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「?」


 驚き声のした街道の方を見る。

 こちらに向かって走り、悲鳴をあげる人たち。そこには勢いよく迫る馬に乗った人の集団が見えた。


「何だろう?」


 よくよく見れば、彼らは剣や槍を手にしている。

 見た事もない光景に何が起こっているのかと呆気にとられていると、突然、誰かに手を引っ張られた。


「っ!?」


 叫ぼうとした悲鳴は口を塞がれ声にならず、華奢な身体では抵抗も虚しく家と家の間にあった物陰に連れ込まれる。


「馬鹿やろう! 死にたいのか!」

「フ、フガッ!? …………?」


 聞き慣れた声のような。


 抵抗をやめるとすぐ解かれ、振り返る。

 

 そこには三年前に成人して今も村で働くスクルト兄がいた。

 スクルト兄は勇者に憧れていた時に笑わずに頷き努力してみるのは良い事だと肯定してくれ「それならまずは俺を超えないとな。それができたら村の外に連れていってやる」と色褪せかけていた夢に確かな目標をくれた尊敬する師でもある。


「スクルト兄、いつから後ろに?」

「いや、今それはどうでもいいことだろ……」


 たしかに。


「じゃあ……何が起きているの?」

「まだわからない。けど……」


 馬の足音が近づきスクルト兄は私を庇いながら慎重に道を覗き込んだ。無意識なのか彼が私を握る手は痛いくらい強く掴んでいる。


「スクルト兄?」

「しっ!」


 近くで聞いた事もない悲鳴があがる。


「おそらく賊に襲われている」

「え?」


 襲われている? この村が?


 あまりにも現実感のない言葉。

 けれどもただならぬ状況である事だけはスクルト兄の表情でわかり、気づけば不安から鼓動ははやくなり身体が凍り付き手も震えていた。

 そんな情けない私に気づいたのかもしれない。道側の様子を伺っていたスクルト兄は振り返るとほほ笑む。


「大丈夫だ。なんたって俺がついているんだからな」


 そう自信のある笑顔を見せ、私の頭をポンポンとする。


「う、うん」


 そ、そうだよね。スクルト兄がいるんだもん。


 そう信じて頷くと、安心して身体は動けるようになり震えも止まった。


「さすが俺の弟子だ。よし、しっかりついて来いよ」


 しっかりと手をひかれ、息を殺しながら賊と遭遇しないよう身を潜めながら歩き出す。

 こうして向かった先は普段はあまり使わない家々の裏側にある普段は使わない小さな納屋だった。スクルト兄は周囲を見渡し戸を開けると、その一角にある僅かな隙間に私を押し込む。


「いいか。奥に隠れて静かになるまで決してここから出ちゃいけない」

「う……うん。でもスクルト兄は?」


 道具が詰め込まれた納屋は身体の小さな私がやっと隙間をすり抜けて奥に隠れられる程度。スクルト兄はどうやって隠れるのと見るとなぜかほほ笑んでいた。


「大丈夫だ、俺は大人の男だからな。自分の事くらい自分で守れる。心配しなくても後で迎えにいくよ」


 そう言って手を離し、私を置いて行こうとする姿に理由はわからないけれど嫌な予感がした。


「ダメ!」


 手首をとっさに掴む。


「行かないで……」


 この不安はなに? コワいと感じる気持ちはなに? 


 それはただ一人でいるのがコワいだけなのかもしれない。それでも、そうだとしても今手を離したらこの時の事を一生後悔する。そんな気がした。


 そんな私にスクルト兄は怒る事も呆れるもなく、困った様子で苦笑いした。


「一人は不安かもしれない。だが男のコだろ」


 それだけかもしれない。でも……そうじゃない。


 言葉にならない胸騒ぎに首を横に振って目で伝える。

 その想いは伝わったように思えた。


「もしかして俺の事を心配してくれているのか?」


 気づいてくれた!


 必死に頷く私を見て……、スクルト兄はため息をついた。


「俺は強いから大丈夫だ。それに嘘をついことなんかないだろ」

「……何度もあったよ」

「そこは空気を読むところだろ」

「…………」


 今は呆れられてもいい。恨まれてもいい。だから……


「俺がココに隠れるのは無理だ。それに他の人も助けなくちゃならない。シルフィならわかってくれるだろ」

「だったら私も一緒に行く! それにまだお母さんだって」

「お前は邪魔になる。そう言っているんだ」


 邪魔。苛立ちを隠しきれない口調で言ったスクルト兄の言葉が胸に刺さった。


 お前は邪魔。確かにそうかもしれない……。でも、それでも…………ココで、怒られても…………

 


⇒「……うん」


 その想いとは裏腹に、剣で一度も勝つ事が出来なかった私にスクルト兄を説得できる言葉を持っていなかった。


 ダメ! その感情を堪えてゆっくりと腕を放す。


「ありがとう。俺がシルフィのお母さんもお父さんも必ず助けるから。な?」

「……うん」


 仕方ないよね。今の私にはこうするしか……?


 考えても考えても答えが見つからない。

 俯く私にスクルト兄は微笑み頭を優しく撫でると、ゆっくりと戸を閉めた。




 暗い中を手探りで這いながら奥に進みただ黙々と縮こまる。

 そこからは私だけが世界から切り離されたような孤独の時間だった。光もほとんど無い暗いな納屋。

 それでも外からの音だけは遠くから伝わってくる。悲鳴、馬の足音、金属が交じり合う音。いろんな音が外で何かが起こっている事を伝えているけれど、どうなっているのかはわからない。

 一度だけ、近づく足音から納屋の戸を開けて光が差し込んだ。けれどその声はスクルト兄ではなかった。


「…………お父さん、お母さん、スクルト兄、無事だよね?」


 考えるほど不安でいられずココから出ようとして思い出す。


『お前は邪魔になる』


 私にもっと力があれば…………


「お父さんとの稽古。こういう時のためのはずだったのになぁ……」


 毎朝欠かさず鍛えてきたはずの力は、実演を前に『邪魔』という一言で信頼を伴わなかった。

 それも私を一番理解してくれていたはずのスクルト兄の言葉として。


 手をぐっと握り、せめて溢れてくる涙だけは堪えようと感情を押し殺し、両親が、スクルト兄が、そして村の人たちが無事でいる事を祈りながら、息を潜めて永遠とも思える時間を暗く狭い場所で待ち続けた。



……

…………

………………


 それからどれくらい時間が経ったのだろう。

 突然の光とともにスクルト兄が戸を開け、私を出してくれた。そして自慢げに語りだす


「男ってのはな。強く勇気があって、大事を成してこそだ。あ、今俺の事を思っただろ?」

「うん」


 前を歩きながらカカッと笑うスクルト兄はとても楽しそうだった。


 でも私は……。


 歩みを止めた私に対し、スクルト兄は振り返ると跪き両手で私の手を包んだ。


「シルフィ、お前も立派だったぞ」

「ううん、私はただ一人隠れていただけ…………」


 涙が出そうな悔しい事実。なのにスクルト兄は笑顔で私の頭をポンポンとした。


「それは違うぞ。あの時、シルフィに勇気があったから無事に納屋にたどり着いたんだ。生き残るってのはなぁ。何よりも大切な事なんだぞ」

「でも…………」

「それはシルフィの望んだ結果とは違ったのかもしれない。後悔もあるかもしれない。でもな、それでも信じて誇るんだ」


 何を? 顔を上げるとスクルト兄がほほ笑む。


「シルフィ自身を、そして生きる道を選んだ事を。だ」

「…………?」


 スクルト兄が何を伝えたいのかわからなかった。

 そんな私を見て、ほほ笑むスクルト兄。


「じゃあな」


 青と赤が混ざり始めた空はまるで夢を見ているようで。


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