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状況も何も飲み込めないまま私は少女を見て頷く。
「これではっきりしたでしょ。とりあえずさっさとその悪趣味な仮面をはずしなさい」
少女は満足げに「ふん」と胸を張り、対して仮面の人はがっくりと肩を落とした。
「うぅ、わかったよ……」
少女に促され、仮面を外したときに結びがとれたらしい黒い髪は風になびき、再び結び直そうとまとめているときに見えた顔立ちは隠す必要がないほど整っており、凛とした姿は男装の麗人だった。……この、シュールな光景さえなければ見惚れるほどに。
「やっと外したわね。それで、状況の報告をしなさい」
あ、血で服が汚れた件はどうでもいいんだ。
少女が見渡す先を見て我に返り、悲惨な光景が再び映る。そして思い出す。
…………ああ、うん、そうだった。私、落ち込んでいたんだった。
いや、このどん底の悲しみに暮れていた状況で見失ってた私も私でどうなの!?
泣きたくなるような悲しさと切なさと苛立ちに頭を抱える私に対して、黒髪の人と少女は気にする様子もなく話し始めた。
「もう出番はなさそう。生き残った村人は森の方に逃げ込んだみたい」
「そう。で、コレは何でまだココに?」
「ああ、うん。村をクリアして戻ろうとしていたところで井戸の前にいたんだ。たぶんどこかに隠れていたところを火の手があがって出てきたんだと思う」
「そのクリアって言い方やめなさいよ……、意味わかんないわ」
「じゃあ……安全確認を完了?」
「長い!」
「えぇ……」
「それにこの子に気づかず何が安全確認を完了よ。確認できてないじゃない」
「たしかに」
「やり直し! ……はもういいわ」
少女はため息をつき、家々を見渡した。その様子につられて私も村を見渡す。
村の家々についた火は勢いよく燃え広が続け、道も人が倒れて周囲を赤く染めていた。
「こうなる運命だったんだ」
こうなる運命? 私たちは何も悪いことなんてしていないのに?
黒髪の人の一言に心の底からわき上がる熱いものを感じて立ち上がる。
「あなたたちが、スクルト兄を殺したの?」
睨み殺せたら。この言葉で人を殺せたら。
ただただ怒りの勢いで言葉は自分でも驚くほどに冷静に問いかけていた。
「そう見える?」
問いかけるのは私がコワく見えないから? 武器を持っていないから?
襲われる心配すらしていない黒髪の人の余裕な態度が私をさらに苛立たせる。
睨み合い、沈黙が流れる中。
「……はぁ。面倒くさい。質問に対して質問で返すのは馬鹿っぽいわよ」
少女が重苦しい空気を台無しにした。
その一言に黒髪の人が少女に白い目を向ける。
「このコは真剣なんだよ。場の空気乱すのやめてくれませんかねぇ」
「だったらあなたこそ真面目に答えてあげなさいよ。正直に言えばいいだけでしょ」
「出会った状況が悪かったんだ。信じてもらえなさそうだしどうしたものかなと」
「まぁ、どう見てもあなたの場合は不審者だものね。当然の報いね」
「見た目は関係ないから! きっと出会ったときに私の側で倒れている村の人がこのコの知り合いなんだと思う。で、私が運命なんて言ったから怒った」
的確な推測をする黒髪の人の言葉に少女はため息をつく。
「ほんと人て面倒くさい……。それならもう殺したでいいじゃない。それでこの子があなたを殺せば復讐できて万事解決ね。めでたしめでたし」
「いや、全然めでたくないから。しかも私を殺しているよね! 解決もできていないよね!」
焦る様子もなく返答する騎士。
けれどもその間の抜けた会話に反して隙はまったく見えない。
「じゃあ、あなたがこの子を殺せばいいじゃない。これで無実の罪からは免れられるわね♪」
「いや、それ罪が事実になるだけだから! そもそも私は村の人を殺していないから!」
「ちゃんと言えるじゃない。信じてもらえなくても最初からそう言うべきなのよ」
その言葉に黒髪の人は眉が少し動き、少女を睨んだ。
対して、少女はしてやったりとにやにやしている。
「……」
「…………」
そして、少女と黒髪の人は沈黙すると隙を伺う私に同時に視線が向いた。
「何ボサッとしているの。あなたの番よ」
「……え? わ、私?」
なぜか二人は息ピッタリで頷く。私が何か言う番らしい。
いや、たしかに殺してないという答えはもらったけど……
茶番を見せられ完全に怒りに任せて殴りかかるタイミングは見失ってしまっていた。
もしかしたら本当に黒髪の人がスクルト兄を殺していないかもしれないし、そもそも村の人を殺していなかったのかもしれない。でも、それでも黒髪の人がスクルト兄が殺された事をこうなる運命で終わらせた言葉を許せるはずがない。
「そ、そうだとしても…………。許さない」
ただ睨む私に対して、少女はやれやれとため息をついた。
「なら、仕方ないわね」
そう言って私に近づと剣を引き抜き、身構える私に剣の柄の部分を向けた。
「剣を持ってなかったわね。それじゃ戦えないでしょ」
「…………?」
「ほら、さっさと受け取りなさい。恨みを晴らす絶好の機会よ」
「なっ!?」
思わず声を上げた黒髪の人と同じく私も驚く。
殺してもいいって。本気で言っているの? 先ほどまで親しげに話していたのに。
尚もほほ笑む少女は本気らしい。
「どうしたの? あなたの恨みは口だけ?……それとも、殺されるかもしれないと怖気づいた?」
少女は心の底から不思議そうにこちらを見て、ニヤリとした。
まるで私を試し、どうせできないと小バカにするように首を傾げた事に私は……
⇒「バカにしないで!」
「…………」
勢いに任せて剣をとった。
初めて手にした真剣はずっしりとした重みが事の大きさを表しているかの手にのしかかる。
「うんうん。口だけならで私が殺しているところだったかも。じゃあ、私が決闘の立会い人となるから。はじめなさい」
そんな不穏な言葉と唐突な合図とともに決闘が始まった。様子を伺っているのか無防備に立つ黒髪の人に私は斬りかかる。
お父さんは稽古の時に言っていた。自分より強い相手と対峙した場合、攻めを決して譲ってはいけない。そして。
剣を振り上げたところで黒髪の人の素早いカウンターをかわす。
「へぇ」
意外だったかのような声が少女から漏れた。
いける! 素人と油断した隙を一気に…………!?
けれど、次の動きに入れない。
「しまっ!」
慣れない剣の重みで動きが鈍ったと気づいたときには、その一瞬の間を察した黒髪の人の反撃が始まっっていた。
攻守交替とばかりに二撃目、三撃目と重く素早い攻撃がきて、堪えるために身構えればその分だけ動きがかたくなっていく。
……まずい。
そう感じたときには既に手遅れだった。
四撃目で剣はからめとられて弾かれ、黒髪の人が私の喉元に剣を突きつけた事で決着はついた。
……三年かけてこれかぁ。スクルト兄が連れていってくれなかったわけだ。
ただ勇者に憧れた努力の成果はこの結果が示していた。
「…………殺して」
結果に結びつかない努力がいかに無力か身にしみる。ただ、誰かのために仇を討とうと行動した事だけは私にとって唯一誇れる事なのかもしれない。
……そんな誇り、スクルト兄なら怒りそうだけど。
威勢だけの言葉に反して震える身体に思わず苦笑いしたときだった。
「殺す? まさか」
そう言って黒髪の人が喉元から剣を引いたのは。
「あら、残念ね」
少女は心底残念そうにため息をはき、弾きとばされた剣を拾うと私のもとに近づき冷ややかに見下しながらほほ笑んだ。
「どう、気はすんだ?」
「…………はい。……いいえ」
「そりゃそうよね」
煮え切らない私の返事に少女はため息をつき、黒髪の人を睨んだ。
「これに反省したら安易に運命なんて言わない事ね。ほら、まずは謝りなさい」
「すまないと思っている」
「ご・め・ん・な・さ・い、でしょ!」
「…………ごめなさい」
……本気で申し訳なさそうにしている。なら、私は何のために戦ったのだろう。
「なんで……なんで…………」
負けた悔しさか、殺されなかった安堵か、それとも他の理由なのか。溢れ出る涙を抑える事ができなかった。
そして、そんな私を見下し楽しそうに少女が笑う姿はこの時ばかりは女神の顔をした魔女にしか見えなかった。