第59話 応接室
「やっぱり、ですか……。どうして組合長ともあろう方が、あんな場所に?」
彼が先ほどまで腰掛けていた場所は、冒険者が普段、酒を飲んだり軽食を食べながらだらだらとしているためのスペースだ。
彼のような、いわゆる「偉い人」がいるようなところではないような気がする。
もちろん、真面目なミーティングにも使われているだろうが、やっぱり違和感があった。
これにフレスコは笑って答える。
「いや、グレッグ殿からお前の話を聞いてよ。今日この時間に来るって話だったから待ってたんだ。知ってるだろうが、冒険者って奴らは大抵、荒くれ者だからだな。変な揉め事が起こらないとも限らねぇ。もちろん、今の時間帯はほとんど出払ってるから大丈夫だとは思ったんだが、一応、責任者としては、な」
これに俺は少しだけ驚く。
随分と丁寧な気遣いをしてくれるものだ、と思ったからだ。
冒険者というのは彼が言うとおり、荒くれ者の集団であるというのが普通の認識であり、だからこそ万事がアバウトかつ適当なことが多い。
もちろん、高位冒険者とか腕利きと言われる者たちなら話は別だが、そうでない限りはあまり細かいことは気にしないのが通常であると考えるべき相手だ。
冒険者組合自体もそんな者たちを管理する団体だからか、色々おざなりなところもあって、客が来るからといって、俺のような氏素性も知れないような人物に対してわざわざ組合長自ら出迎えを、なんてことには基本的にはならない。
まぁ……俺の場合、トラン侯爵家からの紹介だ、というのがあったから話は別だったのかも知れないが……。
「それは……お気遣いありがたく思います。正直、あまり歓迎はされないだろう、と思っていたので……あの、早速ですが、俺たちに身分証、つまり《カード》の方を」
なんにせよ、早いところ用事を済ませた方が良いだろうと思った俺が早々にそう口にすると、フレスコは俺の肩……キャスが乗ってない方をぽん、と叩いて、
「まぁまぁ、こんなところで話もなんだ。応接室の方に来い。犬獣人たちも連れだよな? 全員でだ」
そう言った。
別にそのこと自体に否やはない。
若干面倒なものを感じたが、断るのも難しい。
だから俺は頷いてから、皆に、
「……だ、そうだ。行こうか」
とだけ言った。
ただ少しばかり不安があったのは言うまでもない。
ただ登録して貰うだけ、それだけでは済まなそうなのを、この時点でなんとなく予感していたからだった。
*****
「で、だ。ここにいる奴ら全員の《カード》を作る、ってことでいいんだよな?」
部屋に入ると早速といった様子でフレスコがそう言ってきた。
応接室は荒くれ者の冒険者だけを応接するとは思えないほどに洗練されていた。
流石にオラクルム王国の貴族の屋敷ほど、とまでは言えないが、性質が違うからいいだろう。
貴族たちの持つ応接室が俺からするとゴテゴテとした、若干悪趣味と感じられかねないほどに金のかかったことを誇示するものだとすれば、こちらはむしろいくら金をかけたかはわからないが、パッと見ではわからないように圧迫感を抑えたしつらえになっている。
これもまた、気遣いだろう。
思った以上にこの部屋を整えた人物の繊細さを感じ取れる。
見るからに荒くれ者の長、と言う雰囲気のフレスコだが、本質は別のところにあるのかもしれない。
ともあれ、とりあえず俺は頷いて、
「えぇ、お願いしたいと思います。ただ、その前に確認なんですが、冒険者組合で《カード》を作った場合、最初に表示に反映されるのは……?」
これを聞いたのは、全てが反映されてしまうのだとしたら、そもそもみんな魔物だとバレてしまうからだな。
それだと身分証明など厳しい。
しかしながら、そこまで何もかもわかる《カード》を作れる団体は限られている。
それこそ、教会とかな。
冒険者組合はそこまでの必要もないし、そもそも《カード》の作成にはそれ相応のコストがかかる。
それとの均衡を考えると、《カード》に反映される情報はかなり限定されているはずだ。
話を以前聞いたところによれば、ほとんどの情報が自己申告に基づくと言う。
ただ、冒険者にとって重要な部分、つまり冒険者としてのランクに関してだけは、間違いなく組合の方で管理し、それが表示されるとも。
実際、フレスコは言った。
「基本的には名前と技能だけだな。種族とか年齢とかその辺りについては直接《神の頭脳》から引っ張ってくるには教会の持つ魔道具クラスのものが必要になってくる。だから、それらに関しては自己申告してもらったものを魔道具に入力して、それを出力することになる。技能については根源技能も表示されるが……ただ、これについてはたとえ冒険者組合であっても勝手に見るのは個人情報の観点から許されねぇからな。先に冒険者の方で表示非表示を選択してもらってから作ることになってる。そうしなけりゃ、後々こっちが責任を問われることもあるしな」
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