第82話 彼の所属
「時間? 何の時間よ」
カタリナがそう尋ねると同時に、先ほどまで至極理性的だった魔術師組合長グライデルの目に狂気が宿った。
そして叫ぶ。
「決まっているではないか。魂の救済のためのだ。この世はいずれ崩壊する。その時のために我々は全ての人間を約束の地へと連れていかなければならないのだよ!」
この言葉を聞いて、カタリナは彼がなぜ、今回のようなことを起こしたのかを理解した。
「……なるほどね。貴方、フォルネウス教団の人間だったのね」
フォルネウス教団。
これは近年、ユリゼン連邦で裾野を広げ始めている宗教組織であり、名前と存在が表に出てきてからまだ十年も経っていないのに、その規模はかなりものとなっている。
大半の信者はその辺にいる一般的な市民にすぎないのだが、一部の過激派と呼ばれる者、原理主義者の名称で呼ばれる者が、様々な問題を起こしていることも知られていた。
つまり、グライデルはまさにそっち……過激派、原理主義者の方に属するフォルネウス教団の人間、と言うわけだろう。
「その通りだとも。意外かね?」
「意外だわ。貴方はもう少し理性的な人だと思っていたから。それなのに……」
フォルネウス教団の信者であること自体は実際はそれほどでもない。
だが、あの宗教団体の唱える教義は理性とは相容れないというか、御伽噺感が強いことをカタリナは感じていた。
その基本的な主張は、いずれ世界は崩壊を迎えるから、選ばれし者の手によって約束の地へと民たちを導かなければならない、と言うものだった。
まぁ、よくある話だ。
しかしそんなものをグライデルが本気で信じると言うのは……。
そんな表情を読んだのか、グライデルは笑って、
「私のような人間が、世界の滅亡などを唱える教団になど入るのはおかしいと?」
「私は、そう思うわ。もちろん、どれだけ理性的でも人は信仰を捨てられるものではないとも思うけれど」
小さな頃からそれを叩き込まれていれば、たとえ大人になってどれだけ理性的な人間になったところで、根本にある信仰を捨てるのは難しい。
恐怖すら感じることもあるだろう。
全ての根幹にそれがあるから、それを否定することは自己否定だとすら感じられることもあるはず。
だからこそ、それ自体は仕方がないところだ。
けれど、そのような……人間的な弱さが、グライデルにはあまりない印象だった。
必要であればどんなものでも切り捨てられる。
そんな褒められるべきでない強靭さを彼は持っていた。
だからこそ、ここまで彼と対立してきたし、そのことを手強く思ってきた。
それなのに、こんな、言うなればつまらない人間だとは不思議に感じたのだった。
そう思われていることを感じ取ってか、少し諦めたような様子でグライデルは言う。
「分かっているではないか。君が為政者の血筋であるから宗教の本質を理解してるのだろうね……ただ、私は本気で信じているからこそ、教団に所属しているのだ。別にただの無知蒙昧な人間だと言うわけではない」
そんな台詞は、どのような宗教団体の信者だって言うだろう。
しかし信じられたものではないし、意味もない。
これ以上は自分が聞いても無駄だろうと考え、カタリナは、
「……そう、分かったわ。私から聞きたいことはこれで終わりよ。と言っても、まだまだ聞かなければならないことはあるから……専門の人間に任せることにするわね。素直に話せば、あまり苦しまないで済むでしょうから、そうした方がお勧めよ」
「虫も殺さぬような顔をして、その中身はしっかりと貴族だな……まぁ、それでこそだ。きっと乗り越えられるだろうとも。ではな、カタリナ嬢」
そう言ったグライデルに妙なものを感じつつも、聞いても答えなさそうだと理解したカタリナは、そのまま振り向かずに牢獄を後にした。
入れ替わりで尋問官が中に入り、それからは苦痛を訴える悲鳴が響いてきても。
******
「フォルネウス教団か……そんな団体が幅を利かせてるんだな、ここじゃ」
俺がなるほどと言った感じでそう呟く。
名前は確かに聞いたことはある。
ただ、その権勢というか、勢いがそこまであるとは意外だった。
まぁ、ここ十年のという話だからオラクルム王国までは、あまり大々的に聞こえてこなかっただけだろうが。
加えて、オラクルムではアストラル教会以外の宗教団体というのはほぼ存在を許されなかった。
まぁ、全くなかったわけではないが、圧迫されていたというか……。
ほとんど地下組織みたいになってしまうところがあった。
それもあって、他国の宗教団体の詳しい話についてもまた、国内に入って来にくい事情がある。
それでもある程度のことを俺が知っているのは、俺がそこそこの地位の貴族だったからで、平民連中は本当に全く知らないという場合も少なくないだろう。
「人は縋るものが欲しいから……。そもそもユリゼン連邦には連邦全土で広まるような宗教組織がなかったのもあると思うわ。フォルネウス教団はその辺り、うまくやったのでしょうね」
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