第95話 クザン、オラクルムにて
「……ここにも手がかりはなかった、か。やっぱりもうこの国にはいないってことかなぁ」
元オリピアージュ公爵騎士団所属、従騎士クザン・ローグが宿の部屋の中でそう呟いた。
ここはオラクルム王国、その西端に存在する街ジャガータである。
さらに西に向かうと、この国では知らぬ者のいない……いや、世界的にそうと知られた魔境《煉獄の森》が広がっている。
そこにはクザンのかつての主人、ノア・オリピアージュが捨てられた……実際には半ば避難させられたわけだが、特に誰かお供とか戦力とかをつけられたわけではないから、捨てられたと言ってもいいだろう。
しかし他の手段のどれよりも、生存率が高い方法であったのは間違いなかった。
クザンも含む、オリピアージュ家の人間は知っているのだ。
あのノア……ノア・オリピアージュの持つ、非凡さ、生き汚なさ、のようなものを。
それは別に悪口ではなく、どんなところでも生きていけるような強かさ、そして器の大きさを持っていると言うことだ。
世によく挙げられる聖人とか人格者というものは確かに立派であるが、《煉獄の森》なんてところにある日急に投げ入れられたら大抵が死ぬだろう。
ノアはきっとそうではない。
そうはならない。
そう信じられるような、奇妙な魅力というかカリスマ性というか能力というか、そんなものがあるのだ。
本人はそんなものが自分にあるとは全く思っていないようで、常に自分は凡人に過ぎないと言っていたが。
実際、技能などを見る限りは特段どこかが優れているとかいうわけでもなかった。
まぁ、最後には《聖王》などというとんでもない技能を手に入れてしまったわけで、その意味でも凡人からはかけ離れていた存在だったのだろう。
明らかになるのがあまりにも遅過ぎただけで。
もう少し早く分かっていれば、もっと色々とやりようがあっただろうから、それだけは悔やまれる。
「……なぁ、クザンのアニキィ。もう諦めたらどうだい? やっぱり《煉獄の森》なんかに捨てられちゃ、流石にもう二度と出てこれねぇって。それどころか、もう死んでるって考えるのが普通だろう? それより、私と一緒にこんな国出て、どっかで一旗上げようぜ。私、あんたにならついてくしさ」
クザンにそう言ったのは、一人の少女だった。
言葉遣いは極めて悪いというか、柄の悪い男言葉だが、見た目はむしろそれとは正反対である。
大体、十歳程度の少女にしか見えず、クザンと一緒にいるとただの妹のようだった。
事実、二人きりでない時にはそのように振る舞って周囲を誤魔化している。
ただし見た目はほとんど似てはいないが。
比較的整った顔立ちを二人ともしているから、そう言い張れる、というだけで。
そんな彼女はしかし、見た目通りの存在ではなく、いわゆる普人族ですらもない。
彼女はドワーフであり、年齢も見た目通りでは全くない。
クザンが彼女の話から想定するに、優に五十歳は超えているようだった。
そんな彼女となぜ、クザンが同室をとっているかと言えば、クザンと彼女は今、一緒に旅をしているからだ。
もちろん、それぞれ目的は異なり、クザンは自らの主人探しのため、そしてドワーフの少女の方は、自分の腕を生かす場所を探しているのだった。
この二人の出会いは、ドワーフの少女がクザンの旅の道すがら寄った街で、奴隷にされかけていたところを助けたことから始まった。
その時に恩というか、縁を感じたらしく、ドワーフの少女はクザンについていくと言い始め、仕方がないと惰性でそのまま二人旅をしている。
ちなみに、彼女の名前はメリクーア、といい、そこそこの鍛治の腕と戦闘能力を持っているので、正直足手纏いというよりはいい相棒になっていた。
それでも、ノアのことを完全には説明しきれていない。
クザン自身の出自も含めて、全てを話すことは……少なくとも、この街にいる限りは難しかった。
どこで聞き耳を立てられているかもわからないからだ。
とりあえずメリクーアに話しているのは、自分のかつての友人を探している、ということだ。
これは決して嘘ではない。
そしてその場所は《煉獄の森》であるということも。
色々やらかして国にいられなくなった友人が、ついには魔境に捨てられることになってしまって、だから自分くらいはせめて探しに行ってやろうと思っている、というストーリーだ。
ノアからすれば、おい、随分俺の扱い悪くないか、という話になるだろうが、意外なことにこの中に嘘はひとつもないのが笑えるところだ。
ただ、ノア自身に責任があるところもひとつもないというだけで。
「あの人……あいつは魔境程度で死ぬような奴じゃないから。とりあえずこの国にはいないってことが分かっただけさ。この国を出るのはまぁ、賛成かな……もしも《煉獄の森》を出るとして、この辺りに来るのが一番早いだろうって思ったから探してただけだし……」
「じゃあ、友達探しはやめねぇのか。あんたくらいの人がそんなに必死になって探すなんて、どんな人なんだかな」
「面白い人だよ……少なくとも、僕の人生の中では一番ね。ただ説明しにくい人でもある。だから君には会わせたいんだけどなぁ」
「はぁ、仕方ねぇな……ま、見つかるまではついてってやるさ。あっ、次はユリゼン連邦に行こうぜ。あっちは《煉獄の森》の南端に繋がってるんだし、こっちに来ないならあっちだろ。私みたいな亜人も暮らしやすいしよ」
「確かに、北端よりは、可能性があるかな……よし、じゃあ明日にでもオラクルムは出ようか」
「おう」
なんとなく決めた道筋ではあるが、意外にも正しい選択であることを、この時の二人はまだ知らない。
読んでいただきありがとうございます!
とりあえずこれにて第三章は完結になります。
次話から第四章になるので、ここまでで面白かった、と少しでも思われましたら評価などいただけると幸いです。
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