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6-1 その後とその後

「命令無視でこの有り様。ざまあないわね」


 翌日には元気になったイリス様のお説教から始まり、クリスが直々に看病もしてくれた事もあってか順調に回復していった。

 ノエルたちにも襲撃の件は知らされたらしく、見舞いにと来たティアさんやノエルたちの至れり尽くせりな日々はイリス様が呆れるほどで、ケガ以外は夢みたいな日々は魔のモノという話すら幻だったんじゃないかと思えてくるほどだった。

 ただそのケガが治れば甘やかされていた日々も終わる。


 あれから一週間が過ぎ、動かしても痛みを感じなくなった頃。

 もう大丈夫だと告げるようのイリス様が私の前で凛と立つ。


「シルフィ、準備なさい!」


 イリス様の部屋に連れていかれ、着替えさせられたのは見覚えのあるドレスだった。

 そして、仮面に鎧姿となったクリスも加わったところで見覚えのある建物に入り、覚えたのある扉から部屋に入る。


「遅くなりました。サクラ騎士団の団長イリス、ただ今参りました」


 クリスが軽く頭を下げたのを見て、そうだったと慌ててマネをする。

 そして、イリス様が歩き出し着席すると、その後ろに二人で立った。


 二回目。それでも視線を感じる空気は何度経験しても慣れそうにない。


 周りは戦いに勝利した大将を迎えるような様子には見えず、彼らはイリス様を睨んでいた。


「体調の話を聞いて心配していた。もう大丈夫なのか」

「ご心配おかけしました。このとおり大丈夫です」

「そうか」


 アルフォンソ伯が頷く。

 そのやり取りからして回復してからもすぐには対面しなかったらしい。……なぜ?


「遅くなったが此度の戦い。ご苦労であった」

「ありがとうございます」


 形式的な言い方で礼を言うイリス様。


「今回の勝利は帝国史に名の残るモノであった。……ただ、その際に再建中の西区を焼いたそうだな」

「必要な事をしただけです」

「その必要はなかったと言っている者もいるようだが」


 アルフォンソ伯は配下の者の方を見ると、頷く者がいた。

 しかしイリス様は見向きもしない。


「その判断は総大将がするものです」

「だがなぁ。加えて、東区の什長を不必要に殺したとも聞いているが」

「必要な判断をしただけです」


 私のときと違ってアルフォンソ伯への返事は驚くほど淡々としたものであった。

 イリス様がきちんと説明すればきっとアルフォンソ伯も納得するはず。そうでなくともイリス様は数で不利な戦いから勝利に導いた功績を立てた身。冷遇するなら襲われた事を出せば立場も一転できる。それなのに言わないのはなぜ?


「貴女の功績は評価する。ただ、西区を焦土と化した損失はあまりに大きい。そして此度の戦いで私たちが失ったモノは決して小さくない。次からはそのような事はないように願う」

「…………」

「戦いは終わった。貴女たちは帝都への帰還を命じる」


 あまりの物言いに思わず声をあげそうになり、その直後にイリス様が手をあげ私を睨む。

 そして何も言わずに再び前を向き、咳払いした。

 

「失礼しました。騎士団は主上の命令によってのみ動きます。主上からの了承は賜っておりますか?」

「それなら問題ない。既にその話は終えている」

「了承を得ておりますか?」


 曖昧な返事を嫌うイリス様らしく、正確な言葉を求めた。

 その様子にアルフォンソ伯は一瞬だけ眉を顰めつつも部下に指示をだして紙を渡させた。

 その紙の文章をしばし眺め、頷く。


「確かに。主上からの詔を承りました」


 そういうとイリス様は立ち上がり、アルフォンソ伯を見て軽く礼をする。


「それでは帰還の準備がございますので」


 イリス様はそういうとスタスタと部屋を後にして、その後をクリスと私が続いた。

 そして、部屋に戻るなり……。


「ふう! やっと帰れるわね!」


 イリス様の心からとしか思えない笑顔に驚く。


「あの……、イリス様は悔しくないのですか?」

「悔しい? 何が?」

「あの扱いの事です、イリス様は勝利を導きました。それなのにあの晩に配下が襲ってきたうえに、今回は終わったから帰れ。ではあんまりじゃないですか」

「そう?」


 あ、あれ? そうでもない?


 そのあまりにも予想外な反応に言葉を詰まらせるとイリスが首を傾げた。


「こんな北夷と隣り合わせの辺境の地に居なくて済むのよ。これほど嬉しい話はないでしょ。……あ、北夷とは野蛮な北方諸国に対しての蔑称ね」


 守る役目を放棄するような言葉に唖然としてクリスを見るけれども彼女もうんうんわかるよと言いたげに頷いていた。


「あ、あの……。それでもイリス様の功績に対してあの言動はあまりの仕打ちだと思わないのですか?」


 何を言っているのと言いたげなイリスの頭に「?」が見えたような気がした。

 そんな様子を見せられどんどんと思いに自信がなくなっていく。


「そりゃ西区を盛大に燃やたのだもの。当然の態度でしょ」

「で、でも。勝利に大きく貢献したんですよ」

「そうね。で?」


 誇ろうとすらしない事に困惑する。


「そ、それに襲われた件だって謝罪ひとつないし」

「あぁ、そういえばそうねぇ」


 私の愚痴にイリス様が微笑む。


「まぁ、彼らのあの威張った態度を見ればシルフィが快く思わないのはわかる。でも、私が欲しいのはクソみたいな名誉なんかじゃないの。それに帰還するのは主上からの命令よ」


 誰もが羨む栄光ある勝利をクソって……


「で、でも」

「それとも、アルフォンソ伯の命令という確証もないままその配下というだけで周りが敵だらけのあの場所で糾弾し、あげく主上の命令を無視したあげくに報復で城を乗っ取れとでも進言をするつもり?」

「それは……」


 何も言い返せなかった。

 糾弾したところで確証がないし周りにはイリス様を援護してくれる者などいない。帰還の命令に反抗すれば皇帝の命令に逆らう事になっていた。

 どちらも窮地になりかねない状況を冷静に避けた結果がイリス様のやりとりだったと今さらながらに気づいたから。


「まぁ、それでも私たちなら不可能を可能にする事もできるけど」


 ちらりと見て答えを促すイリス様。


「いえ、そんなつもりは…………失言でした」

「賢明な判断ね。特別に聞かなかった事にしてあげる」

「ありがとうございます」

「そうだ、帰還までの三日ほど時間があるからそれまでにシルフィがやり残した事を済ませておきなさい。その間は訓練も休みとする」

「やり残した事、ですか?」


 突然の言葉に何も思いつかない。けれでもイリス様は笑顔で頷く。


「そうよ。それくらい自分で考え、自分で決めなさい」


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