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「名を名乗れ」
壮年の男性の言葉に皆の視線が一斉にジャンヌ様へと向かう。
「…………」
けれども、ジャンヌ様は一言も発しない。それどころか壮年の男性には目もくれずウガート公のご子息という幼い子どもをじっと見て、素養を見定めているのかもしれない。
そのジャンヌ様の態度もあってなのかもしれない。周囲も苛立った様子でジャンヌ様を見始め、空気も不穏になものになっていった。
…………どうして何も言わないの?
そうジャンヌ様に声をかけたい気持ちを堪える。
イリス様がアルフォンソ伯に話していた時にも私には気づけなかった駆け引きだった。言葉を発する発しないの違いはあったけれど、ジャンヌ様はハイドレンジアの旗を掲げる第四騎士団の団長。
何か意図があっての言動と考えるのべきであり、私が余計な言葉を発して台無しにする危険もあったから。
いったいどんな考えが?
私の位置からでは表情が見えず、無言のまま前を向くジャンヌ様の意図を伺う。
「聞こえなかったか? 名を名乗れと申している!」
「……………………」
「無視するとは無礼ではないか!」
何も答えないジャンヌ様に対し、ついに壮年の男性が怒りだした。
そんな今にも剣を抜かれて関係が破たんしそうな一触即発とも思えるピリピリとした殺気だった空気。
「…………」
それでもジャンヌ様は何も言わず、ただじっと見ているだけだった。
……わからない。ジャンヌ様が何を考えているのかまったくわからない。
このままでいいのかという迷いに、隣に居たソルト副団長の反応を見たところで目が合った。
そして、ソルト副団長が咳払いして動き出す。
「恐れながら申し上げるお許しをいただきたい」
ソルト副団長の言葉に壮年の男性が何かを言いかけ、大きく息を吐いて仕切り直した。
「……許そう。だが、事と次第によってはただでは済まさぬぞ」
壮年の男の言葉に対し、ソルト副団長は立ち上がる。
「私の名前はハイドレンジア騎士団副団長ソルトと申します。
我らハイドレンジア騎士団は帝国を代表してココにおります。また、貴殿も連合王国を代表してココに居ると認識しております。
そして、連合王国では男と女で役割が異なり異性がその場で介入するのを禁じているとか。加えて我らは貴殿のその地位も名も伺っておりません。相手に敬意を示すのであれば、先に相手がその地位と名を名乗るのを待ってから自らが名乗るのが我が国での礼儀。誤解により無礼に思われた部分については申し訳ございません、しかし、我が主の連合王国を尊重した敬意とご理解いただきたい」
ソルト副団長の言葉に壮年の男性は言葉に詰まり、何かを堪えるようにジャンヌ様を見る。
「それは本当か?」
「…………」
周囲の殺気だった空気すら気にする事もなく冷静とした振る舞いを続けるジャンヌ様がわずかに頷いたような気がした。
そして、しばし睨み続けた後、壮年の男性は大きく息を吐く。
「…………事情はあいわかった。たしかに我が主は主上から正式に公爵の地位を受けてはないし、貴男の話も事実であれば筋は通っている。それに、今はガーネット王国のために利害をこえて協力すべき時だ。お互いに仕切り直しをしようではないか」
「…………」
「我らに異存はございません」
お互いが主に確認をとらないまま壮年の男性とソルト副団長は頷きあう。
どうやら無事に決着したらしい。周りの見下した空気も消え、ピリピリとした空気がひいていくのがわかった。
「ではあらためて。和が主の名はアンドラダイト。ガーネット王国の建国後から代々ウガート公を継いでいる由緒ある家系だ。そして私は叔父にあたり名はヒブシュ。我らは王家の縁戚にあたり、此度は…………
そこからは礼と協力を求める形式的な話が行われ、その言葉に対してソルト副団長が答えるという挨拶とも言える内容だった。
そして、ジャンヌ様は話が終わっても一言も発する事はなく、そのまま退出すると連合王国の男性使用人に案内されながらリナ、シャーロット副部隊長の元へと急いで戻ろうとするかのように歩み出す。
危なっかしい話合いに思えた。けれど、お互いが代理を立て話し合う姿は結果的に上下をつけない対等関係を築いたような気もする。
……もしかして、ジャンヌ様はそのためにわざと?
ひどく疲れて憂鬱そうなジャンヌ様がどんな深謀遠慮しているかはわからない。ただ。
「……怖い、……嫌い」
と呟く、その様子は単に凄む男たちに囲まれ、ただ怯えていただけの普通の女のコなようにも見え。
……て、そんなわけないか。
浅はかな考えを伝えてイリス様にあっさり切り捨てられた事を思い出し、ジャンヌ様は団長だからとすぐにその考えを取り消した。




