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4-1 南セトラ山攻防戦

 村に鐘の音が鳴り、その音とともに慌ただしくなる周囲の人たち。

 そんな彼ら彼女らに目もくれずに向かった先は民部。そこにはちょうど屋敷の方へ向かおうとするシャーロット衛長の姿があった。


「シャーロット衛長!」


 私の声にちらりと振り返るも衛長は歩みは止めない。

 それだけ屋敷へと急いでいる。そう察して走ってなんとか追いつく。


「衛長!」

「何度も呼ばなくてもわかっている。この鐘は騎士団の第二緊急招集を呼びかけるもので、兵部は招集へ、それ以外は関所に避難する事になっている。シルフも荷物をまとめて関所へ逃げなさい」

「いいえ! 私も戦います!」


 私の言葉にシャーロット衛長は立ち止ると振り返り、ようやく私の目を見た。


「……そういえばすべてを守りたいと言っていたっけ」

「はい。それにシャーロット衛長からも団長を目指せと言われました。なら私は最短の道を選ぶべきです」


 シャーロット衛長はまじまじと私の目を見て、大きく息を吐いた。


「たしかにそう煽った私にも責任はあるか。わかった。なら兵部へ向かいなさい。ココから大通りに戻って東側に進んで行けばすぐだし、シルフなら顔見知りも多いだろうからなんとかなるでしょ。リネアには私から言っておくから存分に戦ってきなさい」

「ありがとうございます!」


 衛長からの許可を得て、兵部の建物へと急ぐ。

 兵部は敷地の多くが広場になっているらしい。門の先には既に多くの人がいて、鎧や鎖帷子を装備した者から剣ひとつでという者までたくさん集まってきていた。玉石混淆ともいうべき光景はイリス様の頃に見て知っていた騎士団とはかけ離れたものでその事に驚きながらも入ろうとすると。


「おい、そこの小娘」


 そう門前の兵士に呼び止められた。


「騎士団の……、いや傭兵か? それにしては?」


 露骨に嫌そうな顔をしている様子から、兵士として見てもらえていない事はなんとなくわかった。

 けれどココで挫けるわけにはいかない。


「私は第四騎士団の民部の兵士です。シャーロット衛長から許可を得て加わりに来ました」

「民部から? なんでわざわざ?」


 なぜか余計に疑われているような気もするけど、まじまじと私を見て「いや待てよ」と呟く。

 そして、「少し待て」と言われ、片隅で他の者が通過しているのを眺めて待っているとほどななくして鎖帷子と鉄兜に身を包んだ強面の男を連れて戻って来た。

 そして、強面の男は私をまじまじと見て……ニカッと笑う。


「おぉ、民部の小娘じゃないか」

「……はじめまして?」

「なんだ、やはり知っているか。なら後は任せた」

「おう」

「まぁ俺なら追い返すがな」


 まったく笑えない言葉に笑い合う二人。


 とはいえ門前払いされなかっただけまっしかもしれない。うん、きっとそう。


 そう前向きに考える事にして、強面の男の後ろを歩いてついていく。


「……小娘、俺に何か言う事があるだろう」

「ありがとうございます」


 素直に感謝の言葉を告げるとなぜか急に振り返り私を見た。


「なるほど、その様子だと俺が忘れてそうだな」

「すみません」

「まぁいい、それにこの姿じゃわかりにくいか。ほら、民部で会った什隊長のアレクだ」


 ……誰だっけ? 


 民部で剣技やら必殺技を見せに来た人たちを順に遡って思い出そうとしていると一番最初に出会ってシャーロット衛長に倒された男を思い出した。

 なかなか思い出せなかったのはきっと新しい事ばかりの仕事の日々に忙しかったせいに違いない。


「あぁ、あの時の」

「そう、あの時の! て、あの時じゃ俺がわかんねえよ!」

「戦う前にシャーロット衛長に倒された人ですね」

「嫌な覚え方してんじゃねぇよ! そうだよ!合っているよ! ……まぁいいや。で、用件はなんだ?」


 もしかして、この見た目に対して意外といい人かも?


 そのノリとメリハリの良さに少しだけ安心して素直に話す。


「この戦いに参加しに来ました」

「小娘が……?」


 疑うような眼差しで私をまじまじと眺め、ため息をつく。


「その目は本気のようだな」

「はい」


 すごい、目でわかるんだ。

 

 驚き頷く私にアレク什隊長はニカッとした。


「まぁ、目を見ただけでは何もわからないがな。ただ、そう望むなら特別に俺の隊に入れてやる。本来なら他の傭兵たちや開拓兵に混ぜられる所だが、その容姿と真っ直ぐな性格ではロクな目にあいそうにないしな。ついてこい」


 どういう意味なんだろう?


 言われるままにアレク什隊長の隊へと入れられ、帝国旗と同じハチマキを渡され頭に結ぶと東側の門を出て整列する。

 隊はほとんど男で小柄な私からは見上げるほど体格の良い人たちばかり。しかも鎖帷子に身を包んでおり、鎧もない剣だけの私はどう見ても浮いていた。

 ただ、すべての兵が万全の装備をしているのかといえばそうでもなく、整列しているこの集団とは反対側にいる集団の方はまるで装備もバラバラで、おそらく彼らが傭兵らしい。


 そんなイリス様の時に眺めていた檀上からの景色を思い起こしていると、しばらくしてその檀上から旗を掲げた兵士を従えて六人の部隊長らしき者たちが立った。

 が、そこには第四騎士団の団長であるはずのジャンヌ様は見つからない。


 あれ? ジャンヌ様は?


 そう探してみるけれども見つからず、唯一の紅一点は銀色の鎧に身を包んだリナ衛長が立っているだけ。

 その事が気になっていると、六人の中から一人が一歩前に出る。


「我が名は兵部衛長ソルト。団長の指令を受け、私がココ(・・)を指揮する。敵は共和国連邦のビヘッジ国を中心とする軍勢であり、既に侵攻を開始している。そして、東北東の山間よりココに攻め込み、関所を狙うものと思われる。


 だが、敵の思い通りなどにはさせん!

 

 我々第四騎士団は東の南セトラ山を先に辿り着き迎え撃つ。帝国第四騎士団の威信を世界に知らしめ、栄光を我らが手にするのだ!」


 ……南セトラ山?


 思わず東を眺めたところで歓声があがる。


「今回の部隊は一から五までとする。既に各部隊長と什隊長に一から五のどれに所属するかは伝達済みであり、第五部隊については先行して行動に移している。他各部隊も速やかに編成を終え、作戦通りに行動するように」


 話の内容はおおよそ士気の鼓舞と必要事項の伝達のようだった。

 そんな言葉の後、檀上から兵部衛長ソルトらの姿が消えると周囲が慌ただしく動き出す。


「小娘、なにぼんやりしている。迷子になるぞ」

「え? あっ」


 小柄な私がはぐれないようになのかアレク什隊長に手を引かれて移動した先は四つのハイドレンジアの花が描かれた旗の場所だった。そこに人が集まった所で馬に乗った部隊長らしき者が声をあげる


「私は第四部隊長のジェイクだ。我々は既に先行している第五部隊に続き南セトラ山を目指す。途中、第五部隊の脱落者がいた場合はその者たちも連れながら行軍し、既に南セトラ山の山頂を守っているであろう第五部隊に加わる。我らは敵主力を迎え撃つ主力の部隊であり、我らの勝利はそのまま今回の戦いの勝利に繋がる。選ばれた精鋭のつわものたちの勇気に期待する」


 イリス様や先ほどのソルト衛長ほどには高揚する言葉はなく、淡々とした口調だった。けれど、先に起こる事も意図もわかりやすいものでもあった。

 自分たちこそが戦いを決定づける主力の部隊。そんな言葉に士気が上がった者も少なくないらしく、行軍の動きも軽やかで先頭を進むジェイクと掲げられた旗に続いて私たちも続いていく。

 ただ、これから始まる戦いへの高揚からなのか、それとも一人という不安からなのか、それともハチマキが気になるからなのか。どうにも気持ちが落ち着かない。


「小娘、ずいぶんとキョロキョロしているな。行軍するのは初めてか?」


 声がする方を見ると、そこには見下しながら隣を歩くアレク什長がいた。


「戦場は二度目です。ただ、その今回はハチマキが珍しくて」

「そうなのか? 初陣はどこだ?」

「帝都から北部にあるアルフォンソ伯領での北方諸国との戦いです。その時は第五騎士団にいました」

「あぁ、北方諸国は寒さに備えた衣服で見た目から違うものな。今回の共和国連邦や南東の連合王国は帝国と見た目も衣服もよく似ている。だからこうしてハチマキをする事で同士討ちを避けるんだ。まぁ、雇った傭兵が多いから見分けをつくようにというのも理由ではあるんだがな」

「そうだったんですね」


 親切な説明に納得し、気になっていた事を聞いてみる。


「あの、この什隊には伍長はいないのですか?」

「第四騎士団ではないな。部隊長、什隊長の下に副隊長が数名。臨機応変に副隊長が補佐や役割を担う。それが第四騎士団の編成だ」

「そうなんですね」


 どうやらサクラ騎士団とは編成が若干違うらしい

 それらは騎士団の特徴に合わせて異なるという説明をイリス様から受けたのを思い出した。


「そんな編成よりも今回は……、いや、小娘に言っても仕方ないか」


 途中で言うのを止められても私が気になるし、モヤモヤした状況で戦場に行きたくない。


「何か気になる事があるのですか? 話すだけでも考えの整理になるかもしれませんよ」


 私の言葉に一理あると思ってくれたのかアレク什隊長は頷いた。


「そうか? なら戯言として聞いてくれ。

 共和国連邦は各国の民が投票で国の長を選び、それら複数の国の長が集まって政をするらしい。そんな連邦を嫌ったのが王と貴族による政を中心とした連合王国で両国は度々争ってきた」

「……? 私には気にする話に聞こえませんが」


 考え方の異なる国同士が争う。

 よくありそうな話といえば話である。


「そうでもない。なぜなら小国の集まりである連合王国の主力は傭兵で、同じく小国の集まりである共和国連邦の主力も傭兵であったから」

「???」

「傭兵にとっては戦場こそ飯のタネ。要は小国同士の争いなら奪ったり奪われたりを繰り返して争ってくれている方が傭兵にとっては都合がいいんだよ。だからずっと争いと和睦を繰り返しながらも共和国連邦と連合王国は均衡を保ってきた。が、ココ数か月でその均衡が崩れて共和国連邦が一方的に連合王国に参加する国を滅ぼしていっている。この話をどう見る?」

「どう見ると言われても……」


 突然の質問に手を首元にやり考える。

 そして、ひとつだけ思い浮かんだ事があった。


「共和国連邦から英雄が現れた、とか?」


 それも均衡を壊すほどの存在。

 その存在として真っ先に思い浮かんだのがイリス様であり、仮にイリス様が共和国の一つの軍を率いるだけでもやすやすと圧倒できそうに思えたから。

 と、動機づけまでした所でようやくアレク什隊長の懸念に気づく。


「つまりそういう事だ。しかも今回は連合王国との戦いも終わっていないというのに帝国に向かって攻撃を開始している。圧倒的優勢であっても通常なら強大な帝国まで同時に相手になんてしない。それをするとすれば愚か者か、自信過剰な戦略家という事になる」

「それって……」

「愚か者なら連合王国に負けている。違うという事は自信過剰となるだけの戦略があるという事。だから厳しい戦いになると覚悟しておけって事だ」


 驚きにまわりを見回す。

 けれど、第四部隊からはそんな空気は感じられない。それどころか。


「おいおい、可愛いからって脅かすのは関心しないぜアレク什長」

「まぁ、これで怯えるくらいなら今のうちに逃げた方が正解だがな」


 そんな笑い声が聞こえ、アレク什長は苦笑いする。


「頼もしい部下だろ。まぁ、これは最悪の事態の話であって、どうなるかは天運の小娘しだいだ」


 そんな話も終え、ようやく辿り着いた山の麓で小休止となった所で南セトラ山の山頂を眺める。


 もし、私が作戦をたてるならどうする? 英雄だとしたら? 戦略家だとしたら?


「もっと共和国連邦について何か知っていたら……」


 知っていた所で私に何ができるというのか。

 その結論に思わず苦笑いしてため息をつく。


「私は無力だ。……でも」


 この南セトラ山を守る役目は変わらない。例え私個人では無力であっても、第四騎士団は地理的優位に立つ事ができる。

 今の私にわかるのはそれだけだった。


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