2-1 第四騎士団
「しばしココでお待ちください」
ジャンヌ様が部屋を出ると、そう伝えた私を見張るための人以外は退出していく。
その時、私に舌打ちしたように見えたのは気のせいかもしれない。
……そうか、客人から仕える者になったからか。
ほどなくして、手配に向かっていた者が戻ると退出を命じられ、外に出た所で一人の女性が待っていた。
その女性は年上で目が鋭く、長身なのが印象的だった。そのせいか近づき見降ろされると睨んでいるようにも見える。
「君がシルフィだね」
「はい、シルフィです。よろしくお願いします」
「私の名前はシャーロット。第四騎士団の八衛の一人で今は民部衛長の任についている。案内するからついて来て」
そういって歩き出すとシャーロット民部衛長が尋ねた。
「まず、この第四騎士団についてはどのくらい知っている?」
「えっと……光源の聖女様が、団長?」
「まぁ、そんなものか。じゃあ目的地までに第四騎士団について簡単に説明する」
「よろしくお願いします」
「ハイドレンジア騎士団は帝国の第四の騎士団で第四騎士団がココではジャンヌ様が指定した呼び方。そして光源の聖女が団長をしていて、みんなはジャンヌ様と呼んでいる。ここまではいい?」
「はい」
「そして、第四騎士団には八衛と呼ばれる衛長が団長を補佐している。で、その一人が私というわけ」
「八衛? 衛長?」
「八衛と呼ばれる衛長は例えるなら帝国の政をする官の長に近いかな。ちなみに八衛とは駐屯している時にその管理を行う役職で中務、蔵務、宮務、式部、治部、民部、兵部、刑部の三務五部の長である衛長が設けられ、まとめて八衛と呼んでいる。ちなみにサクラ騎士団の部隊長や什隊長は兵部の管轄で、第四騎士団には伍長はないよ」
そうなんだ。と頷いたものの、話を聞くと新たな疑問がでる。
「どうして部隊長や什隊長がこなさないのですか?」
「治安の維持だけなら武や統率に長けた部隊長でいいし兵部では実際にその役割を持っている。けれど、それ以外の管理や運営にあたって政を得意とした者が必要となったの。
まぁ、帝国に不安定な最前線領地の政をしたがる文官がいないから私たちが押し付けられたが実際のところなんだけれどね。そしてある程度独立していて臨時の政から戦争までできる集団だからこそ、常に最前線で駐屯をしていて帝都に戻る事がほとんどない騎士団でもある」
徐々にくだけた話し方へと変わっていくシャーロット衛長の話を聞いていると気づけば屋敷の入口から出ていた。
「ちなみに、三務以外は屋敷の外にある。だれかれ構わず屋敷を入れていいはずがない。とリナが提案したのが理由。まぁ、そのおかげで隅にある屋敷まで行かずに済むから楽なんだけれどね」
と、そんな話を聞きながら大通りに出て歩みを進めると、東西に連なる大きな通りに沿うように小さな堀に囲まれた建物についた。
「この村の中央にあるココが民部。ちなみにこの通り沿いの西に式部、治部。東には兵部、刑部と続く。門は関所が見える東側に一つ、西側一つ、そして城外の畑用に南側に二つ、北側に一つの小さな門がある。といっても関所や城門と比べると申し訳程度のものだけど。
そして、東の道はその先の山の麓で別れて北東と南東に山間を通って北東の共和国と南東の連合王国に続いている。ココで働いていくつもりならそれくらいは覚えておいて」
……もはや村と呼ぶには違和感しかない。城の方が近いような。
改めてそう思いながらも頷きそのまま民部の建物に入っていく。
が、そこはあるのはこじんまりとした建物だった。そして、建物へ入ると受付があり通路を通して奥にはいくつかの部屋があるようだった。
「ココは受付。先ほど説明した通り、私たちが民部の仕事としてギルド管理、民、兵の登録、納所、土木治水所等の管理や相談を受けているというわけ。あなたにはココで受付の手伝いをするのがあなたの仕事よ」
そう説明しながら奥へと進むシャーロットに気づくと頭を下げる二人の受付の人たち。
「文字は書ける?」
頷くと紙と羽飾りのついたペンを渡された。
「試しに名前だけ書いてみて」
そう言われてペンを手にとり…………固まる。
シルフ? シルフィ? どちらで名乗るべき?
思わず自分の服装を見て意を決し、シルフィと書こうとして……。
いやいや、この身なりだからとココでシルフィと書いてはずっとそう呼ばれる事になる。
この先も幼名のままというのはのはちょっと……
イリス様がずっと呼んでくれなかった事を思い出し、私はシルフと書いてからペンを置く。
そして書いた紙を手にとったシャーロットが呟く。
「シルフ…………驚いた。もしかして男のコ?」
「はい」
「じゃあ名前もその恰好はひょっとして誰かからの命令?」
思わず顔をあげたところでシャーロットが苦笑いしてため息をついた。
「なるほど。なんとなく君が民部となったのかわかった。ならその名で紙を渡して。後は君の住む家を案内して今日は終わり。仕事は明日から教える事にする」
「はい」
受付には怪訝な顔をされながらも受け取ってもらい。
民部の屋敷を出て歩き出す。そして、ほどなくしてたどり着いたのは細長い建物の前だった。
「ココは長屋というの。一つの建物で仕切り越しに複数人が住む家だと思ってちょうだい。それと見た目はまだ若いようだけれど、自炊の経験は?」
旅の自炊は……うん、経験あると言えるかあやしい。
「まだありません」
「そう、ならちょうどいいか。あなたは民部で働き給金を受け取る。そのお金から長屋には家賃を払い食事等の必要なものは大家が用意し、生活に必要なモノも貸し出してくれるから余程の無駄遣いをしなければ心配いらない。とっても無駄遣いできるほどの店もないけれどね。一人で暮らすのは初めて?」
「はい」
「なら、そう伝えておこう」
そう言われて大家とも挨拶と簡単な説明も済まし、シャーロットも帰り、部屋で寝泊まりできるだけの準備を終えた頃には日も傾いていた。
男性服に着替えて長屋の住人とも挨拶をを済ませると夕食をとり、疲れていたせいかすぐに眠れた。
そして、翌日。
陽が登りはじめた時に目を覚まし、久しぶりのまともな剣の朝稽古をして井戸を借りて身体を清めると、朝食をとる。
そして、初めての出勤をしてたどり着いた民部。
「本日より、こちらで働くシルフと申します。よろしくお願いします!」
その挨拶で向けられた視線。
それは一見温和な表情に反してとても冷ややかなものだった。そして無言。
「………………あ、あれ?」
まるで存在しないかのような扱いに困惑に引き攣りそうな笑顔で固まっていると、声で気づいたらしいほどなくしてシャーロット衛長が現れた。
そして、立ちすくむ私とシャーロット衛長に頭を下げる者たちを見て苦笑いする。
「シルフィ……いえ、シルフ。話があるから付いてきなさい」
助けられている感覚になりながらついていくと、シャーロット衛長の執務室らしい部屋へと案内された。
そして、そして言われるままソファの席に着くと、シャーロット衛長も席に着きため息をついた。
「驚いた?」
「え? えぇ、まぁ」
「素直なのね」
それは褒めている?
「彼女たち仕事を奪われるんじゃないかと警戒していただけだから大丈夫。それに例え反応がなくても正しい事だと思うなら続けなさい。ちなみに私はいい挨拶だったと思う」
「は、はい」
それは続けろという事だろうか?
「で、本題はココから。民部で働くにあたって、生い立ちを確認してから目標を設定してもらう事にしているの。シルフから話せる過去をできるだけ詳しく話してもらえないかな。もちろん長くなってもいいし、話したくない部分は隠してもらってかまわないから」