1-3
………………
…………
……
私は目を覚ました。
「夢……?」
どっちが? そう思ってしまうほどに明るく鮮明な光景から一転して真っ暗だった。
ゴンッ!
立ち上がろうとして頭をぶつける。
「いったーー!? しまった!」
隠れていた事を思い出し、慌てて口を塞ぐ。
薄暗く景色から見えた納屋の光景は、村が襲われた最悪な出来事が事実で、先ほどまでの出来事が夢である事を告げていた。
夢じゃくてよかったのに……。ううん、今日そのものが夢だったらよかったのに。
思わずため息をつくと、意味もなく暗い周囲を見渡す。
「どれくらい眠っていたんだろ。静かになったからよくわからないや。…………静か?」
耳をすましても外からは先ほどのような嫌な音はもう聞こえなくなっていた。
「約束は『静かになるまで決してここから出ちゃいけない』だったよね。ならもう……?」
屁理屈だとわかっている。けれど、我慢できずおそるおそる戸の前まで移動する。
そして意を決して戸を開けた直後に暗い視界から一転して外のい光が差し、その真っ白な視界の後に見えた世界。
「これは、夢……?」
目の前の光景は、つい先ほどまで確かにあった見慣れた村の景色ではなく、あちこちの家が赤い炎と灰色の煙に包まれる見た事もない別世界となっていた。
そして、その炎は私に後戻りを許さないと阻むように火の粉が先ほどまで隠れていた納屋を燃やしはじめる。
「うそ、だよね……」
我に返り、慌てて小道に出て見渡す。小道には赤い血を流して倒れる見知った人たちが倒れ、一人として動いている人はいなかった。
「気絶? ……ちがう、死んで、る?」
で、でも、ど、どうして……?
嫌な予感に真っ先に思い浮かんだ相手は……。
スクルト兄は?
⇒お母さんは?
お父さんは?
「そ、そうだ! お母さんは!」
スクルト兄やお父さんであれば賊とも戦える、はず。でもお母さんは……
全力で走って家の前にまで戻る。
家は既に火の手が燃え盛り、戸を開けても中は火と煙が充満していて入る事すらできなかった。
「まだ家の中に隠れて? それとも外に?」
まだ中に居る。
⇒外に出たはず。
考えろ、思い出せ……! そう、たしか隠れる前にスクルト兄が助けに向かうと約束してくれた。
それに何でも知っているお母さんが家に留まるとは思えない。ならどこに……?
そうだ、まずは捜しやすい場所に行けば!
急いで井戸まで戻るとそこから村を見渡す。
襲ってきた馬に乗った賊たちの姿はもうない。ただ。
視界に広がるのは赤黄色い炎と黒色の煙。地道には真紅の色がいたる所にあり、そこに倒れる見知った人たち。中には部位が欠損した人や勇敢に戦った事を示すように傍に剣や槍、鍬や鎌まで落ち、賊と思われる人たちの倒れている姿まである。
「どうして……そんな…………」
言葉にならない状況を見てもなお夢から目覚める事はなく、思わず空を見上げても黒煙で濁った汚い灰色の景色が映るのみ。
どこを見渡しても逃げ場のない視界を遮るように涙が溢れ零れ落ちたときだった。
『もっと、もっとこの世界で生きる意味を感じられればいいのに。例えば天の主神さまが気まぐれで私に使命を与えて…………』
井戸で空を見上げた時に呟いた言葉を思い出したのは。
「もしかして、私があんなことを呟いたから?」
そんなはずがない。そもそもこうなる事を願った覚えもない。
でも、でも……、こんな事が起こった理由なんてそれ以外には……?
天の主神さまが一個人の下らない言葉と叶えるとは思えない。……でも、村の平和を疎かにした罰だとしたら?
それが考えすぎとわかっていても、それなら説明がつく。ついてしまう。
それはつまり……私がみんなを……?
「あ、あ……。ああああああああああああああああああああ!!」
溢れる後悔に声を上げ、願ってしまった事実に胸が苦しくて手で胸を抑えたときだった。不意に後ろから足音が聞こえたのは。
もしかして、スクルト兄!?
「っ!?」
しかし、そこに立っていたのはスクルト兄ではなかった。
黒い鎧に、仮面の……人?
全身を漆黒の鎧で包み、顔すら仮面で隠す異様な姿。その手には剣を持ち、剣からは赤い血が滴っている。
既に誰かを殺したらしいのは明白で、村の人とも思えないその姿から考えられる答えはひとつしかない。
そしてその事を示すようにその者の前には倒れこむ男の姿がある。
その人はよくよく見れば見覚えのある村の人の姿で……!?
「スクルト兄!?」
胸が苦しくなり、気が遠くなりそうになりながらも必死に足を動かし、呼びかけながら駆け付けても返事はない。
それでもなんとかそばにまで行き、抱きかかえた所で気づく。
ぐったりとして虚ろな目。身体を見ると腹部の部分が真っ赤に染まっており、触れた私の手と服を染めていく。
「血が……スクルト兄が……」
い、急いで血を止めなくちゃ。で、でもどうやって?
そうだ、お母さんならきっと! …………お母さんは、他の人たちはどこに?
助けなきゃ。それなのに身体が動かない。受け入れる事なんてできない光景に頭の中はぐちゃぐちゃで視界は滲み、吐き気まで込み上げてくる。すぐに処置を施さないと。そうわかっているのに考えようとするほど後悔ばかりが脳に浮かぶ。
あの時引き止めていれば……引き止めずに時間を無駄にしなければ。
もしかしたら。そんな過去の可能性が私を責め、うまく息ができない。
……これも、これも私のせいなの?
現実感のない意識の中、汚い空を見上げて睨む。
「私はこんな……。こんな世界なんか望んでない……!」
震える声で呟いた願いは響く事すらなく、夢から目覚める事もなかった。
ごめんなさい。私のせいで……
最後まで村を守ろうとした彼の手元には、私の時にはなかった剣が落ちていた。
せめて意志を貫いた事を示せるようにとスクルト兄の手に再び剣を握らせる。そして、母から教わった言葉をかける。
「天の主神さまの……お導きがあらんことを……」
死者の祝福を願う祈りの言葉。
もし、天の主神が起こした事であるなら、その罪の罰を私にと願いながら。
祈りの言葉を言い終えた後、ただ虚しさに浸る私の頬に誰かが軽く手を添えた。
……誰? ……あぁそうだった。
真っ黒な人はどうしてまだ私を殺さないのだろう。
そう顔をあげると、ぼやけた視界の中で目が合った気がした。その顔は黒い仮面で覆われわからないけれど、警戒しながら何かを確かめるように私を見ている事だけはわかる。
スクルト兄に祈りの言葉を言わせてくれた事は感謝している。でも、どうしてスクルト兄を、村の人たちを。
「…………」
湧き上がる怒りを仮面の人に向けて睨み、手をはじくけれども動じる様子はない。
「……………………」
それどころか何も言わずに立ち上がると無防備に私に背を向けた。
……どうして、どうして私は殺さないの。私には殺す価値すらないって事?
興味ないとばかりに仮面の人は持っていた剣を振り血を払った。
その直後だった。
「待ちなさい!」
怒った女の子の声が隣から聞こた。そこにはいつの間にか白銀のドレスをまとった金髪のツインテール姿の少女が立っており、ぼやけた視界からはまるで光り輝く神様のようにも見えた。
「私の服に血がついちゃったじゃない。どうしてくれるのよ!」
その、あまりにも個人的すぎる怒りがなければ……
見た目とは似合わないあまりに粗暴な言葉遣いに私は呆気にとられながら仮面の人の反応を見る。
「ん? あぁ、ごめん」
あ、あれ? ……なんか軽い。
威圧感ある重装の見た目に反したあまりにふわっとした声にさらに呆気にとられる。
しかも口調こそ男を装っているようだけれども、その声は明らかに女性だった。
「あぁ、ごめん。で許すわけないでしょ! 反省なんて微塵もしてないじゃない!」
「本当にすまないと思っている」
「言い方変えただけでしょ! 誠意がタりない!」
「そんな無茶苦茶な…………奥のあいつがいきなり襲い掛かって来たんだ」
指さした先はスクルト兄……ではなく、更に奥に倒れていた見知らぬ男を指していた。
「言い訳は無用よ! てか私の服に血をつけたのとは関係ない!」
少女が納得した様子はない。張り詰めた空気はそのまま斬り合い……とはならず口論は続く。
「あ、そうかも」
「あ、そうかも、じゃなーーーい! どうせあんたがそんな変な格好しているから向こうが驚いて襲ってきたんでしょ。その鎧といいその仮面といい悪趣味すぎるのよ!」
「この方が騎士っぽいだろ。それに一目じゃ男か女かわからないし」
「騎士っぽいて、あなたねぇ……。あなたは正真正銘の騎士でしょうが! それに目立ちすぎて声ですぐ女だとばれるわよ。ごらんなさいそこの子だって怯えるどころか間抜けな顔をしているじゃない」
少女が指差し、二人の視線が私に向かった。
「え? わたし?」
いや、なんでそこで見ず知らずの私にふるの? 私、そんな間抜けな顔していた?
そもそも間抜けな顔をしているとしても、それはこの空気を読まないやりとりの方なんだけど。なんて言えるはずがない。
「カッコイイよね? 性別もわからなかったよね」
「え?」
……いや、普通に趣味悪いです。そして声で女とバレてました。
「怖いわよね? しかも女だってばればれよね」
「あ……いや、その」
コワいです。主にあなたの目と口調の方が。
「はっきりなさい!」
な、なんなのこの人たち!
圧倒され、悲しみの涙すら引っ込んだよくわからい状況に違う意味で泣きたい気持ちになりながら私は。
⇒「……はい」
「そんなことは……」