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4-4

「ウアラ――――!」


 やたら響く盛大な声にクリスはため息をついた。


「芋の名前みたいな叫び声だ」

「クリス様、ウアは降る、ラーは天の主神を古代多言語で指していて、自らの行動を降神の儀で賜った神意と叫んでいるんですよ」

「知っている。北方諸国が戦う前に行う儀式の事だろ」


 神意と神を称するイリスが戦う神と神の代理戦争か。

 勇者が命懸けで神を追い出したのに人々が神を大義にして殺し合う。うん、勇者は泣いていいんじゃないかな。


 クリスはもう一度ため息をつき、城の方を見る。


「このやる気の差で崩される事がないようイリスがうまく掌握できているといいけど」


 幸いサクラ騎士団はイリスを神と信じ、彼らのその声で怯むモノもいない。

 むしろ、この子たちの過去を思えば襲い掛かる彼らのかけ声は邪神そのもので好都合ではある。


 そう感じながら眺めていた直後だった、城側から轟音が響いたのは。


「なんとか間に合ったか」


 心から安堵して、ならばと声を上げる。


「朗報だ! 我らの神は勝利を約束された! こちら動きだすぞ。全軍矢を番え、弓を構えろ!」


 クリスの命令に忠実にこなそうと馬上で弓を引く兵士たち。勢いある目の前の厳つい大男を前にして怯まないのはなんと頼もしい事か。

 一方で、こちらの動きを察して敵も川沿いに弓持ちが前でてきた。その構えが始まるまえに叫ぶ。


「よし、適当に放って!」


 三百騎の馬上からの矢。けれども足場も不安定で威力は強くなく、数もさした効果はないだろう。

 それでも戦う意思が示せれば十分だ。それにたった三百で留まっても敵の矢の雨だけで騎士団が壊滅してしまう。


「後退!」


 その合図に合わせて第五団は一斉に後退を始める。

 その動きの速さも訓練の賜物だなと身に染みて感じながらも急ぎ後退させ、第一波の矢の雨からは逃れる事ができた。

 そして、第五団の後退に合わせて敵戦士が掛け声を上げながら壊さなかった橋を一斉に渡り始める。


「うんうん。橋を壊さなかったから兵が橋に集中して狙いやすい。よし、もう一本いこうか!」


 合図をすれば騎士団はて再び矢を番えて弓をかまえる。

 そして、橋を渡る敵戦士に再び矢を放ち。


「よし、退却!」


 今度は、途中まで全力で城の方へと走り出し、道の途中で南側へと行き、山のある森に入るととそのまま姿を消した。





 オース軍兵士たちは退却したサクラ騎士団には目もくれず、一部を残して橋を渡りきるとそのまま城に向かって来る。

 けれどもこの門に兵士は旗を掲げる私とイリス様以外に居ない。


「イリス様、敵は騎士団に目もくれずこのままこっちに向かってきてます」

「そうね」

「騎士団は撤退しちゃったんですよ! どうしてココに兵士を配置していないのです?」

「それが戦いというものよ」


 意味がわからない。

 焦りに苛立つ私に対してイリス様がほほ笑む。


「サクラ騎士団が迂回して補給地を襲う事を警戒して川を渡らなかったのが本隊およそ二千、橋を渡った残り六千は追撃せすに一度隊列を整えてから城攻めのようね。これだで分散させたなら戦果としては十分よ」


 いやいや、たしかに三百騎で二千を足止めしたと見るとすごいけど、それでも城は二千五百だからまだ倍以上の差があるんですが。ましてやこの門は二人だけなんですが!


「あ、あの、せめて城門を閉めて、兵を集めなくていいのですか?」

「それも一つの方法かもねぇ……。まぁ私を信じて見ていなさい」


 イリス様がそう言って手にとったのは琴だった。


 なぜ、城門に琴が?


 何かの合図かと見ているとイリス様は琴を奏ではじめた。手慣れた音色は上品で思わず聞き入ってしまいそうになる。…………けれども、心地よい音色が流れるだけで何も起こらない。


 焦りと苛立ちが募るのを感じていると、イリス様が演奏しながら私を見て苦笑いした。


「戦いで焦りは失敗のもとよ。有能でありたいなら冷静に方法を考え、他者に感情を悟られないようになさい」


 そうは言っても……


 そう指さそうとした所で、敵兵は城の門が開かているというのに立ち止まった。


 あ、あれ? 立ち止まった……。イリス様が弾いているのはこれが狙い?


 その事実に驚き呆然としていると、敵に一隊が前にでて近づいてきた。

 数はおよそ二、三百人ほど。その姿はフードを被り、手には武器をもっていない。そんな不思議な人たちを呆然と眺めていると、イリス様がなぜか舌打ちした。


「なるほど、前回ココの城門が破られた理由がこれね」


 イリス様は琴を奏でるのを辞めて立ち上がる。


「シルフィは下がってなさい。魔法がくるわよ」

「魔法?」


 そう呟いた直後だった。フードを被った敵から見た事もない黒い炎に包まれた炎の鳥が天を舞い、急降下して私たちを襲い掛かってきたのは。


「あぶない!」


 私の叫びにイリス様は逃げるどころか受け止めるように手を前に出し。


「神に歯向かう愚か者め」


 直後、光の壁が突っ込む黒い炎の鳥を掻き消した。そして、今度はとばかりに何もない手から光の矢を作り出し、その弓を引き終えたろこで光輝く矢が現れた。


「天は天に、地は地に。人に偽りし魔はその罰を受けなさい!」


 そう言い放つと同時に放たれた矢は誘導されたかのように一直線に向かい、黒い炎の鳥を放った彼らの前で分裂し、光を放って弾けた。そして、後には…………まるで幻を見ていたかのように彼らの姿は跡形もなかった。


「シルフィ、目的は達成した。移動するわよ!」

「え? あ、はい!」


 何が起こったのかを理解する余裕もなく、イリス様についていく。

 驚くべき光景を前にしてもオース軍を止められるものではないらしいく、オース国軍は数の勢いに任せてて一斉に迫ってきた。


 城門階段を駆け下り、馬に乗り、逸る気持ちと震える手を堪え、旗を落とさないようにしながら走りだした後には空になった城門に矢の雨が降り注ぐ。そんな景色に驚きながらも尋ねる。


「先ほどの人たちは? あの炎は?」

「彼らは魔と契約した愚か者たちで、あれが魔法よ」


 後ろを振り返れば敵は城門を占拠し、こちらに向かって来ているようだった。


「あの技を使えば城門で十分足止めできたんじゃ?」

「神技は加減が難しいの! それに無制限にバカスカ撃てるならとっくの昔に大陸全土を灰にしているわよ!」


 …………荒廃した世界を見て『これで平和になったわ』と爽やかな笑顔で言うイリス様が想像できそうで笑えない。


 早い判断と馬での移動という事もあり、攻める敵と十分に距離を離して北区との城門に辿りつくと門をくぐる。そこで城門に閉め、ノエルたちとも合流して旗を渡したところで城門の上にまで上がった。

 そこから見える光景は、西城門を難なくくぐり、西区に溢れ、雄叫びを上げながら広がっていく姿があった。

 その数の多さも勢いも思わず息を飲むほどに圧巻するものがあったが、イリス様は怯えるどころか満面の笑みで頷いていた。


「私たちを追いかけるべき時に分散ねぇ。傭兵が略奪を急いだか、それとも奇襲を恐れてか。いずれにしてもバカね」


 そう呟いた所でイリス様が整列する弓隊に向かって叫ぶ。


「弓隊はそれぞれ渡された火矢と矢を番えて構えろ。敵は既に罠にかかった。彼らに私たちの恐ろしさを見せつけなさい!」


 その叫びに呼応するかのように、各什長が弓隊に弓を引かせる。そして十分に構えた弓隊の姿を見てイリス様が叫ぶ。


「放て!」


 イリス様の叫びに各什長が同じ言葉を叫び、次々と矢と火矢が放たれていく。

 そして、その矢を合図にするかのように、城側の城壁からも火矢が放たれ始めた。後は各什長の判断で北区側と城側の二方面から次々と放たれ続け、矢の雨に敵兵は次々と倒れ、放たれた火矢によって西区再建中の家々が勢いよく燃え始めた。


「無事に発火もした。油をまいた効果は抜群ね」

「え? 戻るまでに発火していた可能性もあるんじゃ?」

「知らなかっ…………もちろん知っていたわ! 計算のうちよ!」


 天運も味方していたらしいその効果は大きく、前線の敵戦士はこちらからの城壁からは矢の雨、中ほどは火と煙で包まれ、後ろは知らずに押し入ろうと混乱しているようだった。


「うんうん。事前に障害物を設置した効果もでているようね。裏道を迷路にしたアルフォンソ伯のおかげね」


 結果、敵兵は裏道で足止めを受けては煙に包まれ、中央通りでは矢の的だった。それを知らない後続の押し入ろうとする動きも相まって、いつの間にか雄叫びは混乱の怒号と悲鳴ばかりがあがっていく。

 そんな地獄みたいな有り様に私は驚き呆然としながらも眺めていると、次第に敵の中から逃げ出す者が出始めた。

 そして、各方面からの伝令の報告を聞き指示を出していたイリス様がその様子を見て満足げに頷く。


「各弓隊は狙撃に切り替えなさい!」


 弓隊が城門に近づく者に狙いを変える指示をしているのを確認してイリス様が私を見た。


「シルフィたちも……いえ、あなたたちはココで旗を掲げ続け、守備兵と共に城門を死守しなさい」


 それはスクルト兄の時と同じ指示だった。


「いえ、私たちも……!」


 けれども今は伍長。私情で反発したり駄々をこねる場じゃない。


「承りました。伝令は?」

「出撃し、先頭に居ると言いなさい。私たちは敵を川岸まで追い返す!」


 私の返事に頷きイリス様は単身で城門から降り馬に乗る。

 そして、城門前で緊張の面持ちで待機していた者たちに告げる。


「ダリウス部隊長。私についてきなさい!」

「承りました」

「開門! これより打って出る。敵に私たちの恐ろしさを教えてやりなさい!」


 開門と共に待機していた兵を引き連れ出撃し、矢に代わって逃げ出す敵兵士にイリスが先頭に立って剣を振るう。


「すごい……」


 そこにはひときわ目立つ敵を蹴散らかす白銀の女傑の姿があった。

 ちぎっては投げ、先頭を行くその勇猛果敢な姿に感化され、後の続く者も勢いに負けじと続く。そんな恐れを知らない彼らの姿がもたらした結果は数の差が嘘のような一方的な攻勢であった。そして、空気が変わり始めた所でアールのいた城門からも出撃して戦い始める。さらにさらに、その状況を読んでいたかのように西門側から叫びが上がったのは隠れていたクリス以下サクラ騎士団が背後から突入したらしい。

 その西区に集まった敵を三方からの一斉に攻撃に対し、敵兵士は混乱して残る一か所の城門から外へと逃げ出していた。後で聞いた話では追い詰めた先の橋では混雑に川を渡ろうとした者たちが多数溺れ死ぬ者がでるほどの壊走状態だったらしい。


 こうして、川を挟んでの対峙後。

 クリスが迎えに来て、西区での残党狩りをした後で守備兵を残して私たちも川岸に合流した。対峙するその光景を最前線で眺めるイリス様に確認する。


「あの、ココで決戦ですか?」


 私の問いにちらりと見て、少し間をあけるとため息をついた。


「いいえ。おそらく彼らは撤退する。おそらく橋も壊さない」

「どうしてそう思うのですか?」

「本気でココを攻めるつもりなら、この戦況をひっくり返す機会は既にあったから。橋を残すのは城門を開けていた私への警告といったところかも」


 それはいつ?


 そう尋ねようとしたのを思いとどまる。同じ光景を見ていたはずなのに、イリス様と見ている世界があまりにも違いすぎて、聞いたところで理解できるとは思えなかったから。

 

 そして、そのイリス様の予想通り、数のうえではまだまだ敵兵の方が多いように思えたオース国軍は二日ほど対峙をした後に橋を残したまま撤退した。数の不利を理由にこちらも追撃はしなかった。


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