞いてしまったからなのかもしれない。


「…………知らなきゃよかったかも」


 今更そう思ったところで、一度聞いてしまった事は意識して忘れる事はできなかった。

 不安を払拭したくて休みにはいつも以上に稽古に励む。けれどわずかな時間では稽古に意味などなく、仮に忘れる事ができたところで何の解決にもなっていない事は私自身が一番よくわかっていた。


 あの時、あの二人を倒せていたら……


 何かが変わっていたのだろうか。

 そんな変える事のできない過去への思いを変えるために、早朝の稽古をしていたときだった。


「朝から精が出ますね」


 私の目でもわかるほどに疲れた様子のリナ衛長が私を見ていた。


 ……ジャンヌ様以外には興味なさそうなのに。


「動いてないと、その、不安で」

「私の話が騙されたと話した事が理由ですか?」

「それもありますが……」


 偶然でも話す場を得られたのは何かの縁かもしれない。

 そう思い、モヤモヤとした不安を晴らすようにシャーロット衛長との神々についての話を始めると不思議とすらすらと言葉がでていた。それはリナが中務衛長を務めるほどに聞き上手であったからのかもしれない。

 気づけば、シャーロット衛長の話だけではなく、南セトラ山での件やアレク什隊長の話もし、果ては送り出してくれたイリス様やクリスの事、その手紙の内容まで話していた。

 そして、一通りすべてを吐き出した所で我に返る。


「す、すみません! 早朝から長々と話てしまって」

「そうですね。もっと謝ってください。おかげでジャンヌ様の寝顔を眺める至福の時間がなくなってしまいました」


 ため息をつくリナ衛長


「ただ、有益な情報はたくさんいただきました。

 失敗の失敗に続く失敗だらけの経験を数多くして、致命的な失敗をしたならそれも運命だと諦めて帰ってきなさい。つまり、イリス様は、最初からこの戦いがシャーロットのいう神々を率いた共和国連邦との戦いで、ジャンヌ様が負ける。そういう予感があったのでしょう」

「それって……」

「残念ながらイリス様は予感を外しません。ただ、それでもシルフ様を送り込んだという事は、イリス様はジャンヌ様が率いる下でシルフ様を神を自称する方々と戦わせたかったのかもしれませんね。……ん? なるほど…………」


 リナ衛長は何を納得したのかわからない。何かを考えながらぶつぶつと独り言を呟き、私への興味はなくなかったとばかりにさっさと行ってしまった。


「…………何がなるほど?」


 結局、次の偶然はなく、その理由を聞くタイミングはなかった。





 数日後。事態は変わる事はなく準備が整うと数日分の食料を持った小荷駄隊と共に演説をする事もなく北方へと出発した。

 小荷駄隊を含めた兵士はおおよそ二千五百。一千の傭兵、一千の小荷駄隊を含む王国兵、そして第四騎士団の五百。世話役の三人も同行する部隊は人数こそそれなりの数ではあったもののその内容については不安を払拭できるものではない。

 そんな中、馬に乗り自ら先頭を進むジャンヌ様は虚ろな目でリナ衛長を見た。


「情報を」

「喜んで。私たち第四騎士団が五百、ガーネット王国再興軍と傭兵がおよそ二千となっています。その二千には小荷駄隊も含まれており、多めの見積もっても数日、追加の輜重も期待できないでしょう」

「そう。……陽動作戦と言った割には何をするにも中途半端そうね」

「数については致し方ない事かと。いかがなさいますか?」


 …………あれ?


 その様子に反してハッキリとした口調には傲慢さはなく、かといってやる気がないわけでもなければ興味ないとも違う。

 まるで人格が変わったかのように凛とした姿からは寒気を漂わせるジャンヌ様がいた。そんな普段とは違う彼女は行軍しながら考えこみ、頷く。


「リナ、地図はきちんと覚えている?」

「はい。必要があればすぐに用意致しますが?」

「リナがわかるならいらない。まず、私たちは王都ガーネット城に仕掛ける。信用できる兵士を二百、リナがすぐに動かせる状態にしておきなさい。次の指示は今晩だす」

「かしこまりました! ただ、その際にはシルフを連れてもよろしいですか?」


 ジャンヌ様は私をちらりと見てしばし考え込み、頷く。


「許す。私は大丈夫」

「ありがとうございます。光源の聖女様に栄光を」


 ……光源の聖女と呼ばれても嫌がらない?

 

 目の前でのやりとりは、昨日まで見た姿とはまるで真逆でジャンヌ様が進んで指示し、それに従うリナの姿。世話役の三人もその姿に驚き目を丸くして見ているほどだった。


 そんな様子の変化を感じながらも行軍は行われ、初日の日暮れ前。

 ウガート城を攻略するときの半分の速度でゆっくりと北へ行軍していた一行は、まだ日中で城からもそれほど離れていないにも関わらず、そこでジャンヌ様本隊百と、他二百人一部隊で分け始めた。

 そして、早々に野営の準備をしているとリナ衛長が私に声をかけた。


「ついてきなさい」


 リナ衛長によって用意された馬に乗り、言われるままについて行くと既に選抜されたらしい先頭の第四騎士団の二百の兵がリナ衛長の指示を待ち待機していた。そして、リナ衛長は私を後ろに控えさせたまま隊に話始める。


「この隊は能力重視の特別編成となります。部隊長は既にみなも知っているチャールズです」


 そう呼ばれて馬に乗ったまま現れたのはスクルト兄ほどの年齢の爽やかに見えた好青年だった。


「私は副部隊長として行動します。そしてシルフ、前に出なさい」

「はい」


 言われるままに前に出るが、周りからは何者から見る目は痛い。

 身長や見た目を揶揄する囁きからぐっと堪えていると、リナがため息をついた。


「この者は、第五部隊のイリス様より遣わされた勇者だ!」

「…………?」


 え? え? 何の話!?


 驚く私と周囲の者たち。それは当たり前で帝国において勇者という言葉はほとんど使われない。ましてや一介の兵に対して使う言葉でもない。


「そして、先の南セトラ山での戦いで共和国連邦から現れた神を自称する存在とも戦った生き残りで、シャーロットから団長を頼まれるほどの実力の持ち主でもある。こんな見た目で!」


 ……そこ強調するところ?


 好きでなったわけでもない見た目の話に不服の目を向けるが、リナ衛長はニヤリとした。


「ココで選ばれた者たちは団長の信頼も厚い私リナと、第四騎士団の兵部でも武勇の誉れ高いチャールズが率いた選りすぐりの精鋭部隊だと信じている。まさかこんな小娘に劣るなどとは微塵も考えていないが…………」


 リナ衛長がちらりと見渡し、すべての者がシルフを見定め睨む姿を見て頷く。


「この者に劣らない皆の活躍を期待している」


 そこには喝采はなかった。けれども静かで熱い闘志が私に向けられている事はひしひしと感じる。

 そんな視線に堪えかねてリナ衛長に小声で尋ねる。


「どうしてこのような事を?」

「南セトラ山の情報は私も得ています。そしてシルフは無力なくせに愚かなまでに勇気があります。圧倒的な力を前にしても怯まないあなたの愚かな虚勢を示し、せいぜい部隊の先頭で奮い立たせてください」

「それって」

「おめでとうございます。私はあなたの南セトラ山での雪辱を果たす力を与えましょう、そしてあなたは最初に神々を自称する者に立ち向かう我ら四士の中でも最弱の一番槍です」

「……四士?」

「今考えた私、チャールズ、シルフ様、あと一人は目の前に居る二百の兵の計四人です。四士とつけたのはなんかカッコウよさそうなノリです」


 雑っ! というか人数すら合わせる気ないよね! …………いや、でも私は精鋭二百人と並ぶ力と評価されている?


 真顔なリナ衛長からは和ませようという冗談か私を評価しての鼓舞なのかは読めない。

 その様子の解説を求めて思わずチャールズ部隊長に向かって目が合ったところで、彼は声をあげた。


「よし、みんな俺に続け!」


 解説は拒否されたらしい。真意はわからず部隊は本隊から離れて夜道を進みだした。

 そして、先頭はチャールズ部隊長、その後ろにリナ衛長となぜか私が続き、その後ろに兵が続く。その殺気と闘志に満ちた後ろからの視線から逃れたくて、リナ衛長に尋ねる。


「あの、ジャンヌ様は大丈夫でしょうか?」

「ジャンヌ様はおひとりの方が強い方です。問題ありません」


 ……ひとりの方が強い? ひとりでも強いの言い間違い?


「そうなのですね。あの、それで夜道の行軍は大丈夫なのですか?」

「ココの平野部では隠れる場所はなく獣も魔獣も殲滅されていてほぼいないです。そのかわりに数日もかからない距離に人々の暮らす城がたくさんあります。城の厳重な城壁については魔獣のいた頃の名残りにはなりますが」

「それは残念だ」


 話にチャールズ部隊長が加わる。


「あら、チャールズ部隊長は魔獣もお好きでしたか。シルフ、このチャールズ部隊長は同性愛者で動物好き、それなのに残酷な事が大好きなクソ野郎になります」

「へ、へぇ……」

「残酷てひどいなぁ。せめて愛情表現といってほしい」

「同性愛については帝国の法で禁止はしていませんので自由かと思います。が、殴る殺すが愛情表現と言われても私には理解できそうにないです」

「ハハハ、ジャンヌ様に拾われるまで私はそうやって愛されてきたのに酷い言い方だ。ちなみにシルフももう少し凛々しさがあれば私好みなんだけれどなぁ」


 背筋が寒くなるのを感じたのはチャールズが振り返った笑顔からなのかもしれない。

 けれど、夜道の行軍ではよくわからないし、幸いにして行軍中では何も起こるはずもない。


 そのまま部隊は東の橋を渡り、再び北上して夜も明けたところで見えた場所。


「ココから北東に見える大きな城塞都市が王都ガーネット。そして、今回攻め込むのはその西側の川沿いにある二つの出城です。さぁ、この欲望と憎悪に満ちた醜き平野に私たちが光を差し込みましょう」


 そうリナ衛長は私とチャールズ部隊長に初めての輝かしい笑顔を見せた。


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