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5-1 南セトラ山攻防戦 二

 そんな慌ただしい作業もようやくひと段落した時にはもう日暮れ前。

 砦の部隊長が居る砦奥には既に帝国の旗とハイドレンジアの花が大きく描かれた第四騎士団の旗と共に、第四の部隊を指す四つのハイドレンジアが描かれた旗も掲げられていた。

 今は砦の守り、砦内部の運搬整備、篝火かがりびや炊事の準備、再編等慌ただしく動いている。


「小娘、この砦をどう思う?」


 どうって……?


 と、考える前に今更になってしまったけれど伝えるべき事を言う。


「私は小娘ではありません。シルフという名があります」

「わかったわかった。で、どう思うんだ? 小娘」


 まったくわかってない!


 と言うのは諦めてあらためて見渡す。かつてや山全体が砦だったらしいこの場所も今は山頂のみの小さな砦。北側の山頂らしき広場にある本陣のある小屋みたいな平屋と物見櫓しかなく、申し訳程度の門に城壁もない低い土塁と堀。

 そこから門をくぐると土橋と左右の堀に区切られた南側はこうして大きな広場となっている。そして、そこも周りを柵もない土塁と、と縦状の堀を伴った斜面で守られ、通路が東西に一つずつ門があるのみ。

 一千人もいれば混雑してしまいそうなこの小さな砦は第四、第五の部隊が合流した事で場所の既に空きに余裕はなく、一部は砦外西側の山中広場跡で陣取っているのだとか。


 ……ん? じゃあ、ジャンヌ様の居る本隊や第一から第三の部隊はドコに? …………じゃなかった。


 思考が脱線したのを戻し、アレク什隊長の質問に答える。


「守りやすい造りにはなっていますが備えが不足していて守るには不向きに感じます」


 整備不足な斜面は簡単に登れ、あっさりと土塁の上に登れた。登ってしまえば白兵戦となり砦もすぐに落ちた。その事を思い出しながら答える。


「なるほど。そう見えるのか」


 違うの?


 不思議に思ってアレク什隊長を見るけれど、何を考えているのかわからない。

 自分の考えを疑ってみると、たしかにそんな守りにくい砦を占拠しようと共和国連邦と帝国の第四騎士団が取り合いをしているというのもおかしな話に思えてきた。


「なぁ、共和国連邦……いや、砦を守っていたビヘッジ国の連中はどうだった?」

「どうって……」


 再び目を閉じ考え思い出す。


 砦の奪還ははじめてでかつ戦っていた時はただただ必死だった。ただ、他もそれほど時間もかからず土塁を登り、部隊が砦を落とした事を考えれば強いとはいえないように思える。

 ただ、先ほどの質問からの答えから私の見ている光景とアレク什隊長の見ている光景が違うような気もする。


「それは、何と比べてでしょうか?」


 質問に対して質問はあまり賢い聞き方ではなかったかもしれない。

 ただ、それでも見当違いな回答をするよりまっしだと思ったから。


「ほう」


 アレク什隊長は私を見て頷く。


「たしかにそのとおりだ。では聞き方を変えよう」


 そして、今度はなぜか声を低くし、睨むような目で尋ねてきた。


「コイツらが連合王国を圧倒し、先行していた第五部隊からも砦を奪えるほどに強かったと思うか?」


 連合王国の強さは知らない。第四騎士団の第五部隊の強さも知らない。

 ただ、その問いに対してなら明確に答える事ができた。


「そんな強さはなかったと思います」

「なぜそう思う?」

「アレク什隊長の助けもありましたが、私でもあっさりと土塁を登り戦えたからです」

「では、それをどう捉える?」


 連合王国や、第五部隊がさらに弱い……なんてあり得るのだろうか?

 それ意外に理由があるとすれば……、第五部隊から砦を奪った部隊は他に居て、私たちが攻める時にはその部隊は入れ違いで他の場所に移動した?


 そんな考えが今になってよぎった。けれども、それを尋ねた意図がよくわからない。


「……どうしてそんな事を聞くのですか?」

「お前が考えついた事が今の俺たちにとって最も警戒すべき事だからだ。そして往々にして俺の悪い予感は当たる」


 その言葉に驚き慌てて尋ねる。


「な、なら急いで部隊長に知らせた方がいいのでは!」

「うろたえるなバカ者。俺よりも優秀だから部隊長になんだ。おそらく部隊長は既に気づいている。そのうえで第五部隊を吸収して、こうして守りを固めているんだ」

「つまり、ココに籠る事に勝算があるという事ですか?」

「さあな」

「さあなって……」


 私にはそれでどうして落ち着いていられるのか理解できなかった。


「ただ、いずれにせよ今は気を抜かずに警戒しておけ。そして、独断で行動せず俺の命令に必ず従え。わかったか」


 その語気を強めた気迫に、私は無言で頷く。


 そして、次の瞬間にはアレク什隊長は何事もなかったような表情でニヤリとし、あとは何事もなかったかのように周りの部下らしき兵士たちと陽気に話しはじめた。

 話を聞いていた什隊たちも何事もなかったように談笑をはじめ、一緒に警備の任に従事する。




 私たちは砦の南端に配備され、交代で仮眠の休憩を挟みつつ警戒をしてからどれくらいの時間が経ったのだろう。

 途中、一度だけ部隊長から什隊長の招集がかけられ何やら話していたらしいものの、その内容についてアレク什隊長は何も言わなかった。そして、警戒の時間も休憩の時間も何も起こらなかった。


 そんな長い夜からようやく陽光が射し、混雑した砦内での少し早い簡素な食事も終えて再び警戒へと入ろうと什隊が入れ替わろうとしていた時の事。その時は前触れもなく突然の悲鳴によって始まった。

 驚きに視線を向けると東門で騒ぎが起こっているようにもみえ、砦には敵襲と叫ぶ声が響く。


 敵襲? なら……


 指示を仰ぐようアレク什隊長を見る。


「やはり来たか。だが……」


 アレク什隊長が何を言おうとしたのかはわからない。

 が、私の視線に気づいてニカッと笑うなり指示を出し始めた。


「野郎共! 戦闘態勢をとれ! 東門は陽動だ。敵は外から射かけてくるぞ!」


 皆が意気揚々と返事をし、私も周りと同じ様に準備をして剣を持った直後だった。


「小娘。お前は指示するまで傍に居ろ。流れ矢であっさり死なれたらカーラに合わせる顔がない」


 気づかいなどではなく、単純に新入りな私が邪魔という意味という事にはすぐに気づいた。

 ただ、私は何も言い返せない。先ほどの砦の戦いでもアレク什隊長に助けを借りながら結果であり、その結果もチャンスを活かせなかったから。


 まだ力が足りない。


「わかりました」


 その悔しさに手を強く握って堪える。

 が、そんな私にアレク什隊長は頭をポンポンとした。


「そう生き急ぐな。戦いは始まっているのだから嫌でもすぐに戦う事になる」


 慰めにも聞こえたアレク什隊長の言葉はただの事実だった。

 その言葉の直後、砦内部に矢が降り注ぐ。砦内に人が多く居た事もあって、悲鳴があちこちから聞こえた。


 ただ、敵からの矢の攻撃は最初だけ。アレク什隊長の予想どおりすぐに斜面から土塁を登ろうとする共和国連邦の兵士が斜面を登り、土塁を登ろうと押し寄せてきた。

 対して騎士団の槍兵が既に横並びで構えて迎え撃ち、弓兵もその後ろから矢の雨を降らせる守りに徹していた。私を含めた数名はその間で待機し、アレク什隊長もそこに居た。


「私たちは何をすれば?」

「剣で槍の隙間を抜けてきた兵を押し返せ。とりあえず土塁から落とせばそれでいい」


 同じく待機していた者は既に理解しているらしく、アレク什隊長の指示に従いながら敵に剣先で突き土塁から落としていく。


 防戦では倒すよりも押し返す事の方が重要のようだった。ただ、戦い方の違いに気づけるようにはなったものの、金属音や怒号、悲鳴があちこちから響き、周りを見渡す余裕はない。

 斬られそうになったり突き刺されそうになる危うい場面も何度もあった。


 それでも勢いのあった第一波を退ける事には成功したらしく、私もひと息つける程度には周りを見渡せるようになったところでアレク什隊長の様子に気づく。。


「……おかしい」


 アレク什隊長が呟き東門を向いた直後だった。東門から爆音と共に強烈な風が吹く。


 その大きな音に思わず驚き私も東門の方向を見ると、そこにあったはずの東門はなくなり周囲には騎士団の兵倒れ込んでいた。

 そして、そこからたった二人の共和国軍の兵らしき男女がゆっくりと姿を現す。


 何が起こった?


 ただ、その自問はすぐに答えが出た。

 その二人には見覚えのある紫色の霧が薄っすらと漂うのが見えたから。


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