5-1 見えた世界と見えない世界
帝国の勝利。
敵兵死傷者は数百から千数百。対するこちらの死者はおよそ数十名。帝国の負傷兵は軽傷者がほとんど。それが今回の戦いの結果らしい。数は曖昧になるのが普通なのだとか。
そんな戦いの後、その圧倒的なまでの大勝利に城も街も祝杯に活気で沸きあがっていた。
これまで略奪に怯えてたから中での圧倒的勝利もあるのかもしれない。
そうクリスは言っていた。
ただ、私は初めての勝利の空気に馴染めずにいた。
初めてだから? 守りたかった村じゃないから?
…………ちがう、たぶんあの事のせい。
イリス様がギースを斬った事を思い出す。
私なら未然に防ぐ事もできたんじゃ?
今、後悔しても過ぎた事は変えられない。それに結果としてあの一件が勝利のために必要だった。それはわかっている。
それに少なくともイリス様をたたえ喜びあう周りの光景からはイリス様を恨む人たちがいるようにはみえなかったから。
そう、これは私の力の問題。だから切り替えないと。
初陣の無事をみんなで喜び祝い、日も暮れて疲れて眠るノエルたちをティアさんに任せると私は夜の街を歩き出す。
街の祝杯は夜になっても続いていたらしい。
ただ、雰囲気は悪くなく、酔った勢いで暴れたりする者はいなかった。それどころか騎士団の服でも声をかけてくれ、今日の勝利を喜び、彼らは友人と共に自慢話をしながら酒を楽しんでいる。
「それもこれもイリス様の力なんだ」
そんな光景も通り過ぎて向かった場所。そこは焦げ臭い西区の通りを抜けた先にあるイリス様が琴を弾いていた西側城門だった。
今は開戦時に開いていた城門は閉ざされており、兵士が数名見張りをしている。そんな彼らは私の姿を見てどうしてココにと驚いた様子だったものの、サクラ騎士団の服装だからか何も言ってこなかった。
そんな中、改めて川の向こう側の景色を眺め戦いすべての出来事を振り返る。
総大将となってからのイリス様は常に毅然としていて、判断に迷いもなかった。
この人を信じて従えば勝てる。気づけば振り返れば寄せ集めだったはずの周りも素直に従っていた。そして、期待に応えた。
「すごいよ。本当に。でも……」
今もギースを殺す必要があったのか。他に道があったのではと考えてしまう。
そして、どうして、どうしてあのとき。
夜空を眺め、疑問の答えを見いだせずにいたところで足音が聞こえた。
振り返るとそこに居たのはイリス様の姿だった。
「あら、気が合うわね」
「そうですね。また一緒に夜空を眺めますか?」
「それも悪くはないかも」
イリス様は微笑むと守備兵たちを見た。
「ココは私とシルフィが代わりに見ておく。少し休んでなさい」
そう言って守備兵を下がらせると、まだ残っていた琴をとりだしとおもむろに奏で始めた。
その音色はあの時と同じ穏やかな曲調と音色でありながら、静まり返った夜空ではあの時と違って不思議と寂しさがあった。
その事を感じながら大人しく聴いていると、イリスが呟くように言った。
「この曲はね。死者に捧げる曲なの」
イリス様の言葉にどう返していいのかわからなかった。
「どうして人々は奪い合い、無駄に戦うのかしらね」
「…………」
無駄な戦い。そうかもしれない。略奪ではなく、話し合いや交易、移住で共に暮らせば戦う必要などなかったのかもしれない。
そう思いつき尋ねようとした所で思いとどまる。
自分よりも偉い人たちがそんな簡単な答えを考えつかないはずがない。できないのにはできない理由があるはずだ。
でも、その理由を私は知らない。
「死んだわ。敵も、仲間も………………」
「そう、ですね」
「あら、ギースを殺したのはあなたでしょ、とは言わないのね」
思わず驚きの顔を見せてしまったけれど、イリス様は苦笑いするだけだった。
「シルフィはこの勝利を喜べばいいのよ。初めての戦いを見て、感じて、率いて誰も死なせずに勝利したのだから。あなたは完璧な仕事をした。そう誇っていいの」
「勝った事は喜んでます。みんな無事なのも嬉しいです。ただ、私は」
「指示に従い守るべき者を守った。それじゃ不満?」
「…………」
やっぱりかと言いたげにイリス様がため息をついた。
「イリス様は……あの、ギース什長を斬った事を悔やんでいないのですか?」
琴を弾くのを止めた。そして静寂の中で答えてくれた。
「私にとってギースも守るべき者であり他に方法があればよかったのにとは思う。でも後悔はしていない。私はただ必要な事をしただけだから」
「そう、なんでしょうか?」
「ええ。あの場で彼を殺さなければ多くの仲間が死んでいた」
そう断言する自信とこの結果をみればそのとおりだったのかもしれない。
他に手段も思い浮かばない。でも、それでも……
「シルフィが聞きたい事は本当はそこじゃない。実はなんで一緒に出撃させてくれなかったのか、じゃない?」
「それは…………」
「そして、自身が認められなかった事がギースの件での口答えだと思っている。違う?」
「…………」
本当はそうなのかもしれない。
時間をかけ、訓練を積んだ。それでも一緒に連れていってくれなかった。それがスクルト兄の事を思い出させたのは違いなかった。
「私はシルフィの過去を知らない。けれどこれだけは言える。シルフィはあの時に力を認めさせる衝動にかられ冷静な判断ができない状況だった。そういえばあの時に納得した?」
「あの時、私は別に!」
「そう。ならあの時に後ろにいたコたちの表情を見た?」
「それは……」
思い出せるはずもなかった。なぜならあの時に私は躊躇ったイリス様しか見ていなかったから。
「彼らは、彼女たちは強がってはいたけれど身体が震えていた。そしてシルフィは私しか見ていなかった。これが私が連れて行かなかった答えよ」
「でも……それでも私は……!」
「その感情が守るべき仲間を殺す事になる」
イリス様の声は背筋が凍るほどの冷たい声だった。
そして、その言葉に私は何も言い返せなかった。私は変わった。強くなった。ギースの勝利がエースに勝った時の傲りとなんら変わらない事に気づいたから。
顔を俯ける私にイリス様は言う。
「反省しているならそれでいいわ。でも、ただ落ち込むだけなら時間の無駄だからやめなさい」
いつしかの言葉に顔をあげ、イリス様は私を見て微笑む。
「それにね。時にはその最善を尽くそうという想いが必要な事もある。今こそシルフィは自身を信じ、私に成長した姿を見せる時よ」
「…………え?」
イリス様が素早く動き、琴を軽々と持ち上げると……私に向かって振り。
トッ!トッ!トッ!
何かの刺さる音に驚き後ろを振り返ると、そこには盾となった琴に矢が刺さっていた。




