表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/71

5-3

 あぁ、死の瞬間とは痛みも感じない……という訳でもないらしい。

 

 刺さる痛みはないけれど、先ほどからずっと矢を受けた腕と股が痛み続けたままだった。


 死んでからも延々とこの痛みが続くのかぁ。嫌だな。


 そう思いながらもおそるおそる目を開けた時だった。


 目の前に全身を黒い鎧で包んだ物体がいたのは。


「よく持ち応えた。だが最後に諦めたのは関心しないな」


 声ですぐわかる。そこには黒い仮面と鎧を身に着けたクリスだった。


 た、助かったの?


 ダメだとわかっているのに身体から力が抜けていくのを感じた。


「後は任せろ」


 そういうと頷くより早く仮面の男を斬り、続けて左右の者も斬る。

 そしてあれよあれよという間に逃げだした者すら許さずすべて一撃で斬り捨てていた。


「すごい……」


 痛みすら忘れて思わず呟く。


 が、その直後、死んだはずの血まみれの仮面の男が突如として起き上がり、助かったと安堵した私に襲い掛かった。


「ヒっ!?」


 死人が動いた事に何が起こっているかもわからず顔を背けたところで風が吹く。

 目を開けて前を見ると、クリスが蹴飛ばして剣でとどめを刺し守ってくれたようだった。ただ、クリスは静かになったにも関わらず構えをとかない。


「な、何が?」

「シルフィ、よく見ておくんだ。これが私とイリスが戦う理由だ」

「戦う、理由?」


 意味もわからず亡くなり倒れた兵士たちを見る。

 何もない静けさの中、僅かな松明の灯りとで見えたのは紫色の霧が立ち込め始めた。


 何が起きてるの?


 突然の訳もわからない状況に思わず息を飲み、その光景を見る。

 そして、ほどなくして何か大きな物体が起き上がったかと思うと霧が消え、その人よりもひと回り大きい物体の姿が露わになる。


「何……これ……?」

「そう。やはり君も見えているんだね」

「え?」


 その問いはまるで見えない人がいるみたいじゃ。


 そう思いながらも炎の灯りすら黒く染める物体の姿からは禍々しい気配が立ち込め、血が逆流するような溢れる苛立ちの感情にかき乱され思わず剣を手放し両手で自身の身体を抱きしめる。


「まともに見ない方がいい。魔のモノを長く見ると心を失う」

「そ、そういう大事な事は先に言って……」

「そうだね」


 思わず口にした言葉すら震える私とは対照的に、クリスはまったく動揺している様子はない。もっとも鎧と仮面では声からしか判断のしようがないけど。

 と、そう思ったのも束の間でクリスは身構えると魔のモノへと斬りかかり、剣よりも長いはずの胴体をたった一撃で真っ二つにした。


 その直後、姿があったはずの魔のモノは実体がなかったかのように霧へとかわり、そのまま四散する。


「お、終わったの?」


 我に返り、振り返るとイリス様の意識がなかった。

 慌てて確認し、息があった事に安堵して周囲を見る。後に残ったのはあちこちに血を流し倒れる襲った者だけだった。そんな彼らに興味すら見せず、クリスはイリス様の元へ歩み寄る。


「あ、あの、イリス様は?」

「イリスは大丈夫だ。それよりも今は自身の身を案じた方がいい」


 そう言われて痛みを思い出す。


「とりあえず、自分で矢を抜き布できつく縛るんだ。」


 言われるままにする。けれど、自分で矢を抜くのは思うように力が入らず痛みと恐怖があった。

 それでも覚悟を決め食いしばって一気に引き抜くと、激痛を堪えながら自身の服の一部を裂いて傷口を縛る。


「よく頑張った」


 そこからはクリスが軽々とイリス様を抱きかかえると一緒に城門を降り、クリスの馬に乗せてもらいながら移動した。

 途中、クリスが城門の兵士と話し、そのままクリスはイリスが普段使っていた部屋のベッドへと寝かせる。


「あ、あの、大丈夫なのですか?」

「ん? あぁ、心配してくれたんだね」


 何を当たり前の事を?

 

 首をかしげていると、仮面を外したクリスがなぜか苦笑いしていた。


「大丈夫。それにさっきも言ったけれど、心配なのはシルフィの方だ」

「私はこうして動けるしだいじょ」「ただのケガと傷を甘く見てはいけない。そこに座るんだ」

「……はい」


 言われるままに椅子に座る。

 そして、クリスは私の傷口を見る。


「動いた事で血が止まっていない。とりあえず止血をしないとね」


 手を添えると何かを唱えだした。


 神技……? それとも何かのおまじない?


 そう思いながらも大人しく様子をみていると、クリスは続いて何やら準備をし、傷口に上物の砂糖を使った湿布をした。


「取り替えたり様子を見なくちゃいけないがこれでいい。後は傷が開かないよう今は動かないように」

「でも、それだとどうやって帰れば?」

「……それもそうだ」


 もしかして、素で何も考えてなかった?

 戦いのときの姿からは考えられない言葉に驚きながらもどうやって帰ろうかと考えていると。


「じゃあ、私が運ぶよ。といってもかつてシルフィが以前使っていた部屋だけどね」


 まだ残してくれていたんだ。

 クリスはさも当然のように私の身体を軽々と持ち上げ、恥ずかしがる私に気にする様子もなく部屋のベッドに座らせてくれた。

 そんなクリスに聞くなら今しかないと尋ねる。


「イリス様に何があったのですか?」

「……それは答える事ができない。ただ、イリスを助けてくれたお礼に他の事なら答えよう」

「じゃあ、魔のモノとは?」

「精霊、悪魔、鬼、怨霊。それら名前として語られる実体の伴わない存在の総称の事をそう呼んでいる」


 ……説明終わり? もっと詳しく尋ねろという事なのかな?


「なぜ、倒れた者から現れたのですか? それに霧みたいなのもみえたし」

「そもそも見えるのがおかしいんだ。あんなモノは忘れた方がいい」


 あ、うん。なんとなくそんな予感はしてた。


「あの場所はあのままでよかったのでしょうか?」

「伝えはしたが、騒ぎになるだろうね。でも、シルフィの心配する事じゃない」


 なんだかいつもより冷たい? ……違う。


 その表情からは確信はなかったけれど、クリスは怒っている。

 それだけはなんとなくわかった。そして怒りはおそらくイリス様の事であり、私に対して何かを隠そうとしている。


「もういいかい?」

「はい、ありがとうございます」


 素直にお礼を言うと部屋を出ようとした所でクリスが振り返る。


「感謝している。本当に」


 そう呟くように言ってドアを閉めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ