第85話 契約の理由
しかし、待てど暮らせど、黒い骸骨の王は全く俺に対して反応を見せなかった。
いや……厳密に言うのなら、俺が反応するのを待っているような。
落ち窪んだ眼窩には一見して、何の感情も存在しないように感じられる。
しかしながら、俺に何故か、そこに何かが《ある》ことが理解できた。
魂の存在だろうか?
不死者であるけれども、そこに《存在》はある。
そんな感じというか。
不思議なものだが、直感というのは大事だということを、俺は《煉獄の森》の厳しい生活と、アトとの辛い訓練でよく知っている。
人は文明的な生活を手に入れて、多くの野生的な本能を失ってしまったらしいというが、野生にほとんど戻ることで俺はいくつか取り戻したのかもしれなかった。
ともあれ、とりあえずは……。
「……おい。お前は、俺の話が分かるか?」
そう黒い骸骨王に尋ねてみる。
するとその黒色の骸骨は、俺に対して、その骨をカタカタと鳴らしながら、こくり、と控えめな様子で頷いた。
体の大きさは通常のスケルトンよりもずっと大きく、俺のことすらも骸骨だけで押しつぶせそうなのに、何か妙な可愛らしさを覚えて俺は自身の感覚に驚く。
別に全然可愛いものではないはずなのだが……。
そんなことを考えつつ、話を続ける。
言葉は話せないようだ、と思ったから、はい、か、いいえで答えられるような質問がいいだろう。
「……そうか。じゃあ……そうだな。お前は、以前、グライデルに従っていたものと、同じものか?」
これは重要だった。
何故ならこれの答えによって、こいつの出自が朧げながらにでも理解できるからだ。
果たして……。
そう思って待っていると、黒骸骨王は、再度、こくり、と頷いた。
「やっぱりか……」
これでなんとなく俺はこいつが俺の《従属契約》相手になってしまっている理由を理解した。
つまりはこういうことだ。
こいつは本来、死霊術によって使役されている存在だった。
死霊術は、その詳しい技術については秘伝のものとされていて、余人には伝わってはこない。
これは死霊術が邪悪なものとされていて、通常人が触れるべきではないとされている禁術であるために、弟子以外には伝えないようにしているためだ。
しかしそれでも、その内実が全くわからない、ということではない。
魔術の型式から、その内容は大雑把にだが推測することはできる。
それに、ほとんど表舞台には出てこないとはいえ、今回のグライデルの場合のように、なんらかの事件を起こす死霊術師というのはそれなりにいるのだ。
そのような場合に、使っている技術が何もわかりませんでは危険極まりない。
そのため、ある程度の研究はされるところではされてはいるのだ。
使用は当然、厳禁であるが。
そして、その知識の一部は、国の上層部の知るところになっている。
俺は公爵家にいた人間で、かつ次期公爵であった時期があった。
そのため、そういった後ろ暗いものについても知っておくことが求められていたから、死霊術の概要については理解しているのだ。
それによれば、死霊術の基本は契約にある。
死した霊魂を、契約を結び、使役する。
大雑把にいうなら、死霊を相手としたテイマーと言ってもいい存在だ。
もちろん、細かな点をあげれば違うところは膨大にあげられるが、大きく括るならそんなところだ。
そして、テイマーに近い、契約に基づく魔術、というところで俺の《従属契約》も同じ括りに入ってくるだろう。
共通性があるのだ。
テイマー系は、基本的に、何らかの方法によって相手方に条件を呑ませることで契約成立となすわけだが……その中には、力による屈服というのもある。
魔物であれば戦って力を認めさせるということだが、死霊術にも似たような手法はおそらくあるはずだ。
そして俺の場合もこれに近いことをしたのではないだろうか、そんな気がする。
何せ俺はこの黒骸骨王を倒した。
その上、グライデルも俺が従属させているキャスが倒している。
それによって、グライデルと黒骸骨王間の契約が、そのまま俺に移行したのではないか?
しかし俺は死霊術師ではないから、俺の技能に最適化される形で契約条件が更改されることとなり、結果として《従属契約》によって、従属することになった……。
そんな感じではないだろうか。
まぁ、もしかしたら全く違うかもしれないが、この説が一番俺の中では納得がいくことは確かだ。
とりあえずはそういうこととして理解するしかない。
ただ、これは大きな問題なのだ。
こいつを使役しているというのは……俺が死霊術師として疑われかねないことを意味する。
通常のスケルトンであれば、テイマーだと言い張れるだろう。
しかし、こいつは特殊なスケルトンキングだ。
骨の黒いスケルトンキングなど、そうそう見れるものじゃない。
しかも、最近こいつが現れたところとなれば、それはこの間のグライデルのやつね、とどうしてもなってしまう。
そんな中、俺がこいつを引き連れていれば、おい、あいつはグライデルの仲間か?
となってしまうことは確実だ。
つまり、こいつを人に見せるわけにはいかなかった。
どうすればいいのだろう?
そう思ってふと思う。
「……そういやお前、さっきここにいきなり出現したが、どうやってるんだ?」
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