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4-1 予感

 訓練の日々は続いた。

 新しい日常に吉報はないけれど、それでもみんながよくついて来てくれるのはティアさんが母親代わりとなってみんなの頑張った話を聞いてくれているおかげなのかもしれない。

 それでも、最近は少し自信をつけてきたノエルが無謀にもイリス様に戦いを何度も挑むようになり、その度に詰めの甘さで私が怒られるけれど。


 ただ、なんとしても勝とうとするノエルの姿がテレンス、アンドリュー、ライカ、アルエ、サリアを刺激しているようで、より積極的に、より熱心にさせてもいた。そして、そんな前向きな姿に私も夜に外を眺めて村の事を懐かしむ事もしなくなってきた。

 そんな共同部屋の暮らしに慣れはじめたある日の事。


「あ、シルフィ。今日は訓練はいいから私の居る屋敷にきなさい。あのコたちは休みにしてティアに任せたらいいわ」


 ……いつになったらシルフと呼んでくれるの。一人前と認められたら?


 期待と不安を感じながらも言われるままに送り出し、イリス様の部屋へと向かう。

 そして入るなり。おめかしして純白のドレスを身にまとったイリス様が手を組み私を睨む。


「遅い! さっさと着替えなさい」

「え? あ、はい………………え?」


 言われるままにき着替えされられたのは、まるで貴族みたいな衣服で…………ドレスだった。


 まぁ……、うん。なんとなく知ってた。


 どこか懐かしさすら感じながらイリス直々に髪型までバッチリとセットされ「よし」と満面の笑みと、なぜかクリスは黒い鎧と仮面をつけ向かった先。

 そこには扉にまで兵が構えている屋敷の中の一室だった。


 そこに躊躇する様子もなく、イリスが堂々と扉を開けて入る。


「サクラ騎士団の団長イリス、ただ今参りました」


 一斉にイリス様の方に向いた顔ぶれは、そのどれもが偉い人だとわかる程度には姿も態度も違った。

 クリスが軽く頭を下げたのを見て、私も慌ててマネをする。


 ま、まさかこんな大事の席にこんな格好でいるハメになるとは……


 イリス様が歩き出した後についていき着席するその後ろにクリスと立つ。


「連れに派手な女を増やしたか」


 いえ、私は男です。ドレス着てますが男です。大事な事なので男です。


 と、心の中で呟くけれど伝わった気配はない。イリス様も無言でほほ笑むだけで何も言わなかった。


「まあいい。では話を始めよう。まずは現状の報告を」

「では私が」


 一番奥に居た一番偉い人、おそらく伯爵の言葉に一人の男が立ち上がると一礼し……一瞬私を見たような?


「現在、北方のオース国が動き出したとの報告がございました。冬に備えてこの城を拠点にした後に周囲一帯を略奪するのが目的かと思われます」

「数は?」

「まだ詳細はまだ不明ですがおよそ数千から一万余という報告があります。こちら主力は城の兵士五百とサクラ騎士団の三百騎。あと城下や周囲の村からかき集めたおよそ二千です」

「な、この城でたった二千五百!?」


 イリス様が驚く様子に不思議に思っていると、聞いていた一番偉そうな人がイリス様の方を向いた。


「例年、この辺りでは北方諸国からの神出鬼没な略奪に備え、こちらは兵を各地に分散しているのだ。

 オース国軍もこの城に兵を集中さて足止めしている間に周辺を略奪できればそれでよし、分散しているならココを落として身代金で稼ごうという考えなのだろう。前回はそれで西区の城門が破られた」

「それで私たちが呼ばれた、ね」

「そういう事だ」

「それで、今回の貴伯の作戦は?」


 ……貴伯?


「中央からは貴女が作戦を持っていると聞いている」


 貴女?


 おそらくお互いに相手を呼んでいるであろう聞きなれない言葉。

 その事を確認したい衝動を堪えていると、イリス様は立ち上がり手でバンッと机を叩いた。


「それで? 編成も総大将もわからない数千を相手に三百で戦えと?」

「そうはいっていない。必要があればこちらからも兵力を貸す」

「つまり、考えていないのね」

「…………」

「それも敵の数も総大将すらもまだ把握しきれていない」

「…………」


 沈黙と重苦しくなってきた空気の中、イリス様はため息をついた。


「貴伯に総大将としての判断力と覚悟がないなら私に譲りなさい」

「無礼だぞ!」

「礼儀を優先して負けたら意味がないでしょうが!」


 その直後、一番偉そうな人が手を前にだし、静まり返る。


「敵の動きは神出鬼没、想定が難しいのだ。そう理解してくれ」

「それでもこちらの勝利条件は確定している。

 いい、私を総大将にする。それが勝利の条件よ。それができないならただ聞いている役立たずの部下と話し合って決める事ね。サクラ騎士団は私の判断で行動させてもらう」


 この一言にバカにされた周囲からは怒声があがった。が。


「代案もないならこれ以上は時間の無駄のようね」


 イリス様は鼻で笑うとそのまま退出をはじめ、それについていくクリスに築いて私も慌てて後を追いかける。そして。


「主が失礼いたしました」


 クリスの一礼に慌てて一緒に頭を下げてから退出した。




 そして部屋に戻り。


「イリス様、あの……」

「何? 言うなら用件を言いなさい!」


 不機嫌そうなイリス様に尋ねる。


「貴伯て何ですか? あと貴女も」


 私の真面目な質問にイリス様はなぜか驚いた様子で私を見て、なぜかお腹を抱えて笑い出し、席に着く。

 そして、笑い終えて満足したのかうんうんと頷く。


「そうよね。シルフィはこれまでこういう機会はなかったものね」

「はい」


 田舎者と言われているようで気分はよくない。けれど事実なのは仕方ない。


「貴伯とは、伯爵に敬意を示す呼び方よ。貴は相手を敬うときに付け、伯は爵位ね。貴女も爵位から性別になっただけ」

「じゃあ、男の人のときは貴男ですか?」

「そういう事。それとば別に貴族同士だと領主に対して治める地方名と卿を合わせて呼ぶこともある。また帝に対しては主上、使える主人に対しては主様や名前に様付け。主従関係だとまた呼び方が変わるから注意ね。まぁ、慣れないうちは名前に様付けが無難よ。主上と話す機会もないでしょうし」

「ありがとうございます。イリス様」

「いいのよ。あなたのおかげで少し気が晴れたわ」

「?」


 首を傾げてクリスを見ても、笑顔で返されるだけだった。


「クリス、調べた事を報告して」

「報告によると侵攻してきた主力はオース国軍およそ八千。主に軽装の槍兵、剣兵で傭兵が半数。率いるのはオース国王族の一人、アンデルで北西から街道沿いに侵攻中。先ほどの報告にもあるように、兵力を分散して各地に守りと民の避難場所はあるようなので人的被害は軽微にはなるだろう。そして確認から報告までの時間差を考慮すれば、おそらく既に国境を越えている」

「そう」

「あの、どうしてその事をあの場で言わなかったのですか?」


 私の問いにイリス様はため息をついた。


「情報も価値のひとつなの。この地を治めるのなら調べていて当たり前で私たちにはあえて報告していないだけ。

 そして、あのやりとりも私が主導権を握るための演出。『貴女がなんとかしてくれる』と責任を押しつけつつ『必要があればこちらからも兵力を貸す』と他人事みたいに言っていたでしょ。

 最初から私に勝敗の責任を渡し、代わりに兵と情報で責務を果たす取引をするつもりだった。けれどアルフォンソ伯にも名誉と治めている立場というのがあり、私に総大将を譲ろうにも反発する者はでる。だから事前に配下が納得する茶番が必要だったのよ」

「……あの、それでイリス様は総大将になったら三千足らずで八千に勝つ方法を持っているのですか?」

「ある」


 そう言い切るのは勝つ自信の表れなのかもしれない。

 イリス様がどんな策を考えているのかはわからない。けれど、少なくともこの城の中で一番具体的な方法を描いた勝てる自信を持っているであろう事だけは確かだと思えた。そして、だからこそ気になっていたもうひとつの疑問の理由を求めて尋ねる。


「もう一つ聞いていいですか?」

「いいわよ」

「私が毎回ドレスを着ていたのにも理由があるのですか?」


 先ほどまで自信に満ち溢れていたイリスの視線をそらした。


「それは……えっとね…………」


 初めて見る歯切れの悪さの後、閃いたように自信満々に私を見て。


「私の趣味よ!」


 先ほどまで頼もしい姿を台無しにさせる変態趣味を堂々と告白されてしまった。


「あ、はい……」


 あまりの堂々とした姿と勢いに思わず頷き、後ろで仮面を外したばかりのクリスが吹き出した。

 ただ、そのおかげでシルフィと呼び続けていた理由はわかった。


 納得できるかは別としてだけど。


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