6-1 転機、本日ハ晴天ナリ
「ここ、は?」
視界に映ったのは青一色の空だった。
それも真上にはない陽光と空の色合いからして朝のよう。
「…………」
……で、ここは?
動きたくない。でも、すぐに動かないといけない気がする。
鉛のように重く気だるい身体をなんとか起こして見渡す。
目の前には川を挟んで平野が広がり、後ろには遠くに山が見えた。
仮に今も生きているとしたら私は逃げ延びたのかもしれない。
「……たしか、敵陣も突破して山の麓に近づいた所で、ついに力尽きて、私は…………あれ、転んだ?」
て、それなら死んでるんじゃ?
もしもの覚悟を決めた後、一度深呼吸してから更に記憶の経過を進める。
「私は転んで、アレク什隊長たちは……そう、私を置いてそのまま行ってしまったんだ。それで、私は……? そう、後方から追いかけてきた敵兵から身を隠しながらも私は違う方向へと逃げて…………。そうだ、追いかけてきた敵兵は多くなかったからそのまま山で潜んで、夜になってから麓から歩いて……、暗く道もわからないまま歩いて川辺に辿り着いた所で……倒れた?」
ようやく今に至る記憶が繋がり生きている気がしてきた。
ただ、ようやく経緯を思い出しても生き延びた安堵はなく、心が無くなったような虚しさしかない。
「何もできなかった」
守りたくて、力を求めて努力をしてきたはずだった。必死に戦ったつもりだった。
それなのにド素人としか思えない動きをしたあの二人を倒せなかった。それも、事前にアクレ什隊長の懸念を聞いていたのに。
視線を落として気づく。
「私、ずっと剣を握っていたんだ……」
過去に剣を落としたときはイリス様に恥を知りなさいと言われた。でも、今回は恥知らずとならないで済んだらしい。
その剣も血にまみれ刃先もボロボロだ。
「もう使えないな」
ため息をつき、さらに気づく。
剣だけでなく、衣服も身体も血と汗と泥だらけのひどいものであった。
「これが……戦い? あんな戦いが?」
退却していた時の記憶は什隊がなぶり殺しにあっているかのような光景しか思い浮かばない。
何度も守られていたような気がする。それなのに私は誰も守れなかった。誰も……そう、誰も…………
「…………身体を、洗おう」
思い出す事に疲れ、考える事にも疲れた。
だから逃げるように服を着たまま川に入る。まだ冷たい水が熱くなるばかりな感情を冷やし、すべてを洗い流してくれているような気がした。
身をかがめると流れていく血と土の汚れ。……そして、ぼやけていく視界。
「あぁ、なんで…………」
二度とこんあ後悔をしたくなかったのに。
第五騎士団で努力をしてきたつもりだった。いつかイリス様の元で活躍できる力をつけているつもりだった。
じゃあ、この結果は? この状況は? この様は何だと言うの?
必死に堪えようとした感情が溢れていくのがわかった。心が、想いが、築いてきた何かが崩れていくのを感じる。
留まらないといけない。けれどももう止められない。
「悔しいよ……」
行動しても届かない。努力をしてもまだ届かない。最善を尽くしてもさらに届かない。
どうずればよかったのか。あと何年堪え、何十年努力を続ければいいのか。考えれば考えるほどに、あの二人の力が、イリス様の力が、クリスの力が欲しくて羨ましくて、妬ましくて…………
「私にもっと特別な力があれば……そう、私に天賦の才があれば…………」
天を眺め、心から願う。けれどもその願いが叶えられる事はなく、溢れる涙は止まらない。
「すべてが辛い、もう終わらせたい…………なら」
いっそうのことこのまま川の流れに身を任せてしまおうか。そうすればもう何も考えなくて済むのかも。
両親を失い、スクルト兄を失い、故郷を失い、第五騎士団に捨てられ、あげく第四騎士団で敗戦した。
私はやっぱり村で死んでいるべきだったんだ。なら今からでも…………
そう考えてしまうのも天の主神様の望みなら悪くないのかも、と視線を落として川を眺めたときだった。
「何をしているんだ?」
どこか聞き覚えのある無関心な声に驚き立ち上がって振り返る。そこに居たのはシャーロット衛長だった。
「もしかして、シルフか?」
同じく驚いた表情をしたシャーロット衛長は察しが悪いのか良いのか。その存在に気づいた時には浅瀬まで既に足をつけ、少しの迷いがあれば戻れるところで立っていた。
でもココは山の東側。そんな場所に彼女が目の前にいるはずがない。
これは、生きろという事? でも私は、私は……
「ごめんなさい。私……何もできなかった」
「そうか」
声は震え、涙が止まらない。感情に溺れて息もうまくできない。
それでも、私は言葉を続ける。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
退却時に見捨てた仲間に謝りながら、一歩、また一歩と私は前へと進む。
全身びしょ濡れなまま崩れ落ちるように抱きついたそんな私をシャーロット衛長は呆れながらも受けとめてくれた。
そして、触れた幻は鎧越しにもかかわらずなぜかとても温かく感じた。
……
…………
……
「夢じゃなかった…………」
「当たり前だ。そんな事よりしっかりつかまらないと落ちるぞ」
「はい。 うぅ……」
私はいたたまれなさに顔をあげられなかった。
その理由は夢だと思っていた出来事が現実だったから。
今はびしょ濡れの姿で馬に乗ったシャーロット衛長につかまっていた。彼女が単身でこんな場所に居るはずがなく、今は橋を目指して川沿いの道に連なる第四騎士団の部隊の列を最後尾から抜いて最前列へと向かっている最中だった。
そして、シャーロット衛長はその先頭を率いていたらしい。つまり、私がシャーロット衛長に泣き付く姿を行軍している多くの兵士が見ていた事になる。
「うぅ…………最悪だ」
「恥を感じる余裕があるならもう大丈夫そうだな。見かけて驚いたが、抱き着かれた時はさらに驚いたぞ」
痛い視線に加えてシャーロット衛長の笑う声が恨めしい。
けれど、延々と感情を吐き出した失敗が心を少しだけ軽くしたのも事実で、だから言い訳は諦めて話をそらそうと考え……ん?なぜシャーロット衛長のココに居るのだろう。
という出会った時の疑問に至った。
「あの、なぜシャーロット衛長がココに? というよりどうして第四騎士団がココに?」
「今さらだな」
フッとシャーロット衛長がまた笑う。が、次にはいつもの凛とした声となっていた。
「その前に今一度確認する。もう大丈夫。そう、思っていいんだな?」
もう大丈夫。その言葉にビクッと身体が震えた事に気づかれたかもしれない。
それでも私の心は決まっていた。
「大丈夫です。覚悟はしていましたから」
ただ、その覚悟が少し足りなかっただけの事。
「そうは見えなかったがな」
私の心を見透かしたような言葉だった。
だからこそシャーロット衛長が振り向き視線が合うとほほ笑む。
「汚れた全身を洗って身体が冷えていたので、きっと勘違いしたのですね」
私は私に嘘をつく。前を向き続けるために。
「…………そうだな。ココで挫けるようなら追い出してやろうと考えていたところだ」
ふぅっと大きく息を吐き前を向いたシャーロット衛長がどう思ったかわからない。
けれども私を今すぐ追い出す気はない事はとなんとなくわかった。




