第6話 従属
鼻先にむわりとした匂いをまず、感じた。
その次に生暖かな感触が、頬をぴちゃり、ぴちゃりと撫でる。
ざらざらとしたそれに感じる獣臭さに、一瞬、不快感を覚えたが、目を開けてその感触を俺に与えた主が目に入ると、むしろほっとした。
「……お前、目が覚めたのか」
話しかけて頭を撫でると、にゃあ、という可愛らしい声でその子猫は返事をしたのだった。
ゴブリンを倒した後、俺はこの子猫を連れて、泉の拠点まで戻ってきた。
けれど、先程のゴブリンの死骸はあの場に放置したままだし、それほど距離は遠くないため、ゴブリンの血の匂いに惹かれた強力な魔物が来ないとも限らなかった。
そんな状態で、泉にそのまま居座り続けることが出来るほど、俺の肝は座っていなかった。
また命を捨ててもいなかった。
まぁ、最悪、死んでしまってもそれはそれで、というある種の捨て鉢な気持ちがないと言えば嘘になる。
そうなったところで、誰も困ることはないだろうから。
両親も、弟も、そんな知らせを……伝えられることがあるのなら、の話だが……聞けば、一応悲しんではくれるとは思う。
しかし困るかと言われたら、そんなことはないはずだ。
むしろ、教会に対する言い訳も必要なくなってくるので、かなり楽になると思う。
彼らのことを真に思うのであれば、俺ははっきりと死んだとわかる形で、ここで自殺すべきだ。
だが当然、そこまでの覚悟は決まっているはずもない。
それに、家族だって俺にそんなことをすることは望んでいない、というくらいの親愛は感じてもいいだろうと思う。
武術の師であるバッハですら、一応、俺には死んで欲しくないと思っているようだったのだから。
家族ともなれば、というわけである。
まぁ、そんなわけで、俺は出来る限り死なないために、拠点を別のところに移したのだった。
これもまた難航したのだが、俺は妙に運がいいらしい。
森を少し歩き回ると大きな岩山に突き当たった。
そしてその壁際を進んでいると、ちょうど中に入れそうな洞窟を発見したのである。
もちろん、そういう場所には野生動物が住処としている場合も少なくないことを俺は知っている。
だから、内部にそのような危険な生物がいないかどうかについては、しっかりと確認した。
匂いがないか、体毛が落ちていないか、餌だった動物の骨などがないかなど、色々見てみたが、どうやら誰もここを使ってはいないようだったので、俺はここを俺の煉獄の森での家にすることに決めた。
と言っても、家と呼べるような家具などは一切なく、眠るのも難儀しそうなのははっきりしていた。
だから俺は枯葉を集めたりして、一応のベッドを作り、また泉に泣く泣く放置してきた石造りの簡易カマドも再度作った。
子猫は目覚めず、しかし息はしっかりしていて、ただ眠っているだけのように見えた。
心配ではあったが、たまに様子を見る程度のことしか俺には出来なかった。
治癒魔術でも使えたら違っただろうが、俺にはそちらの才能もまた、ない。
だから、そっと撫でるくらいしか……。
そんなことをしている内、だいぶ疲れていたのか眠りこけてしまっていたのだった。
そして、たった今、子猫が起き、舐めてきたから俺も目が覚めた、というわけだ。
あんなことがあったから、外から見ても大したことがないように感じられて、実際には何か怪我などあるかもしれないと思っていたが、様子を見るに何も問題はなさそうだった。
楽しげに俺が差し出す指をバシバシと叩いたり、俺の膝の上に転がったりして楽しそうにしている。
まさに猫、と言った様子であるが……やはり不思議だ。
「お前、猫だよな……まぁ街とかには普通にいるし、穏やかな森なんかだと山猫の類も見ないわけじゃないが、ここは《煉獄の森》だぞ? 普通の猫が生活できる環境じゃないんだけどなぁ……?」
そう話しかけるも、子猫は、首を傾げて、にゃあ?としか言わない。
まぁ、そりゃそうか。
猫だもんな……。
しかし、俺のその考えは随分な勘違いであることを、すぐに理解することになった。
洞窟の中にカサカサ、と虫が一匹蠢いたのだ。
結構な大きさのゴキブリで、俺は、
「うわっ!」
と、つい、女の子のように怯えてしまったわけだが、その瞬間、
ーーシュッ!
という音がして、そのゴキブリが一瞬で真っ二つになった。
「えっ……?」
呆気にとられる俺。
しかし、子猫はそのゴキブリに近づき、ツンツンと前足で弄び、それからガブリと口に掴んで俺の方に持ってくる。
「……あー、俺にくれるのか……? いや、別に要りはしないんだが……」
困った顔でそういうと、子猫はそのゴキブリを少しばかり、バリバリと食べ、残りをずい、と俺に差し出す。
なるほど、食えと言いたいわけか。
だが流石にゴキブリは、なぁ……?
そう思って、うーんという顔をしていると、子猫は、はっと気づいたような表情をして、それからゴキブリを少し離れた地面に置き、
「にゃおーん!!」
と一鳴きする。
なんだなんだ、なんかの儀式か。
そう思った直後、ぼうっ、と、ゴキブリに向かって、猫の口から炎が吐き出され、そして炙り始めた。
こんがりとした匂いが、洞窟に少しだけ流れる。
そして炎が収まると、子猫は納得したようにゴキブリの元にいき、そしてツンツンと前足で確かめて、再度ガブリと口に咥えて俺に持ってきた。
「……焼けば食えるか、じゃないんだよ……でも、匂いは悪くなさそうだな……もしこれが食えれば……食料の目処がつきそうではある……いや、そもそもそれよりも、お前のことだよ。ただの猫じゃないのか? 魔物……だよなぁ。でもどうして俺に懐いて……」
普通の猫ならともかく、猫系統の魔物はなかなか人には懐かない。
特殊な才能を持っているのなら別だが……と、そこまで考えて、俺は慌てて《カード》を見る。
そしてそこに魔力を注ぐと、
「……なんだこれ!?」
そこには、
派生技能:《従属契約》
と書いてあり、さらにはその部分をタップすると、
従属契約:魔猫(幼)
の表示が現れたのだった。
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