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1ー1 ねがいとはじまり

 はじまりはただ、なんとなく…………。

 そう、なんとなくいつものように明るい青空の日差しを見上げた日の事。


「…………ん?」


 なんだか目が眩み、身体が温かくなったような?


 それは普段なら日差しのせいかなと気にもとめない事。

 それなのになぜか気になって、周囲を見渡してみる。


 目の前には見慣れた小道に柵と庭付きの木製の家。左を見れば、間隔を開けて同じく柵と庭付きの数件の家が並び、道はすぐに途切れて木々や納屋がある。右には畑へと続く道へと合流し、その道に沿うように家々が並んでいた。


 うん、見慣れたいつもの村の景色だ。

 私の名前はシルフィ。性別は男で今は十四歳でもう少しで成人として。て、そこまで確認する必要もないか。


「もしかしたら、天の主神さまと目があったのかも、なんてね」


 天の主神さまに気に入られた男のコは神々の暮らす天の国へ連れ去ってしまうという言い伝えがあるらしい。なので生まれた子供はみんな親から女の子の名前を付けられ、十五歳の成人儀式まで女の子として育てられるのだとか。


 天の光で目はまだ少しチカチカするけれど、この小さい身体の感覚もいつも通り。

 ホッと安堵の息をついたところで我に返った。


「あれ? そういえば何をしようとしていたんだっけ?」


 そう思い振り返ると、そこには私を見て母の微笑む姿。


「そうだった。井戸に水を汲みに行くところだった!」


 母からの頼まれ事を済ませるために家を出る。

 村は馬車が通れるように作られた街道と畑や小川で使う道の合流するT型を中心として、派生するように小道に家や納屋が並ぶ。井戸は共用として道が合流している広場にあった。


 そこで水を汲み上げ、桶に一杯となった水面からぼんやりと写る自分の顔を眺める。


 束ねたセミロングの金色の髪、青い目、まだ子供っぽさの残る顔つき。

 

「……女のコみたい」


 この、少しだけ低い身長と肉付きの悪いこの華奢な身体も含めて。


 顔を眺めながら思わずため息をつく。


「もう少ししたら男っぽくなるのかなぁ? そうしたら……」


 この小さな村を出て大きな町で物語みたいにカッコよく出世して、吟遊詩人の語るような……なんて夢見すぎか。


 皇帝の住まう帝都からも遠い北西部の山の麓にある辺境の小さな村、それがここランス村らしい。

 ココで暮らし、父の仕事を手伝い、母の家事を手伝う日々。村の人たちはみんな知人で、季節の移り変わりくらいの平穏で変わりない風景。

 商人も旅人もほとんど通らない道で、村をわざわざ襲いにくる賊もいない。




――平和




 この村の暮らしをそう表現するんだと母が教えてくれた。

 そして、それは何よりも幸せな事なんだって事も。


 ただ、それが幸せな事でも同じことが繰り返される日々はこうして水面を眺めて少女みたいな顔つきを悩むほどには退屈していた。


「なんて、なんて小さな世界なんだろう。何も知らず、何もできず、何も起こらないままこの小さな世界で生きて老いていくのかなぁ」


 食べ物にも飢えず、衣服も住む所も困らず、何よりココの人たちは優しい。……容姿はからかわれるけど。

 それでも平和で長閑な日々。私のこの悩みはひょっとしたらとても贅沢な事なのかも。それでも。


「もっと、もっとこの世界で生きる意味を感じられればいいのに。例えば天の主神さまが気まぐれで私に使命を与えて…………」


 まだ幼かった頃、たまたまやってきたとある吟遊詩人が聞かせてくれた勇者の物語を思い出す。


 古の時代、この大地にいたという人々に災いをもたらしていた魔の王たちと神々を追い払ったという伝説の勇者の物語。

 その勇者は今の天の主神さまから使命と特別な力を与えられ、神々と魔の王たちをこの世界から追放して今の私たちが住む世界がつくられたのだとか。


 今でもどこまでが本当で嘘かもわからない古の時代の物語。それでも初めてその話を聞いたときは目を輝かせてワクワクして憧れたっけ。


『じゃあ、勇者になる努力をしないとな』


 まずはできる事からしていくのが基本。そんな父の言葉にのせられ早朝に剣や槍の修練に付き合わされ畑仕事を手伝い、母にも文字や計算、言葉遣いを教えてもらって家事の手伝いをしてきた。すべて勇者になるために必要な事だと言われて……。


 うん、今振り返れば途中から両親にいいように扱われていたような気もする。ただ、そんな夢を見ていた頃から成長して私も現実が少しだけ見えるようになってきたのかもしれない。


 過去に本気で人々を救う勇者になろうとした日々の事を思い出し、今は大きな町でカッコよく出世する事すら諦めつつある自分に苦笑いして空を見上げる。

 青く晴れ渡る空に憂鬱な気分が少しだけ晴れたような気がした。


「よし!」


 今朝も稽古はしたし、畑仕事の手伝いも終わった。この後はいつものように習い事と家事の手伝いだ。せめて両親には立派になったと思ってもらえるくらいにはならないと。

 

 そう思いながら桶に手をとろうとしたときだった。


「に、逃げろーー!!」


 慌てふためく叫び声が響いたのは。


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