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南セトラ山。山には天山と山の二種類あり、天山は行軍不可、山は整備された道なら行軍で越える事もできる程度の山とされているらしい。
そして、南セトラ山は神話の時代に人々が東から迫る神々の兵を迎え撃つための要所として、山全体が砦としても使われていた事もあったらしい。
そのためなのか、雑木林となった今でも砦を守る兵士が使っていたであろう道は今も残っており、山頂の本丸部分にいたっては木々はなく整備された土塁と古めかしい物見櫓が残っている。そして、そこからは第四騎士団の駐屯する村も、東に広がる平野の共和国連邦のビヘッジ国も、連合王国の地までも見渡せるのだとか。
「副隊長のジョシュアだ」
そう名乗った大きな男がそう詳しく話してくれた。
まぁ、実際にはおしゃべりな副隊長を押し付けられただけかもしれないけれど。
そう思うほどにジョシュアはおしゃべりで、山登りの行軍中、どうしてそんな事を知っているのかという話をずっと聞きながら山道を登っていた。
ただ、いくら砦用として整備された道であろうが武器や防具を身に着けて斜面を登れば体力は消費するし息もあがる。
「だらしねぇなぁ」
そう言ったアレク什隊長もそれほど余裕があるようには見えない。
途中、何度か小休憩を挟みながらの列をなした行軍は什隊単位で進み、一度、先頭で先行していた第五部隊の一部を加えた所で大きな休憩を挟んでさらに進む。
「いつ頃山頂に到着するんですか?」
「知らんがそれほど大きくないから日暮れ前になりそうだな。まぁ、急がれてもついていけないが」
たしかに。
そう思いながら眺める山頂は物静かで戦う音は聞こえない。
急ぐ必要もないかと思いながら、どれくらい登っただろう。再び見えない山頂を見上げた時だった。
「伝令! 各隊、戦闘準備! 左右に広がり待機せよ!」
駆け下りていく一騎の者からの掛け声にアレク什隊長は私たち見渡した。
「野郎ども、ついてこい!」
言われるままに山道を外れ、機敏に動いて他の什隊と並び始める。
山頂は既に共和国連邦のビヘッジ国に占拠されている。その動きと緊張感からそう察するには十分だった。
「野郎共、今のうちに戦えるだけの息は整えておけ。始まれば休む間もないぞ!」
いよいよ始まる。……思えばこうして戦うのは初めてかも。
今さらながらに気づいて緊張しながら構える。が。
「小娘は俺の後ろに立て」
「え? でも」
アレク什隊長の無慈悲な言葉に戸惑う。
「これは一対一の戦いじゃない。その小柄な身体では返って後続の邪魔になる。それより俺が居るという目印となって前の大男を矢盾代わりにして戦え。お前の見た目は目立つからな」
その言葉に見渡すと、たしかに鎖帷子の周りに対して通常の服なままの私は目立っていた。
「そういう事だ。心配せずともチャンスは用意してやる。そこで力を見せろ」
その言葉を信じて命令に従う。逆らう者の末路はイリス様の時に学んでいたから。
そして、アレク什隊長の後ろについた所で満足げに頷かれ、囁かれた。
「いいか。ココはまだ林となっているが、少しすれば視界は開けて砦が見える。斜面に縦状の堀が見え、その堀部分から登って更に敵兵の待ち構える土塁をとる。それが俺たちのする事だ」
「え?」
なぜそんな事を知っているのかと、驚きにアレス什隊長の顔を見る。
「ジョシュアの情報だ」
思わず納得して頷くと苦笑いされてしまった。
「そこで作戦だ。視界が開ければ待ち構えていた敵から矢の雨が降り注ぐ。最前線は狙撃されるだろうから小柄なお前がその隙を突き、周りを盾ににして一気に土塁を登って斬り込め。そうすれば短期戦となり、勝機も見えてくる」
「そんな大役を私に?」
「なんだ、怖じ気づいたか?」
八ッと我に返って首を横に振る。
「望む所です!」
「その意気だ。それに、土塁を登る方法は周りも考えている事だ。もちろん最前列にいる奴もな。だからチャンスがきたら必ずつかめ。それが俺との約束だ」
「はい!」
返事をした時、気づけば周りはこちらに聞き耳をたて、ニマニマされていた。
どうやら前の人たちからして場を和ませるのに利用されたらしい。その悔しさに手を強く握り、剣を引き抜き身構える。
絶対、チャンスを掴んでやる!
息を整え、胸が熱くなるのを感じながら身構える。そして。
遠くから響く声に合わせて突撃の合図が鳴る。
「突撃!」
各什長も突撃と叫ぶと同時に一斉に駆け出す。
「転ぶなよ!」
「バカにしないでください!」
私の言葉に「そのイキだ」とアレク什隊長は笑い、後は前だけを見ていた。
そして山の木々から抜けた直後に夕焼けと共に見えたもの。
それは目の前には説明どおりに縦状に連なる堀とその先に土塁が構えられ、そこから既に待ち構えていた敵弓兵が矢で狙う光景だった。
「な!?」
「怯むな! 進め!!」
アレク什隊長の声に我に返り、前に続く兵たちに続いて前に進もうとする。
が、竪堀によって左右に避ける事ができず、あちこちから怒号と共に悲鳴があがる。
「前だけを見ろ!」
目の前で叫ぶアレク什長の声さえ遠く感じるほどに声や悲鳴が飛び交う。そんな中を必死に、堀の合間を登り、ただひたすらに後ろをついていく。
左右がどうなっているのかわからず矢で狙われたら避ける事もままならない。そんな中を怯える余裕もないままがむしゃらに走り、何人かも負傷者の横を通り抜けた先で、アレクが振り返る。
「小娘!今だ!」
「はい」
そういうなりアレクは両手で片足をよこせとしゃがみ込む。目の前には斜面となった土塁があり、そこから一気に持ち上げるつもりらしい。
既に登ろうとしている兵たちが矢の的や槍の餌食となっていてとても登り切れそうにない。が。
⇒やる!
バカになれ!
ココで考えてしまえばきっと前に進めなくなる。
瞬時にそう判断し、アレクの両手に片足を乗せる。
「行くぞ!」
その言葉と共に地面を蹴りあげ、それを合図にアレクが一気に身体を持ち上げる。そして、土塁に足を着けて上を向き、続けざまに持ち上げたアレクの両手を蹴り上げた直後だった。
シュッ!
私に向けられたらしい槍を寸でかわすとその槍を握り、引っ張って槍兵を落として入れ替わる。
登れた!
チャンスを掴んだという余韻浸る余裕もなく。呆気にとられたすぐ横で矢を番えている最中だった弓兵に剣で斬りかかる。
その刹那、悲鳴と共に血しぶきがかかった。がそんな些細な事を気にする余裕もはやりなく、目に見える癖を斬り、突き落としていく。
そして、ようやく剣を振れるほどの幅ができた所で次々と押し返そうと前から迫りくるくる敵兵。
目に映るは敵、敵、敵。
集中する殺気に身体が震えるのを感じて、足を動かす。
考えちゃだめだ!
土塁の上を左へと駆け出し、こちらに得手を向けようとした弓兵と槍兵に絞って剣で斬りかかる。
構えの浅い一撃では敵兵の鎖帷子を砕くには至らない。けれど、考えをふっきるには十分だった。浮足立った敵を蹴りとばし、土塁の上から砦の内側外側問わず落とす。
「一、二……」
数を数え、目の前の相手に集中する。
二人を落としても、また前にいる次の敵兵と目が合う。
「三、……四、五」
いける!
そう思った直後だった。
落とした兵の後ろで待ち構えていた敵兵振った槍が脇腹に直撃する。
「ウっ!?」
とっさに両手を使って剣で和らげようとしたものの、刃先で斬られないようにするのが限界で、そこでバランスを崩して砦外の竪堀へと投げ出された。
「しまっ」
呻き声を上げながらも受け身を取り、飛ばされた流れに逆らわないよう転がる。
ただ、運はまだ尽きていないようで、落ちて転がった場所には幸い矢も槍なく刺さらずに済んだ。
が、それで安心している余裕はない。
「邪魔だ! どけ!」
視界がぐらつきながらも立ち上がって振り返ると、いかつい顔をした同じハチマキをした兵が私を睨んでいた。
「あ、ごめんなさい」
「ふん!」
邪魔していると察してすかさず避けると、苛立った様子の男に続いて急ぐように続々と兵が目の前を通っていく。
……もしかして、わざと止まってくれた?
もし彼が立ち止まってくれていなければ踏まれ蹴られていたであろう事にゾッとしながら、先ほどまで居た土塁の方に目を向ける。
そこにはココぞとばかりに土塁の上で味方の兵たちが登る足場を作り、どんどんと砦の中へと侵入していっているようだった。砦側からの矢も少なくなっており、他の場所でも同じような光景が起こりつつある。
「これが、戦い…………?」
矢流れが逆になっているモノがあるのに気づいて後ろを見ると、味方の弓兵が防壁もない土塁の上で迎撃している敵兵を狙撃している姿もあった。
駆け抜け、必死に戦っている時には見えなかったものが今になって見えてくる。
この戦いに私が想像していた一人の存在で戦況を変えるような戦いではなかった。殺らなければ殺られる。守るべき村のために前に進む味方の兵と、必死に砦を守るために戦う敵兵の姿。
そして、そのどこもかしくも怒号や悲鳴があがり、矢が飛び、剣を交える音が響いていた。




