3-1 じしんとおごり
翌日から、突然の命令に七人が困惑し私は失敗する……事はなかった。
というのもティアさんがいたから。
「シルフィの言う事をきちんと聞いてあげてね。大丈夫、私を信じて」
守りぬいたティアさんの一言に対する信頼は絶大で、イリス様に嫌悪を向けていたノエルも私には大人しく従ってくれた。
そして、食事後に訓練場にまで向かうとイリス様と初めてみる使用人らしき者が数名が待っていた。
「お寝坊さんたちが来たわね。まずはそこの女。あなたはクリスのところへ行きなさい」
そう指で指されたティアはクリスって誰と首を傾げ、察したイリス様がクリスの方を指さす。
「あのセンスの欠片もない黒い鎧と仮面をつけた女のところよ」
あぁ。と納得した様子のティアは素直に向かって行った。
……その説明で通じるのもそれはそれでどうなんだろ。
そう思いながら周りの反応をたしかめると、他のコはそんな事よりもティアさんが居なくなった事の方が心配なようだった。その様子を見てイリス様がため息をつく。
「心配いらないわよ。次にシルフィ、こっちにきなさい」
言われるままに前に出る。
「あなたたを臨時の伍長に任命し、訓練、実戦時にはこの子たちを率いる事を命じる」
「伍長?」
「そこからかぁ」
イリス様がため息をついた。
「伍長とは兵をおよそ五人一組にして率いる者の事。騎士団では兵の次の階級よ。ちなみに必ず五人でという意味ではないから」
つまり、私を含めて七人でもいいらしい。
「補足しておくとその伍長を十人ほど率いた長を『什隊長』。率いる集団は『隊』だから略称として隊長とも言うわ。そして什隊長を複数率いた長を『部隊将』、『部隊長』。率いる集団は『部隊』で、略称として部将、将軍ともいう。ちなみに騎士団は部隊にあたり、団長は部隊長にあたる。まぁ、伍長と什隊長は各騎士、各国によってあったりなかったり違ったりするのだけれどね」
「そうなんですか。……えっと、なぜ部隊だけ部隊将と部隊長があるのですか?」
「部隊将は領地を持つ爵位、つまり公、侯、伯の貴族のみつけ部隊を率いる総大将となれる資格がある。それ以外は部隊長として扱われ、総大将となる資格がない違いがあるの。
ただし、騎士団の場合は皇帝直属でありながら独立した特殊な地位もあって長という立場でありながら皇帝の代理として総大将になる事もある。
まぁ、要するに将と呼ばれた人を見かけたら態度に気をつけなさいという事よ。そこで他人事みたいにぼんやり聞いている子たちもね」
イリス様の視線と突然のふりに目をぱちくりさせるみんな。
うん、聞き流していたよね。その気持ちすごくわかる。
「いい、この城は北方を監視する伯爵が治めているから私の兵であってもタダ飯食らいや問題児は追い出されるの。シルフィはしっかりと訓練をさせ、問題を起こさないようになさい。そして、これは所属を示す一員の証」
そう言ってそばで控えていた使用人たちが私に渡したのは紅白の丸いペンダントと準備したらしい真新しい男性用の衣服だった。どこで準備したのか男のコのテリィ、アンドレアの分まであり、身動きしやすい衣服として女のコのノエル、ライカ、アルエ、サリアの分まである。
「まず、そこの男三人、左から名前を名乗りなさい」
「シルフィです」
私が名乗ったのに合わせて続く
「テリィ」
「アンドレア」
その様子にイリスは頷く。
「騎士団に所属するからには男女問わず大人として扱う。この辺では子どもは女のコの名前をつけている。そうよねシルフィ」
「はい」
「なら、シルフィはシルフと名のりなさい。テテリィリィはテレンス、アンドレアはアンドリューと名のりなさい」
大人。その言葉と共に男のコとしての名を与えられて目を輝かせたのは私だけではないはず。
「はい」
「はい」
「はい」
三人の息の揃った返事は喜んで受け入れるものだった。
「続いて女のコも名を名乗りなさい」
「ライカ」
「アルエ」
「サリア」
「……ノエルです」
渋々名のったノエルに気にする様子もなくイリス様は話を続ける
「あなた達には動きやすいよう髪留めを支給する。その他シルフィには言えない事があったらティアに遠慮なく相談なさい。対応するから」
そう言って渡したのは繊細な花のデザインがされていた。
気に入ったのがほころぶ表情からよくわかる。
「さあ着替えなさい。武器はとりあえず訓練用の木剣で扱いを覚えるところから。少し大きいだろうけどシルフィが型を教える分には問題ないでしょ。それと支給した衣服の大きさに問題があれば言いなさい。支障があるなら仕立てなおすから」
「あの、本当に私が教えるのですか?」
「先の訓練で確認したけど基礎はできていた。誰から教わったのかは知らないけどまずは教わった通りに教えてみなさい。その様子を見て必要あればクリスから指示するから」
イリス様は説明は終わったとこの場を離れ、兵士たちを集めて指示をだしはじめた。
言われるままに木剣を取りに行き手渡すと素振りをさせてみる。こうして持ち方から始まり、体力、動きをどうやって教えていけばと考えていたところで全身を黒い鎧に包み、仮面もつけたクリスが戻ってきた。
「あの、ティアさんは?」
「あぁ、彼女には使用人として屋敷の仕事を…………あ、イリスには言うなって言われてたっけ? 今のは内緒ね」
思いっきりみんなに聞こえるように説明してから内緒って……
クリスはその事を気にする様子もなく私たちの訓練の様子をしばらくみて頷く。
「とりあず慣れない事で疲れてきた様だから一度休憩を入れようか。その間、シルフィと私で手合わせでも見ていてもらおう。見るのも訓練のひとつだ」
教える側と教わる側の違いをすぐに感じさせられた。そして手合わせをした。
「見せて、試させて、任せる。これが誰か言っていた教える基本だからお覚えておくといいよ」
みんなも努力すればすぐにできるようになるとクリスは手を振りイリス様のもとへと向かって行った。
「指揮できる人たちってすごいんだなぁ」
そう思いながらイリス様の方を眺め……兵士たちが力尽きて倒れる死屍累々の惨状に一人立つイリス様とそこに慌てて止めに入るクリス。
「……うん、無理せず頑張ろうね」
その様子を目撃した男のコのテレンス、アンドリューはもちろんの事、女のコのノエル、ライカ、アルエ、サリアまで、いかに恵まれているのかを見せつけられ、誰一人として不平や不満を言う者はなく、まずは見せる所から始めた訓練はみんな私の指示を大人しく聞き、必死に頑張ってくれていた。
そんな訓練に訓練の日々を重ねた慣れない新たな生活。
その繰り返しの間も時間は流れ、村は廃墟になった事は隠さず知らされた。
既に諦めもあった話。それでも誰も表立っては悲しむ様子は見せなかったのは、新しい生活が恵まれていてティアさんもいた事があったのかもしれない。
帰る場所がなくなった事でみんなこれまで以上に真剣に取り組むようになり、様になってきた事もあって量も少しずつ増やしはじめた頃。
「団長、納得できません! どうして私でなく、あいつが伍長なんですか!」
いつもの訓練中、突然の叫ぶ声に顔を向ける。
そこには私を指さしイリスに訴えかける人の姿があった。それに同調しているらしい人たちも後ろにつき、頷いている。
そのただならぬ様子が気になり耳を傾ける。
「彼は私よりも年下です。新入りです。まだ子どもみたいです。その理由を教えてください!」
「理由? エースよりも素質があるからに決まっているでしょ」
「なら、この場にあいつを呼んでその素質を証明してください!」
「はぁ…………。いちいち声がうるさいわねぇ」
そうちらりとイリスが私を見て、エースと呼ばれた人も私を睨んだ。
「こ、コワい……」
初めて見る見下したモノとはまた違った敵意に思わず顔をそらしたものの、それが逆効果だったのかもしれない。
「今、私をバカにした目でみていました!」
「そう、バカだから仕方ないわね」
「ひどい!」
私の事に対してあまりの(一方的な)言い合いに次第に周囲の目がこちらにも集まってきた。
あまりの居心地の悪さに一度、休憩を命令してからイリスのもとへと向かう。
「イリス様、その……」
「なんで来るのよ! はぁ……で、言いたい事があるならハッキリと言いなさい」
「いえ、周囲の視線が集まり訓練に支障をきたしています」
「え? ……あぁ」
イリスが周囲を見渡し、一斉に顔をそらす姿にため息をついた。
「そのようね。訓練の邪魔して悪かったわ。行きなさい」
「わかりました」
「ちょっと待てぇい!」
関わらないようにと心がけていたのに、その呼び止める声にうっかり振りむいてしまったのがいけなかった。
エースと呼ばれた男は剣を私の方に向けて言い放つ。
「俺と勝負しろ!」
この場合、どう答えるの正解なんだろう。
⇒とりあえず考えてみる。
きっぱりと断る。
新入りの私が傲慢な態度をとるのはよくないし、エースと呼ばれた男の人の言い分も一理ある気はする。でも、イリス様の命令は行きなさいとの事だった。
少し考え、角を立てない答えを私なりに考え、正直に感想を答える。
「あの、私は騎士団に入ったばかりで勝負とかわかりません」
「………………そうね。なら仕方ない。エース、諦めなさい」
「いやいやいやいや!」
慌てたエースがイリスの方を向いて懇願する。
「そ、それだと俺が納得できません!」
「そんなの知った事じゃないわ。私の命令が聞けないなら騎士団を辞めてもいいのよ」
「そんなぁ……」
あぁ……、うん。なんだろうこの状況。
今にも泣き出しそうなエースと気まずそうにしながらも助けを求めるように私を見るエースの援護者たち。
周囲の目もどことなくエースに同情を向けているような気もしなくない。
「ほら、周りも呆れているでしょ」
「でもでも!」
…………なんか申し訳ない気持ちになってきた。
「あ、あの…………」
「何? 話があるならハッキリと言いなさいと言ったでしょ」
「はい、今後のため私も勝負があるなら知っておきたいです」
私の言葉にイリスが睨んだ。
「今、余計な同情したわね」
図星に思わず勢いよく首を横に振りながら答える。
「いえ、知らない事を知っておきたいだけで……その」
私の言葉にイリスはため息をついた
「じゃあついてきなさい……。あと、エースの後ろについているだけの雑魚はクリスにこの事を伝えに行って、訓練に戻りなさい。後でご褒美をあげるから」
たぶんクリスに伝えるのは私が抜けた後の事を考えて、あの子たちが困らないようにとの事なのだろう。けど、雑魚と呼ばれた人たちはご褒美という言葉に顔を真っ青にしていた。……なぜ?