第83話 教団のやり方
ユリゼン連邦は複数国家の連合体だ。
詰まるところ、それぞれの国……州にはそれぞれの宗教が元々存在していた。
人は普人族だろうが亜人だろうが、何かしらの信仰を持たずにはいられない生き物である。
だからこの国には多様な宗教がある。
しかしそれが故に、ユリゼン連邦全土に広まるような宗教はなかった。
宗教それ自体に、特定の地域や種族に限定されるような教えが入っている場合が多かったからだ。
けれど、フォルネウス教団の教えは至極単純だ。
この世界に滅びがいずれ訪れる可能性があるから、それを避けられるように約束の地へ向かおう。
それだけだ。
ここに種族の限定などない。
さらに、教団の勧誘も他の宗教団体とは毛色が違っているらしい。
俺は実際に見たことはないのだが、カタリナは言う。
「フォルネウス教団は、その信者の多くが普通の人よ。だから、気づかないうちに彼らの集会に参加することになっていたりすることが多いの」
「別にそれくらいなら構わないと思うんだが」
嫌になったらさっさとその場を去ればいいのだ。
簡単なことだ。
そう思って言ったのだが、カタリナはこれに首を横に振って、
「本当にそれだけならね。ただの相談会だったり、パーティーだったりね。けれど、少しずつフォルネウス教団の説明とか、教義などが明かされていくわ」
「そこで関わりを絶てばいいんじゃないか? 入信したくないなら。逆にしたいならそのままいればいい」
俺なら間違い無くそうするだろう、と思っての言葉だった。
けれどカタリナは続ける。
「理屈の上ではね。でも大抵の人間はそうしないのよ」
「なぜ?」
「簡単よ。大したことがない話ばかりだから」
ここに来て、少しばかりフォルネウス教団のやり方の肝が理解できてきた。
全てが大した痛手を負わないようなことばかり。
しかし少しずつその深みにハマっていく、そんな組織運営の設計なのだろう。
だとすると……。
「……なるほど。徐々に茹でられるようなものか」
俺の言葉にカタリナはその通り、と言った様子で頷いて言う。
「そういうことよ。少しずつ教えは深いものに、そして積極的な行動も必要なものになっていくわ。立場も……最初はただのお客だったのに、特段明言してもいないのに信徒になっていて、さらにそう言った集まりの主催とまでは言えないまでもお手伝いと言う名目で少しだけ責任のある役職を任せられたり……」
「最後にはどっぷり、と。よく出来ているもんだな……軽い洗脳の手法として」
このやり方は賢いなと思う。
そしてかなり狡猾だなとも。
やられた方は別に洗脳されているともなんとも思わないはずだ。
自分の意思で、全ての行動を選んだ。
そういう意識になるだろう。
そしてだからこそ、自分はこの宗教を信じているのだ、と言う意識も深まっていく。
他人から指摘されたところで、指摘よりも自分の実感の方をとるはずだ。
当然だ。
何も洗脳などされていないのだから。
と、そうなる。
怖いな。
そんな意味合いの俺の言葉に、カタリナは困ったように頷いて。
「そうなのよね……」
そう言った。
ただ、カタリナは為政者側だ。
ここまでのことが分かっているならば、この教団について何か対策が出来そうでもあった。
だから俺は尋ねる。
「国の方では何か対策しないのか? 放っておいたらそのうち飲み込まれそうだが」
徐々に、静かに広まっていくフォルネウス教団。
最後には相当の数の国民がその信者となり、そしてこの国の大多数を占めるだろう。
そうなれば終わりだ。
この国はフォルネウス教国、と名前を変えることになる。
ユリゼン連邦の乗っ取りの完了だ。
それをカタリナも分かっていて、けれど力なく首を横に降った。
「一応しているのだけど、そこまで説得力がないというか、フォルネウス教団の恐ろしさ、みたいなものが伝わりにくいのよね。さっきも言ったけど、本当に集まりなどは大したものじゃないの」
「寄付とか求められたりするんじゃないのか?」
宗教団体とて、霞を食べて生きているわけではない。
運営費用は絶対に必要になる。
「もちろん、教団だってお金も必要でしょうから、少しはあるようなのだけど、人の生活を圧迫したりするほどのものではないわ。まぁ、せいぜい食事数回分程度を一月に一度とか、そのくらいかしら」
ここでもそのやり方は同じ、というわけか。
人に痛手を負わせない、負わせていることを意識させない。
そういう手法だ。
「こう言ってはなんだが、アストラル教会とは正反対の運営で面白いな。多くの人間から、緩く浅く色々奪っていくタイプか……」
「最後には国すら、ね。そうならないようにしていかなければならないのだけど……でも、今回のことはその動きに楔を打てるかもしれないわ」
「あぁ、教団の人間であるらしいグライデルが、こんな大問題を起こしたから、と大々的に言えるからか?」
「その通りよ」
「確かにそれは理解できるが……そううまくいくのかな」
「どういう意味?」
「そこまで狡猾に立ち回ってきた団体が、今回のグライデルのことを放置するのかってことだよ。まぁ、そもそもグライデルが教団とは関係がない、という立場をとるだろうというのは想像ができるが……」
「本人の自白があるわ」
「自白だけじゃ弱いのは分かっているだろう」
「……今、尋問官による尋問がなされているもの。そこで何か出てくるのを期待するしかないわ」
そうは言いつつも、カタリナも分かっているのかもしれない。
きっと、何も出てこない。
そのことを。
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