第73話 焚き火を遠目に
「いくらなんでも無茶が過ぎるのでは……そもそも貴方が止めるべきではないのですか? グレッグ殿」
暗い森の中、パチパチと少し離れたところで焚き火が燃えているのを遠目に見ながら、俺がそう言った。
そんな俺にグレッグは言う。
「……私はお館様より、カタリナ様のミドローグにおける補佐を命じられております。その中には、カタリナ様の判断には極力従うように、というものもございまして……」
「なるほど、命の危険が差し迫っていなければ止められない、と」
「そういうことです」
ありがちな主従関係だな。
具体的に言うなら、子供に厳しい課題を押し付けて遠くの土地に飛ばした場合の、子供と家宰なんかの間にだ。
カタリナとグレッグはまさにそれである。
ただ……。
「でも流石にこれは《命の危険がある》と言い切ってもいいと思うのですけどね。私たちが護衛についてきているとはいえ、ご存知の通り、冒険者として登録できたとはいえ、まだ最低ランクの鉄級に過ぎないのですよ? 何かあった時、責任を取ることはできません。可能な限り守るつもりはもちろんありますが……」
と言うのも、俺たちが今いる場所は、スケルトンたちが大量に出現したアジール村跡だ。
今は魔物はいなさそうとはいえ、貴族令嬢が足を運ぶようなところではない。
けれど彼女は来ると言って聞かなかった。
その理由は、カタリナがどうしても、魔術師組合長の尻尾を捕まえたいから、である。
スケルトン討伐についてはすでに彼女の口から参事会に伝えられたのだが、その情報を聞いた魔術師組合長が自ら、ここに戻ってくるはずだから、と。
魔術師組合長は参事会員であるから、カタリナの口からまさにその情報を聞いていて、そんな人間が、自分の仕掛けたものの様子を見にこないはずがない。
そういう予想でだ。
俺の言葉にグレッグは言う。
「……分かっております。それこそ無茶を申し上げていることも。ですが、騎士たちが戦っても厳しい相手に勝利を収められたノア様方の戦闘能力を、私は信じているのです。それに、本当にどうしようもない時は……見捨てていただいても結構です。それによってノア様たちが何か責任を追及されることのないよう、一筆残しておりますので」
その言葉を聞いて、俺は少し安心する。
だいぶ気を遣ってくれているし、覚悟も決まっているようだが……。
「そこまでするようなこととも思えないのですが……。確かに死霊術を扱える者がいることは危険ですし、可能な限り早く捕まえることも必要かとは思いますが、人に任せればそれでいい話では?」
騎士とか、兵士とかにな。
場合によっては冒険者でもいいだろう。
しかしグレッグは首を横に振った。
「相手が普通の人間であればそうでしょうが、ミドローグの魔術師組合長が相手なのです。身分的に低いものがそれを行うのは難しいでしょう。もちろん、実力的な問題もございます。しかし、ノア様と、そしてカタリナ様がいれば、その両方を押さえることが出来る。ですから……」
「どうあっても、というわけですね。仕方ありません……それにもうここまで来てしまったわけですし。今更うだうだと文句を言った私の方が申し訳なかったです」
一応言ってみただけだ。
もうしょうがない話なのは分かっていたから、これ以上いうのはやめにすることにする。
そんな俺にグレッグは言う。
「いいえ、二人きりでお話しする機会が、中々持てませんでしたからな……しかし、良い匂いが漂っております。大丈夫なのでしょうか? 一応、我々はここに魔術師組合長が来たその瞬間を、言い逃れができない形で確保するためにきたのですから、あまり存在がバレるようなことをしてはまずいのでは」
確かに彼から見ればそんな感じがするだろうな。
けれど俺には色々と便利な技能がたくさんあるのだ。
今もそのうちの一つを使っている。
「それについてはご心配なさらず。この周囲には結界が張ってあります。匂いや光が外に漏れることはありません」
そこそこ魔力は使うが、別に強度は必要ないので意外に燃費はいいのだった。
けれどグレッグは驚いたように目を見開く。
「なんですと……!? 確かに少し離れている程度ですが、それでもかなりの範囲になりますぞ。普通の魔術師とて、結界を張れる範囲はおよそ数メートル程度だというのに」
「まぁ、コツがあるのです。それに、かなり訓練をしましたからね。どうしてもあの大所帯で森を移動していますと、必須になる技能だったものですから……」
だからとアトに死ぬほど訓練させられた。
それだけだ。
そんなことなど露とも知らないグレッグは、何か特殊な訓練方法でもあるのだろうと納得したのか、頷いて言う。
「なるほど……しかし必要だからと可能にしてしまうとは、容易なことではないでしょうに」
「なんでも死ぬ気でやればなんとかなるものですよ」
「……さようですか」
俺の表情に何か触れ難いものを感じたのか、どこか怯えるように話をやめたグレッグだった。
そんな俺たちのところに、トコトコとした足音ともに、誰かが近づいてくる。
「……? 二人ともどうかしたのですか? 料理が出来上がりましたよ。私がしたのなんて、串を魚に刺したくらいですけど」
もちろん、それはカタリナで、先ほどから少し離れたところで焚き火を囲みながら、キャスやマタザ、それにリベルたちと夕飯の準備をしていたのだった。
どうもそれが終わったらしい。
「いいえ、何も。それにしても料理などカタリナ様がなさらずとも、私が致しましたのに……」
「グレッグ、それではつまらないじゃない。それに、二人とも何か内緒話をしたそうだったものね」
「それは……その、申し訳ないです」
俺がなんとも言えずとりあえず謝ると、カタリナは不満そうに頬を膨らませて、
「そう思っているのでしたら、そうね。その口調、やめていただけたりしません? 私も、やめますから」
そんなことを言い出した。
どこかの冒険者組合長のようだな、と思いながら、
「口調ですか?」
そう尋ねると、それが分かったのかカタリナは続けた。
「ええ、聞けばフレスコ様には対等にお話しされているのでしょう? 私にだって……」
何か羨ましかったらしい。
なぜなのかはよく分からないが……。
そもそも、そんなことするのはおかしいだろうと俺は断りの台詞を言う。
「いえ、そうはおっしゃいますが、フレスコ殿はあくまで平民ですし、私とそのように話しても問題ないでしょうが、カタリナ様は……」
「別にいいじゃない。貴方だって、貴族でしょう? 元、かもしれないけれど」
と、丁寧な言葉遣いをやめてそう言ってきた。
しかも結構デリケートな話題に触れて。
もうこれはしょうがないかな、と思って俺は、
「……おい。そこは触れないつもりだったんじゃないのか」
と突っ込むと、カタリナは少し苦笑して、
「そのつもりだったけれどね。もちろん、これ以上突っ込んだりするつもりもないわ。でも、そこを盾に出されたら言わざるを得ないでしょう? というか、そう話してくれた、ということは私のお願いも聞いてくれるってことでいいのね」
と言った。
俺もこれ以上駄々をこねるつもりはないし、仕方がないと思って言った。
「あんただってもう丁寧な言葉遣いをやめてるだろうが。はぁ……グレッグ殿、申し訳ない。これは私の方から始めたことではないので、どうかご宥恕を……」
「いえいえ!それこそ、カタリナ様がそれでいいとおっしゃっていることですので……ただ」
「ただ?」
「カタリナ様にそのように話されるのに、私に対しては丁寧なままというのはおかしいのではないかと。どうぞ、私にもお気軽にお話ししていただければと」
「しかし、身分ある家の家宰にそのようなことは……」
「どうぞ、お願いいたします。居心地が悪くて仕方がないのです」
「……はぁ、分かりました。でも、後で文句を言うなよ。おっと、ちゃんと人前では形をつけるつもりだから、そこのところも分かっといてくれ。いいな?」
俺の言葉に、二人は揃って頷いたのだった。
血は繋がっていないだろうが、似たもの主従であるな、と思った俺だった。
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